第三十七話「模擬戦」
天文5年(1537年)5月
冬の間、座学や碁盤を使用した五目並べ等を通して、虎千代の戦時の視野を広げる訓練を続ける晴景。
雪が解け、兵たちを春日山に呼び寄せた事もあり、この日模擬戦を行う事にした。
模擬戦は騎馬は使用せず武器は袋竹刀を用いて行い、白軍・長尾晴景に対するは赤軍・柿崎景家(手が空いていたので)。
そんな中で虎千代は意外な動きを見せていた。
-柿崎景家-
模擬戦の決まりで将は戦闘に参加できないので、俺はちょっと苦手だぞ。
俺は自分が先頭に立って指示した方が得意だからなぁ。
道兄ぃが言うには『お前は目の前のことしか見えてない』らしいぞ。
目の前の敵をぶっ殺せば勝ちなんだから、それで良いと思うのに……
ところで、さっきから俺の近くを小さな影が走り回ってるんだぞ。
なんでこのお姫様は、俺の陣の方にいるのか解らないぞ?
「虎千代、何で俺の方に来たんだぞ?」
「景家! 兄上をたおすの!」
どうやら喧嘩でもしたのか?
いつもべったりなのに珍しいぞ。
「兄上が昨日遊んでくれなかった。虎夜叉が兄上をとる」
あぁ~。
獲るも何も自分の子だから優先するのは当たり前だぞ。
「虎夜叉は兄上の子だぞ?」
「それでも私がいちばんがいーの!」
わがままなお姫様なんだぞ。
とりあえず放っておいて作戦を考えるんだぞ。
道兄ぃの得意な戦法は伏兵だぞ。
ただ今日の模擬戦の場所だと、潜む場所が無い分だけ不利とも言えるぞ。
後は敵を包囲するのも得意だけど、兵数が同じだからそう簡単には包囲は出来ないぞ。
ここはやっぱり正面突破が良いかな?
赤軍は元々俺が育てている兵がほとんど。
突破や乱戦での戦いのほうが慣れているはず。
「景家、兄上はなにかねらってる」
「……確かにあの雰囲気は狙っているんだぞ」
道兄ぃはこっちを眺めながらニヤニヤしてるんだぞ。
アレは俺が何か悪戯をする時と同じ顔なんだぞ。
「どうするか? 正面から行った時に隠れてる兵とか居ると負けるぞ」
「だったら最初から用意する!」
「なるほど! 確かにそれは良いんだぞ!!」
-長尾晴景-
なぜか虎千代は景家の方に着いていってしまった。
まぁあの二人も仲良いからな。実際の歴史の事を考えても相性が良いのだろう。
さて、今日こそは景家は正面突破以外をしてくるかな?
陣形は前が少なく後ろが厚いので魚鱗の陣かな?
突破の得意な景家らしい選択だ。
そしてどうやら正面突破を狙っているようで間違えない。
それなら俺は長蛇の陣を景家に対して斜に構える。
お互いに準備が出来た合図が出たので、模擬戦開始だ。
さて、景家がどこを狙ってくるかだな。
長陀に正面から当たっても、次々に新しい部隊が出てきて突破できまい。
長蛇は横が弱い事もあり、横から何処かを狙ってくるとは思うが……
そう思っていると、景家は中央を狙ってきた。
だがその動きは予想の内だ。
「全軍、予定通りにずれて動くように」
「はっ!」
今回の模擬戦では騎馬を使用してない事もあり、突破力はいつもの景家隊以下。
それならある程度横の薄い所を狙われても時間が稼げる。
俺は陣の中を100人ずつの部隊に分けており、中央から見て左右隣の部隊を時間を稼いでいる内に中央の部隊の攻められている面の後ろ側に回す。
そして準備が出来た時点で、中央の舞台は左右に分かれて行きわざと突破させる。
すると景家の隊の前には二部隊分の新たな壁が出現するという様子。
突破された部隊も自分達で分かれたために体勢をすぐに立て直す。
景家の隊は凹の様に包囲されており、後は残った二部隊が後ろに回り込めば完全に包囲完了だ。
と思っているが、どうも可笑しい。
何だか景家の陣の後ろの方が膨らんでる?
三角形の様な陣の底辺の部分が広がり、前の部隊が小さな三角になり後ろの部隊はそのまま広がる。
……しまった、そう言うことか!
広がっていった部隊は、そのまま中央から二つに割れて今突破されてる様に見せかけている俺の中央だった部隊の外側を回りこんでいる。
これじゃ俺の部隊は内側と外側から攻められる形になる!
急いで残りの部隊が更に外側に着く様に指示をするが、その前に内側に包囲した部隊に囲みを突破される。
包囲していた部隊は逆に包囲され、残りの部隊は囲いを突破した景家軍にまとめてやられた。
完敗か。
まさか景家がこんな手を使うとは……
「やった~勝ったんだぞ!」
「やったね! 景家!」
向こうの陣営は大喜びをしている。
まぁ赤軍は模擬戦で負ける事多かったからなぁ~
「景家、凄かったじゃないか。どうやって予想したんだ?」
俺は自分の考えが読まれたと思い、景家にどうやって読んだのか聞いてみた。
もしも何か読まれるような欠点があるなら直すべきだし。
「いや、あれは状況を見てから自由に動くようにさせただけなんだぞ」
ん? 軍の動きを予想したわけじゃないのか?
「魚麟の後ろの方は戦わずに遊兵にして、周囲の状況を良く観察させたんだぞ」
なるほど、後ろに一歩引いて見る事で、俺の軍が包囲しようとしてるのが解ったのか。
あえて遊兵を作って対処させる方法だな。
兵力差がある時ならともかく、同数でやるのは博打に近いな。
それでも良く考えられているな。
「なるほど、現場を見てから考えたわけだな。よくやったぞ景家」
「へへ、実は虎千代にちょっと助言をされたんだぞ」
しまった。通りでいつもの景家らしくない訳だ。
と言うか、いつも模擬戦をやっているせいで、何となく予想がつくから簡単に裏をかかれたか。
実戦でも同じ様な考えで動くと痛い目に見るな。
何気に虎千代が居る事で俺達も学ぶ事が多いとは。
「そうか、虎千代もよくやったな」
俺はそう言って頭を撫でる。
褒められたのもあり、虎千代の機嫌は良いようだ。
「へへ、兄上もこれで許すのだ!」
許す?
俺、何か怒らせるようなことしたか!?
「昨日、五目並べもう一回って言ったのに断った。虎夜叉は構ってたのに」
「……それで景家の方に行ってたのか」
子供は新しい子が生まれると、嫉妬して赤ちゃん帰りする事があると聞く。
虎千代は虎夜叉丸を可愛がってるし大丈夫かと思ったが、そう言う感情はあるのか。
子供を育てるってのは難しいなぁ。
いつも育児を頑張ってる母上や於虎、それに夕子にも感謝しないとな。
そんな事を考えてる俺達の元に、早馬で近づいてくる男が居た。
方向からすれば春日山から来たのだろうが、何だろう?
「晴景様、為景様がお倒れになりました」
「なんだって!?」
―模擬戦の結果を一瞬で吹き飛ばす大きな凶報。
晴景達一行は、春日山に急ぎ戻るのであった。
と言うわけで兵の訓練兼虎千代の育成として、どんな事をやっているかを書いてみました。
やっぱり部隊関係は書くのが難しい……
そしてついに次回は事態が動きます。




