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第三十四話「春日山の長い日」

天文4年(1535年)12月

 遠く離れている尾張・守山では、三河の国の大名・松平清康(徳川家康の祖父)が突如、家臣・阿部正豊に斬られ亡くなると言う事件が起こっていた。正豊は父が謀反を企てていると言う噂から清康に討たれたと勘違いしたと言われている。

 家督を譲り受けてから12年で三河を統一し、今まさに尾張へ侵攻していた清康の突然の死は、周辺の者達に大きな衝撃を与える。




 だがそんな事とは無関係の越後では、戦を終えて帰ってきた晴景がのんびりしていた。





-長尾晴景-

 戻ってきたら大量の書類が待っていたが、景綱たちと力を合わせてようやく暇が出来た。

 おかげで叔父さんと義総殿から出された宿題を考えている暇も無く、気がつけばもうすぐ年が変わる。


 年が変わればすぐに虎千代の誕生日(1月21日)だ。

 まぁ今の時代に誕生日を祝う習慣も無いし、今の日ノ本は太陰暦だから、同じ日でも1年ごとに微妙にずれてるんだけどな!


 それにしても、虎千代ももう数えで6歳になるのか。

 現代で言えば早生まれだし4月から小学校に行く歳でもある。


 もしも虎千代を将として育てるのなら、そろそろ動いても良い時期か?

 本人に聞いて見るのも一つの手だが……



 よし、しばらく虎千代と遊んでないし、まずは会いに行ってみよう。




 俺はまず宇佐美のじっちゃんの所へ来た。今は別の人が子供達に教えてる時間で、休んでいるようだ。


「これは若、何か御用ですかな?」

「いや、虎千代を探してたんだが。見てないか?」


 じっちゃんは虎千代と聞き、眉が動き少し苦い顔をしている。


「今はいらっしゃいませんが、若が戦に行ってる間は虎次様に構って欲しいのか、良く遊びに来てましたぞ」

「そうか。ところでじっちゃん、何でそんな顔をしてるんだ?」


 じっちゃんの様子が気になった俺は、俺は興味本位で聞くことにした。


「……これはまだ誰にも言っていませんが、虎千代様は軍学において恐ろしい才を持っている可能性があります」


 真剣な顔でその様に話してきたので、俺も真剣に聞く。

 するとじっちゃんは更に話を続ける。


「子供らと若の初陣を元に、どの様に守るべきかと言う話をしました所、他の子らは援軍を待つ事を前提とした意見がちらほらと出ましたわい。すると虎千代様が不意に言いまして……」


 うん、あの状況なら援軍を待つのが一番だ。

 何せ確実に援軍が来る状況での篭城戦だからな。


 だが、虎千代は違う事を言ったのか?


「虎千代は何と?」

「わしなりに虎千代殿の言葉を解釈しての事ですが…… 城の内部まで敵を引き込み、潜ませて置いた伏兵で手薄になった本陣を突くと」


 “わしなりに解釈”と言うからには、おそらく本当は『引き込んでこっちからドカーン!』とかそんな風に言ったんだろう。

 じっちゃんの都合の良い解釈の可能性も…… いや、この人に限ってはそれは無いな。良く聞いて判断したんだろう。


 それにしても……


「前提条件が違うな。もしも援軍が無い状況で活路を見出すとしたら、その案で良いんだがな」


 そう、自分の軍だけで敵を倒すしかないならこの案はありだが、援軍が来るのが決まっている以上は無謀ともいえる。


「然り。しかし直感的にそんな事が思い浮かぶという事が、大きな才能なのですぞ」


 これは確かにじっちゃんの言う通りだ。

 戦と言うのは相手があり常に変化するものだ。自分の考えた通りの作戦が出来ないからって、慌てる将は3流も良い所だ。


 上杉謙信の逸話を思い出しても、川中島の啄木鳥崩しや唐沢山での数十騎での敵中突破など、状況を直感で判断する能力はずば抜けているだけに、虎千代がそう言った能力が高い可能性はある。


「もしも虎千代様が軍学を学べば、晴景様の大きな助けになるでしょうな」

「じっちゃん、それは虎千代が望めばだよ」


 確かに歴史通りなら、越後で一番の名将になる可能性は高い。

 だが、本人が望まないのに戦の駒として扱うのは、兄として断じて嫌だ!


 第一、まだ虎千代は5歳なんだしな。


「ほっほっほっ、そうですな。少し歳を取り過ぎて気が早くなりましたかな」


 そう言って笑うじっちゃんの元を離れ、俺は虎千代を探しに戻る。


 しばらく歩くと、慌てた様子で走る景家を見かける。


「道兄ぃ、虎千代見なかったか?」

「いや、俺も探していたんだが…… どうしたんだ?


 景家が虎千代に何の用があるのか、気になったので聞いてみた。


「油断したぞ、一本取られた」

「はっ? 虎千代はまだ5歳だぞ?」


 俺達の中で一番の使い手で、この前も多くの武功をあげた景家が一本取られた。

 それは何の冗談だ?


「うん、俺もそう思って遊びで相手をしていたぞ。最近はちゃんと手加減してるし」


 景家は元々子供達と遊ぶのが好きで、泣かそうとしてるわけじゃないので頑張って手加減する事を憶えた。

 おかげで春日山の子供達の一番の人気者でもある。(元からそうだった気もするが)


 ちなみに二番人気は於虎であり、単に精神年齢が近いからかもしれない。


「虎千代は今日は一目散に逃げ出して、別の部屋に逃げたんだぞ。俺は竹刀が見えてるから襖の裏に居ると思い、開けたら竹刀だけで後ろから忍び寄ってきた虎千代にやられたんだぞ」


 なるほど、力や技術で敵わないから頭を使ったという事か。

 これくらいの年頃なら悪戯に頭を働かせる時期だしな。


「これで289勝1敗だぞ。もうすぐ300連勝だったのに悔しいぞ」

「……お前がそうやって大人げ無いから、虎千代も頭を使ったんだろ」


 思った以上に景家がダメな事は解ったが、結局虎千代は見つからない。


 俺は更に歩いていると、今度は夕子に出会った。

 夕子は袖をたすき掛けし、おひつを運んでいた。


「あ、晴景様」

「夕子、何やってるんだい?」


 食事とかは基本的に下働きの者が作ってるはずで、あまりこういう格好は見ないから気にって聞いてみる。


「子供達のお昼に握り飯を作ってるんです。高梨殿や於虎殿と一緒にたまにやっています」


 そう言えば俺達がじっちゃんから学んでいる時も、母上が作ってくれてたな。

 あの頃から密かに長尾家の伝統みたいになっていたのか。


「ところで、虎千代探してるんだけど見なかった?」

「一緒にいますよ。案内しますね」


 夕子は案内しようとするので、おひつを代わりに持ってあげる事にした。

 部屋につくと、そこでは虎千代がお米と格闘をしていた。


「あっ! 兄上~!」


 パタパタパタ


 俺に気づいて近寄ってくる虎千代。

 そして手の中の丸くて白いものを、俺に差し出してくる。


「千代、おにぎり作ったよ! 食べて食べて!!」


 ひょっとしてこれは妹の手料理か?

 それも生まれて初めて作った。


 これは兄として食べねばなるまい!!



 うん、受け取ると何だかこのおにぎり震えてる気がするんだけど、気のせいかな?

 俺の手が恐怖で震えてるだけか?



 俺は意を決しておにぎりを噛む。


 カリッ サクッ グニャ


 俺の口の中から、明らかに米のものじゃない食感がする。

 なんか口の中に硬い物が刺さってる感じもする。


 俺はおにぎりの食べ跡を見ると、何やら米にトゲの付いた昆虫の足が刺さっている。更に米の中から緑色の物体が這い出てきて、俺と眼が合った。


「虎千代、この中に入ってるのはなんだ?」

「イナゴ! 捕まえて入れたの!!」



 バタンッ



 俺は一瞬意識が飛び、その場で倒れていた。



 すぐに気がつくが、目の前の虎千代は泣いていた。


「うわ~ん!兄上が倒れたぁ!」

「あらあら、虎千代ちゃんイナゴは良く煮込まないと美味しくないわよ」


 母上はイナゴを食べる信州出身だからか、味の事を気にしていた。

 うん、相変わらず少し天然だなこの人は。


「まぁ晴だから放っとけば回復するでしょ」


 於虎は後で殴る。

 もしくは同じものを食わせてやる。


「どどどどうしましょう、晴景様が大変な事に……」


 夕子はもの凄い勢いで慌てている。

 人が慌ててる時って、かえって自分は冷静になるな。


 俺は気力を振り絞って起き上がると、虎千代が足元に抱きついてきた。


「兄上、倒れちゃやー!」

「ごめん、もう大丈夫だよ」


 まぁ食べると決めた俺の責任だからな。

 それで虎千代を悲しませたら、兄失格だ。


 それにしても、今虎千代に必要なのは……


「虎千代は軍学よりも、まずは料理の練習だな」

「練習、やー」





―戦で荒んだ心を日常へと戻してくれる家族の存在。

 それが今の晴景にとっては何よりも嬉しかった。

 この後も、虎千代の作る謎の多い料理に悩まされる事になる晴景だが、本人は割と嬉しそうだったと言う。

と言うわけで久しぶりの日常モードです。

今回は晴景が虎千代を改めて認識すると言う事で、育成はこれからです。


ちなみに料理は多分上達しません(爆)

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