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第四十二話「稙宗の思惑、晴景の決断」

天文8年(1540年)10月

 長尾家に伊達家より縁談を申し入れる使者が来る。


 時を一月ほど戻そう。

 伊達家当主・稙宗は戦と婚姻外交で勢力を広げているが、越後に加え越中・佐渡を支配下に置いた長尾家の拡張を気にせずにはいられなかった。





-伊達稙宗-

「なんて事は無いわい。縁を結ぶなら長尾家じゃろう」

「ならばその方向で」


 わしの言葉に、方針が決定する。


「しかし、長尾家と縁を結ぶにしてもどうなさいますか?」

「長尾家で未婚の者はどれだけおったかな?」


 越後の情報はわしの嫁の兄である中条を通して得ている。

 その情報を場の者達全てに伝えるように家臣に促す。

 わしも確認しながら考えたいしな。


「家督を継いだ晴景殿は近衛家より嫁を貰っています。男児が誕生しており、更に現在懐妊中との話です」


 ふむ、最も良いのは当主の正室に嫁がせる事じゃが、近衛家が相手ではこちらが格下になってしまうな。

 それに晴景には既に一回断られておるし難しいじゃろうて。


「晴景の弟・妹達は全員未婚ですな。弟で次男の景康、三男の景房は元服しておりますが……」

「わが家には適齢期の女児はおらんからな」


 調度年齢的に会う娘は、この前に蘆名へ嫁にやってしもうたからのぅ。

 それに我が家は男児の方が多いしの。


「後は晴景の息子が現在六歳ですな。」

「ふむ。まだ小さいな。妹達はどうじゃ?」


 そうなると晴宗に女児が生まれれば合いそうじゃが、生まれていない子に期待してもしょうがないわい。


「上から十七、十四、十ですな。もっとも一番上は上田長尾の子に嫁入りが決まっているような物と」


 ふむ、時宗丸が十三じゃから、年齢的には合うな。

 それに時宗丸なら中条が後押しをしてくれるじゃろう。


「よし、時宗丸を晴景の妹に婿入りさせるのはどうじゃ?」

「はっ? 婿入りですか?」


 わしの言葉に一人が疑問の声をあげる。

 他の者も驚いた顔をしてる者が多いと言う事は同じ意見かのう。


「何が良いたい?」

「家督を継げなそうな所へ婿入りはどうかと思いますぞ。それに長尾家は家格も下になる故にこちらが譲歩するのはどうかと……」


 やはりそう言う事か。

 じゃがこやつ等は一つ勘違いしておる。


「馬鹿者! 長尾家の家格が下じゃと?」


 確かにわが伊達家は藤原氏を祖に持つ奥州の名門じゃ。

 じゃがそれに胡坐をかいていれば、潰れかねない事がわからんか?


「長尾晴景は上様からのおぼえも目出度く、近衛家から嫁を貰ってる様な男じゃぞ? このまま勢力を広げていけば北陸全てを任される家にもなりかねんぞ!」


 我が伊達家も朝廷・公方との結びつきを強めることで、“奥州探題”の大崎より家格を上げた。

 そして長尾家は義晴公が褒め称え、また関白家の縁戚であり、足利家とも義理とは言え縁続きになった。

 間違いなくこれから上がって行く家じゃわい!


「それにそうやって侮った結果、乱世に飲まれた家のどれほど多いことか……」


 すぐ近くの関東では北条を称す成り上がり者が勢力を広げており、北陸では一向宗の坊主どもが一国を支配していると言う。その流れが奥羽に訪れんと誰が決めた?


 そうじゃ、だからわしは伊達家のため、いや跡を継ぐ晴宗の為にも伊達家の状況を少しでも良くして家督を譲らねばならん。


「それに晴景とて、いつ戦で命を落とすとも限らん。晴景の祖父の能景殿もそうじゃったしな。」


 今もし晴景が亡くなれば、晴景の子は小さく後見の座を争うことになろう。

 そうすれば中条を通して我らが力添えをすれば、時宗丸が後見することも可能じゃて。


 それに、中条が言うには晴景は身内に甘い。

 妹の婿とて粗雑には扱うまい。


「ではその方向で話を進めてよろしいでしょうか?」

「うむ、頼むぞ」


 まぁ何にせよ、まず晴景が是と言うかじゃな。





―この時期、奥州の覇者に最も近い男である伊達稙宗は深謀遠慮を巡らせ勢力を広げんとする。

 その思惑を伊達家の使者、小梁川宗朝が越後まで運んでくる。


 さて話を春日山に小梁川が到着したその時まで戻そう。





-長尾晴景-

 天文の乱の切欠は確か定実様に伊達家が養子を送る事だったな。

 だが、何故それが俺の妹への婿入りになる?


 これは長尾家が力を増したためか?

 それとも俺が越後を表面上は良く治めているからか?


 何にせよ、すぐに決められる話じゃないな。


「すみませんが何分急な話のため、しばし家中で相談させて頂きたい」

「もっともな事です。ならば私はしばし越後へ逗留させて頂くとしましょう」


 返事を貰うまでは帰らないということは、向こうもかなり力を入れてると言うことだな。


「それなら部屋を用意しましょうか?」

「それはありがたい。ではお言葉に甘えさせて頂く」


 下手げに越後の情報収集をされるよりは、見張っていたほうが良い。

 俺は女官に扮した軒猿(段蔵の嫁)を呼び出す。


「おい、小梁川殿を部屋に案内せよ」

「承りました」


 そして目で合図をし、監視をしろと伝える。

 まぁ今回は何も無いとは思うけどな。




・・・・・


 さて、俺はまず最初に父上に相談しようと思ったが、今は越中まで叔父さんに会いに行っていて居ない。

 まぁ居ても『もうお前に家督を譲ったんだから好きにしろ』とか言われそうだけどな。


 叔父さんの所に相談すれば、父上とも相談する事になるが、越中まで行って使者を待たせるのは流石に不味い。


 まさか家督を継いで始めての困難が、こんな事になるとは思わなかったなぁ……




「それで、僕に相談ってことかい?」

「あぁ、忙しいところ悪いな景綱」

「いえ、もう作業は大体終わりましたから、書類仕事は冬の間にやりますし大丈夫ですよ」


 結局、景綱を読んで相談する事にした。

 一人で考えるよりも誰かと話したほうが、案も出てくるしな。


「それで、決めることは大きく二つあるわけだ。まず話を受けるか受けないか。そして受けるとしてこちらは誰にするかだ」

「正直言って難しいですね。伊達家と縁を結ぶ意味はありますが……」


 越後の北方では伊達・蘆名・大宝寺と接している。

 伊達と蘆名は縁戚であり、伊達家との縁組で蘆名とも関係を深められる。


 残る大宝寺は周りが伊達の縁戚で固められ孤立に近いし、東北の玄関口とも言える酒田港を有しており、伊達家の奥羽統一の手伝いと称して落とせれば旨味は大きい。

 その先の羽州までは足を伸ばさなくても、やはり伊達の縁戚である最上家に任せれば北方の安全は確保できる。


 しかし、その一方で複雑な奥羽事情に長尾家も巻き込まれると言う話もある。

 奥羽がこれから先の長い間を、縁戚同士で利害が食い違い、適度に戦い、和解するを延々と繰り返すことになる。

 そんなぬるま湯状態をぶち壊すのが、かの有名な独眼竜な訳だ。


 まぁ奥羽の戦のたびに援軍だの仲裁だのに駆り出される可能性はあるわけだ。



 だが、そんな事より一つ大きな問題がこの縁談にはある。


「何より問題なのは、こちらが実は縁談の相手が居ないことですね」


 そう、まず長女・綾は長尾政景と実質結納している様なもんだ。(父の房長を俺達が討ったせいもあって、正式にしてないだけだし)


 次女・夏は畠山義総殿の息子の義続殿が春日山に来た際に仲良くなっていた。

 畠山家との関係はこれからも良くありたいだけに、義続殿がもう少し大きくなったらと義総殿と話し合っている所だ。


 そして三女・虎千代……


「虎千代に婿を押し付けたら、どうなると思う?」

「恐らく婿が泣きながら実家に帰ると思います」


 だよなぁ~。

 『私より弱い奴は夫と認めない!』 とか言って、毎日ボコボコにする未来が眼に見えている。

 それに最悪、婿を貰うのが嫌で出家したり逐電する可能性もある。

 

「進んでいる縁談を壊してでも婿をとるべきかと聞かれますと、僕は反対です」


 そうだな、俺もそこまでして縁談を進める必要は無いと思う。

 決まっている縁談を壊すような家だと悪評を立てられるのも良くないしな。


「後は縁談を受けるとしましたら、別の手がありますけどね」


 景綱はそう言うが、笑顔が曇ってると言う事は俺が認めなそうな事だな。


「こちらから逆に提案するのです。虎夜叉丸の室を貰うのはどうかと」

「だが相手がそれを言ってこないと言う事は、伊達家に女児が居ないんじゃ無いか?」


 当主の嫡男の嫁となれば、代が変わっても縁続きになる訳だから、そっちを最初に考えない筈がないと思う。


「稙宗殿の子でも嫡男の晴宗殿の子でも女児が生まれたら嫁がせるという条件で、それまでは婚姻抜きの同盟と言う話でしたら問題無いでしょう」

「なるほど、向こうにとっても悪くなさそうな話だな」


 悪くは無い話だが、しかし一つだけ問題がある。


「だが虎夜叉は六歳だぞ! そんな小さい内から未来を決めてしまうのは、親としてどうなんだと思うぞ!」

「まぁ晴景ならそう言うと思いましたよ。晴景と稙宗殿の一番の違いですね」


 稙宗殿のやり方は乱世を生き残る上で否定できない。

 だがそれでも自分の中でどうしても譲れない物はある。


 ……これは俺の甘さだな。


「後は夕子殿が次に産む子が女児なら嫁がせるという話もありますが…… 晴景にとっては同じ事でしょう」

「あぁ、生まれた時から夫婦となる相手が決まってるなんて、それこそ嫌だ!」

「……名家とかだと良くある事なんですけどねぇ」


 何が嫌だって、子がいざ大きくなった時に相手が苦境になってたりする可能性もあるしな。

 まぁそうなれば白紙に戻せば良いのかも知れないけど、今度は逆にお互いが仲良くなってると割きたくない。

 織田信忠と武田松の話みたいなのは嫌いだ。


「だったら、まず使者の人に妹の嫁ぎ先が決まっていることを話して、女児の有無を聞いて、居ても居なくても“うちの子が大きくなったら相手として再度考えます“と言うくらいにすれば、断るにしても角が立たないんじゃない?」

「……まぁ大きくなってからなら、考えなくは無いな」


 しかし、縁談を断ると天文の乱は起こらなくなるかな?

 そうなると伊達家が力を落とさなければ、本当に息子の相手に考える日が来るかもな……





―結局、晴景は景綱の提案どおりに使者へ断りを告げる。

 しかし、晴景の予想は一つ外れることになる。

 複雑な奥羽事情、そして伊達家の親子事情が晴景達を巻き込んで行く事になる。

と言うわけで、何故婿入り?と前話で思った方も居たでしょうが、その辺の思惑から決断までを書いて行きました。

まぁ晴景君が身内に甘いのは今に始まった事でないのでご勘弁ください。


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