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第三十五話「毘沙門天様がみてる」

天文5年(1536年)1月21日未明

 日が昇らぬ暗闇の中、延々と雪が降り続ける春日山。眠りにつく虎千代は、大好きな兄や姉達と一緒に遊ぶ楽しい夢を見ていた。

 だが、夢の途中で不意にまったく違う場面に切り替わる。

 そこで見たものは……




-虎千代-

「ふえぇぇぇぇん!」


 急に兄上や姉上たちがいなくなった。

 わたしを置いてどっかいっちゃったの?


「ふえぇぇぇぇん!」

「これこれ、泣くのはお止めなさい」


 わたしの頭を大きな手がなでる。

 なんか解らないけど、さびしく無くなってきた。


「ひっく…… おじさん、誰~?」


 見上げると目の前に、すごいよろい着たおじさんがいるよ!

 あのよろいに登ったら怒られるかな?

 父上のよろいに登った時はすごい怒られたけど……


「私は毘沙門天。戦いの神だよ」


 びしゃもんてん?

 兄上といっしょに食べた“えびてん”のともだちかな?


「おじさん、兄上たちがどこ行ったか知らない?」

「虎千代よ、これは夢だから起きればちゃんと兄上達はいるよ」


 なんだ、夢だったのか~。

 もう少しで綾ねぇさまが、竹馬で綱渡りを成功させる所だったのに。


「そうだったんだ。少しざんねん」

「うむ、楽しい夢を壊してしまいすまぬが、虎千代に伝えたい事があってな」


 私に?

 何だろう?


「虎千代よ、晴景は好きか?」

「兄上はだぁい好きだよ! とっても優しいんだもん!」


 他にも兄上・姉上がいるけど、晴景兄上はいちばん好き!

 二番は綾ねぇさまかな?


「晴景はこれから、一歩間違えれば死ぬような状況になる」

「しぬ?」


 しぬってなんだろう?


「二度と虎千代と合えなくなることだ」

「それは、や~!」


 兄上と会えなくなるなんていやだ!


「うむ、そこで虎千代よ」

「ほえ?」

「きみが兄を助けるのだ。虎千代にはそれだけの才能があるんだぞ?」

「さいのう?」


 さいのうって何だろう?

 そんなものが私にあるの?


「そうだ、兄上や虎千代の敵を倒す才能だ」


 敵を倒す!

 それなら景家にも勝てるようになる!!


 それなら、ちょっとやってみても良いかな?


「どうすれば良いの?」

「まずは軍学を学ぶ事だ。」

「勉強、や~!」


 勉強するくらいなら遊んだ方がたのしいもん!


「おや、それじゃ晴景に会えなくなってしまいますよ?」

「う~……」


 う~…… 兄上に会えないのはいやだ。

 でも勉強か~。


「まぁ一つ良い事を教えてあげましょう。晴景に『軍学を教えて』って言えばきっと喜びますよ」

「本当?」

「本当ですよ」


 兄上が喜んでくれる。

 それなら、頑張ろうかな?


「う~…… じゃあちょっと頑張る」


 私がそう言うと、びしゃもんてんは笑った。

 そして、またわたしの頭をなでた。


「頑張るのですよ、毘沙門天の加護があらん事を……」



・・・・・


 朝だ。ほんとうに夢だったんだ。

 おじさんの言ってたことは本当かなぁ?


 そうだ、はやく兄上のところへ行って、喜ばせよう!


 パタパタパタ





-長尾晴景-

「あにうえ~!」

「グボァッ」


 虎千代が寝ている俺の布団の上にダイブしてきた。

 朝から一体どうしたのだろう?


 ただ、人の上に飛び乗るのは危ないから怒らないとな。


「こら、寝てる人に飛び乗ったらダメだぞ!」

「ごめんなさ~い」


 うん、謝ったから許す。

 ちゃんと謝れる子に成長して、兄は嬉しいぞ!


 そんな事を考えていると、不意に虎千代が思いも寄らぬ事を言う。


「ねぇ兄上、軍学を教えてください!」


 俺はてっきり遊びたくて起こしたのかと思ったので、その言葉に驚いた。

 そしてしばらく眼をぱちくりさせた後、虎千代に問う。


「急にどうしたんだい?」

「喜ばない…… びしゃもんてんの嘘つき~」


 ヤバイ、虎千代が泣きそうな顔になっている。


「そんな事無いぞ! とっても嬉しいぞ虎千代!」

「本当!?」


 俺の言葉に笑顔に代わる虎千代。

 うん、朝から泣かせなくて良かった。


 それにしても、何だか気になる名前を言ってたが。


「ところで、毘沙門天ってどこかで会ったのか?」

「えっとね、夢で会ったの!」


 あのおっさん、とうとう虎千代の夢にまで出やがったか?

 いや、ただの夢の可能性もあるから話を聞いてみよう。


 おっさんが本物か判別するためには…… 格好か?


「そうかぁ~、ところでその毘沙門天ってどんな格好してたかい?」

「すっっっごいよろいを着てた! 登りたかった!」


 うん、偽者(ただの夢)の可能性があるな!

 あの僧兵コスプレ親父が鎧を着てるなんて。


 まぁまだ判断材料が少ないから、もう少し聞いてみよう。


「虎千代、毘沙門天とどんな事を話たんだい?」

「えっとね、兄上が一歩まちがったらしぬって」


 ん? 夢の中で毘沙門天は俺の話をしたのか?

 ただの夢ならそんな事言うかな?

 歴史が変わり始めてる事を考えると、非常に現実味がある言葉だ。


「それで、わたしには兄上の敵を倒すさいのうがあるから、学びなさいって」


 何だか本物っぽい気がするなぁ。

 本物だとしたら何で鎧なんか……!?



 そこで俺は気がついてしまった。


 あの僧兵のコスプレはいわゆる部屋着みたいなもので、虎千代と会う時はわざわざ正装に着替えたのじゃないかと。

 そう、織田信長が義父の斎藤道三と会った時、道中はうつけの格好で会見時は正装にした様に、場に合わせて着替えたんだ!!



 俺と会う時は適当な格好で良いのかよ、毘沙門天のおっさん!!


 そう考えるとイライラしてくるが、あのおっさんにイライラするのは今に始まった事じゃない。

 とっとと忘れる事にしよう。



 だが今回のこれは何だ? 虎千代に勉強をさせる為の援護なのか?

 それとも何か裏があるのか?

 まさか、ただ虎千代に会いたかったからとかじゃねぇよな?(正解)


 確かに虎千代は身体を動かす遊びが好きで、あまり本などを読んだりするのは好きじゃない。

 宇佐美のじっちゃんの所へ紛れこんだのも、虎次と言う兄がそこに居たのと、じっちゃんの話が面白かったからだろう。



 まぁ虎千代がやる気を出したのならば、機会を逃すのも勿体無いな。

 よし、さっそく着替えて朝餉が終わったら始めるか!




―これより、虎千代は多くの師の元で学ぶ事になる。

 その結果がどうなるのかは、まだ決まっていない。

 だが毘沙門天が見守っている以上は、けっして(力技を使ってでも)悪い結果にはならないだろう。

と言うわけで一歩間違うとHENTAIとして通報されそうなおっさんが再登場しました。

個人的に史実で自分を”毘沙門天の化身”なんて言うくらいだから、夢で毘沙門天に会ったとかはしてそうな気がします。

まぁ当時は仏教全盛期でしたし、自分を神仏の化身と言う事で民の人気を取りをしていたってのが事実ぽいですけど。

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