第三十六話「虎千代改造計画」
天文5年(1536年)1月
晴景は雪が積もりあまり身動きが取れない冬の間、虎千代の教育に力を入れる事にした。
これは虎千代の夢の内容から、不吉な予感がしたためでもある。
もっとも、虎千代は兄が自分の事を構ってくれるので、それなりに楽しんでいた。
-長尾晴景-
とりあえず虎千代が興味を持つように、俺の経験した戦や親父殿から昔に聞かせてもらった戦の事を話している。
虎千代は俺が相手をしてくれる事が嬉しいのか、真剣に聞いている。
しかし、話ている中で不意に虎千代が出す意見は、俺ですら思いつかないような事もあった。
やはりこの娘は上杉謙信なんだな。
そう思わせるだけのものが、虎千代からは感じとられる。
……やはり虎千代に頼る時が来るって言うのかい? 毘沙門天のおっさんよ。
まぁいずれにせよ、虎千代の才能を伸ばして損は無い。
俺の事を抜きにしても、いざと言う時に戦って自分の身を守れる方が良いしな。
さて、その為に歴史上の上杉謙信の長所と短所について少し考えてみよう。
長所は、間違えなく野戦においての無類の強さだ。
俺が考えるに、謙信が優れていたのは戦場を把握する力と、直感的にどうすれば良い結果を生むか理解する力だ。
例えばかの有名な車掛りの陣だが、あれは味方と敵の戦況を把握する力が無ければ実現は不可能だ。
一つ一つの部隊ならその部隊の指揮官に任せれば良いが、全体の戦果や損害をみて指示を出さないと必ず崩れる。
しかも一説によれば、自分も戦いながら陣形をコントロールしている。(流石に自分が前線にいる時は、誰かに采を代わってもらってると思うが)
そしてそれらよりもなお恐ろしいのは直感力だ。
例えばじっちゃんの所でも考えた、第四次川中島や唐沢山の戦いが解りやすい。謙信はここで動かなければ惨敗するという時に、必ず動いているのだ。
何度思い返しても、もはや神がかり的としか言えない。
次に短所だが、自分の直感を優先して他人の進言を聞かないことと、政治的な駆け引きで信玄等に一歩劣ること。
さて、そこまで考えての教育方針だが、まずは長所を伸ばしていく事こそが重要だと考える。
短所に関しては、直感力のせいで部下の進言を聞かない事が、結果的に良い方向に行く事も多い事。それに政治的な駆け引きに関しては、俺がまずは家督を継ぐと考えればむしろすぐに必要なのは俺の方だ。
じゃあ具体的にどう伸ばすかと言うと、まず座学的な事は俺も教えるが、基本的にはじっちゃん達に任せようと思う。
他の子供達も学んでる分飽きがこなそうな点と。俺や他の仲間よりも教えなれているだろうからだ。
俺が主に何をするかと言えば、部隊の訓練に虎千代を一緒に連れてって、部隊の動かし方や戦場を観る眼を鍛えていこうと思う。
直感と言うのは、一説によると自分の中にある知識や経験から正しいと思う方を選び出すと言われている。
謙信に有って今の虎千代に足らないのは何より経験だ。
もちろん実際の戦場で得る経験には及ばないであろうが、こつこつと経験を積む事が大切なのだ。
練習で10やれない者が、本番で10やれるかと言われるくらいだし、きっと役に立つだろう。
ただそうすると一つ問題がある。
俺は新年を春日山で迎えてそのまま居るから忘れそうだが、現在与板城主を任されており、俺の軍(常備兵の屯田兵)も基本的にそっちにいる。
農民を戦の練習をするからって、強引に引っ張ってくる事は難しい。
兵をある程度自由に扱える環境に無いと根本から崩れてしまう。
だが逆に虎千代を与板に連れて行くのは、6歳で親父殿と於虎の父母と引き離すのは可哀相だし、じっちゃんの座学を受けられなくなる問題もある。
う~ん、どうすべきか……
よし、景綱か親綱おじさんに与板城主を任せよう!
元々本来の歴史ならそうなってた筈だし!
与板は距離的に佐渡との連絡に便利だったのはあるが、まぁそれ位はしょうがないな。
むしろ、春日山に鉱山の発掘を推進する部署を作って、越後国内や手を付けてなかった越中方面の鉱山の発掘に踏み切るか?
吹き法も神屋殿の指導のおかげで長尾家の領地内では広まって来ており、鉱山の利益が同じ発掘量でも前より上がっているので、親父殿も嫌とは言わないだろう。
ついでにその部署の責任者は景康(元服した晴景の弟・15歳)に任せよう。
何せ“佐渡守”の官位を貰ってるんだし、最初は誰かが教えながらでも、いずれは長尾家の力になって貰わなければならない。
と、いつの間にか内政関係の思案になっていた。考えを虎千代のことに戻そう。
他には将棋や囲碁を教えてみるかな?
戦略性がある遊びであり、名人になると何百・何千と言う手を読んで打つと言われる。
何だかんだ言って虎千代はまだ六歳。
常に勉強ばかりさせてはすぐに飽きるか嫌になるだろうし、遊びながら実は学べる方法があるのならば良い事だろう。
あとは虎千代に武芸も学ばせないとダメだよなぁ。
もしも史実どおりに単騎駆けとかされて、武芸がへっぽこだと討たれかねない。
教えない方がそう言う無茶をしないで安全なのでは? と思うかも知れないが、暗殺などの危険を減らす為にも、まったく教えないと言う訳にはいかない。
ならばせめて最高の師を付けてやるべきなのだが……
最初に浮かぶのは景家だが、あいつは最強ではあるけど最高じゃないから悩むなぁ。
まぁ最近は手加減する事を憶えたみたいだから、任せてみるとしよう。
ダメなら即クビにする。
槍に関してはそれで良いとして、刀に関してはいっそ塚原卜伝でもそこらを歩いていないかなぁ~。
もしくはちょっと上泉信綱を引き抜けないかなぁ~(無理です)
よし、ある程度方針も決まったし、親父殿に相談に行こう。
城主を直江家に任せるのとか、鉱山を景康に任せるのは俺一人じゃ決められないからな。
-長尾為景-
「よし解った。考えておくが、実際に動くとしたら雪が解けてからだ」
「ありがとうございます」
久しぶりに晴景が俺の元にお願いに来た。
前にお願いに来たのはもう何年前になるかな?
もっと頼ってくれても良いのに全然来やしないぜ。
まぁ晴景には佐渡の事を完全に任せてるし、そっちから金を引っ張って来れる事もあり、めっきり俺に頼る事が無くなった。
それどころか、金銀や銭を春日山にも税だと言って入れてきている。
その量はもうかつて俺が借金だと言った分を大きく超えている。
しかもこの前の越中の戦じゃ、俺が『定満を助けに行ってくれ』と頼む方になったからなぁ……。
それにしても、今回の提案は良いぞ晴景よ。
今までお前は、何でもかんでも自分でやろうとしてたぜ?
だが今回のは、自分の仕事を他の奴らに仕事を割り振るお願いだ。
上に立つ者として下の者に仕事を振ること、そしてその者を信頼して仕事を任せる事は必ず必要だからな。
そうだな、もうそろそろ良いだろう。
少し当主としての仕事をやらせてみて、問題ねぇようなら家督を譲るか。
それに……
不意に俺の胸を鈍い痛みが襲う。
「ゴフッ! ケホッケホッ……」
俺は口から赤黒い塊を吐く。
そうだな……
それに俺も、もう長くないかも知れねぇしな。
―天文5年(1536年)。本来の歴史ならば為景が晴景に家督を譲る年である。
前年には三分一原の戦いに出陣し、見事に勝っている中での隠居であり、何らかの理由があると考えられた。
一説に為景は家督を譲った直後に亡くなったと言う話もあり、歴史が変わっても体調を崩しているのであった。
今回は久しぶりの検証回ですね。
個人的にはこうやって設定とか仮説を考えてるのが一番好きなんですが、こればっかりやってると話が進みませんしね。
と言うか、ここ三話くらいほとんど進んでいません(爆)
為景に関しては、終わりの文の通りです。
巨星が沈む日は近いです。




