第三十三話「命の重さ」
天文4年(1535年)10月10日
宇佐美定満が対峙した一向宗はすでにその数が4,000を下回っており、越後より到着した援軍と合わせて5,000の兵を前に、攻める事も退く事もかなわずに居た。
そしてその背後に現れた新たな軍。もう半分の一向宗との決着をつけた長尾晴景が率いる5,000の軍を前に挟まれる形となり、ついには殲滅されるのであった。
-宇佐美定満-
ふぅ、ようやく終わりましたか。
戦場は死屍累々としていますね。
晴景殿はそんな戦場の中で立ち尽くしています。
初陣では城から指示を出していただけで、これだけの死と向き合うのは初めてでしょうしね。
まぁ新発田もさっき隅で吐いてましたし、私でさえ眼を避けたくなる光景を七尾で迎撃した時と合わせて2回も短期間で見ているのですから、若い子たちには酷でしたね。
しばらくすると、私に気づいた晴景殿が話しかけてくる。
「叔父さん…… 一向宗は何でこんなになるまで戦うんでしょう?」
「彼らの中には心から一向宗の教えに従う者も居るでしょうが、結局は己の利の為に動いています」
そう、今回は本願寺の宗主が居ない間に自分の利権を増やそうとして越中の僧は動きました。
そして門徒達はその結果、自分達も利があるからこそ集まっている。
「それは坊主達が荘園を広げたり、贅沢をする為ですか?」
「もちろんそれもありますが、門徒達だって同じです。僧と組んで利益を得ている者も居るでしょうし、ただお腹いっぱい食事がしたいから奪うと言う人だってその者の利益です」
利が無ければ人は生きていけない。
口で如何に『民のため』とか『義を大切に』と言っても、民に利を与えられなければ一向宗に走る事もあるし、領地から逃げ出す事もある。
「晴景殿、国を治めると言う事はそこに住む者に対しての責任が出てくる。それは如何にして住む者へ利益を与えるかと同じ事。そう言う意味では私達も一向宗の僧も変わりません」
晴景殿も学んではいる事でしょうが、知識と実践とは違います。
これから更なる実践が必要でしょうね。
「一向宗一揆に参加する事に利があるなら、参加しない方が利が出るように国を作る事が大切だと思いますよ」
「……難しいですね」
そう、難しいことです。
何より一番難しいのは、その中から自分の利を適切に得る事なのですが……
晴景殿はそれを解っているでしょうか?
「えぇ、でも晴景殿はやるしかないんですよ。長尾家の跡取りとして」
跡取りとして国を任される以上は、出来ないじゃすまされませんよ?
・・・・・
私と晴景殿の部隊は七尾城へ入る。
比較的余力がある越後からの援軍組には勝興寺を攻めてもらい、椎名には念のために富山城まで戻って貰っている。
神保長職も出陣したらしいですし、まさかとは思いますが慶明殿の軍が敗れ、加賀の一向宗を丸め込んで攻めてくると言う事もありえないとは言い切れませんし。
さて、私達が入っていくと、義総殿が出迎えてくれました。
すると、突然義総殿は私達に頭を下げた。
「晴景殿、宇佐美殿、かたじけないです」
「義総殿、いけません。守護たる方が守護代の息子と家臣に頭を下げては」
同盟相手であり戦友とは言え、地位は地位です。
下手な者に見られては弱みとなる事もあります。
「いえ、今回の件で私は越中の一向一揆の勢力をいたずらに増やしてしまい、能登一国すら纏め上げられなかった」
……いつもながら義総殿は責任感が強すぎますね。
それ故に逃げずに戦う事を選んだのでしょうけど。
「きっとかつての卜山殿は今の私と同じ気持ちだったのだと思います」
おや、少し妙な話になっていますか?
「為景殿と畠山稙長殿(卜山の息子・越中守護)にも相談しますが、私は越中の守護代職を為景殿に譲ろうと思っています」
「義総殿、それは……」
義総殿はけっして越中で失策をしたわけではない。
本願寺の紐が切れた一向宗が暴挙に出たのは、ただ運が悪かったと言えましょう。
「良いのです。その代わりじゃないですが、私はこの能登の統治に全力を注ぎたいのです」
なるほど、そもそも能登畠山家は能登守護であり、自分の国を弱めてまで越中を治める事に魅力を見出さないと言った感じでしょうか。
「そうですね、もっと文化を奨励して能登を日ノ本一の文化大国にしたいと思っています」
「それは素晴らしい事ですね」
義総殿は文化にも趣が深いですからね。
西国の大内にも負けない文化を築いてくれるでしょう。
と、義総殿が晴景殿の方を向きました。
何か話すのでしょうか?
「晴景殿、一つだけ年寄りの忠告を聞いて貰えますか?」
「えぇ、もちろんです」
おや、まだ40そこそこで年寄りとは。
義総殿にそう言われてしまうと私も為景殿も年寄りになってしまう。
まだまだ若いつもりなんですけどね。
さて、改まって言う以上は面白いはなしでしょうかね?
「戦の様子から貴方と家臣たちが強い絆で結ばれていると感じましたがどうでしょう?」
「はい、共に学んだ自慢の仲間たちです」
今回、景家殿は一向衆の対象を討ち、景綱殿は晴景殿の手となり陣を自在に動かしていたと聞きます。
本当に良くあれだけ優秀な子達が集まったものです。
「では、貴方は彼等に死んでくれと命令出来ますか?」
おや、義総殿も酷な質問をされるものだ。
晴景殿も完全に固まっていますよ?
だが、それは将である以上は常に頭に入れておかねばならない事です。
今回の一向一揆の侵攻が、もしも越中の私の方に来ていましたら、私も色部達に死んでくれと頼む可能性はありましたしね。
もっともそんな状況は越中と越後を同時に攻められて、越中を捨ててでも為景殿を守りに行かなければならない様な状況くらいですがね。
「貴方が将である以上、そう命令をする必要が出て来る時もあるでしょう」
「……俺はそうならない為に戦の準備をしたいと思っています」
そうですね、戦は準備の時点で8割方結果が決まっている。
でも……
「えぇ、もちろんそれは大切です。しかし戦とは予想が付かない物ですよ」
「……」
義総殿の言葉に、ついには晴景殿の言葉が詰まりましたか。
ふふっ、考えてますね晴景殿。
戦略を、そして策を立てるという事は常に最悪の事を考えなければならない。
そして最悪が起こってしまった時に最善の行動を取れる者こそが名将と言えましょう。
時には友を、そして時には自分を切り捨ててでも最善を取る。
実際の名将を見たのですから、晴景殿にも理解できるでしょう。
「義総殿、少しいじめすぎですよ」
「これは失礼しました。ところで戦の後ゆえ簡易な物ですが、宴の用意をしています。お二人とも中へどうぞ」
そう言って我々を先導する義総殿。
そうですね、今はまず戦の勝利を祝いましょうか。
-長尾晴景-
一向一揆との戦の決着から早一月。
越中の混乱を治める為に残っていた俺達も、冬が来る前に越後に戻る事になった。
あの後、越中一向一揆の拠点である勝興寺は北条等が無事に落とし、もう一方の拠点である瑞泉寺は加賀の一向一揆に破壊されたらしい。
叔父さんが神保長職対策として噂をばら撒いた事による結果であるが、思わぬ展開に『やはり加賀の一向宗は注意が必要ですね』と言っていた。
そうそう、義総殿と親父殿の話し合いの結果、越中は長尾家が守護代として一国治める事になった。畠山稙長殿は越中へはほとんど関与していないらしく、二つ返事でOKだった。
しかし新たに貰った土地は一向一揆に参加した者の多くが亡くなった事もあり、領民が不足していた。
そこで色部・本庄・新発田らは大幅に加増して転封、越中で治めていた土地や揚北で元々治めていた土地の者で希望者に農地を与える事にした。
椎名も新川郡のほとんどを任される事になった。吹き法が広まってる事もあり、鉱山開発を頼む事になるだろう。
定満叔父さんもかなり広い土地を領地として貰い、引き続き越中一国の取り纏め役として任されていた。
元々畠山義総殿から越中を任されていた神保慶明は、高齢で息子も居ない事から、神保家庶流の神保氏重に領地を譲り、義総殿の相談役として能登に住むそうだ。
俺は一向宗の生で大幅に領民が減った越中の為に、焼け石に水ではあるが元々越中方面から募兵していた屯田兵の中で希望する者は、農地を与え農民に復帰させた。
最初に募兵した者達はほとんど残ってくれたが、全部で300名とその家族が越中へ戻る事になった。
そのほとんどが一向宗と戦った事で、『戦はもう嫌だ』という者がほとんどだった。
そして俺は、帰りの船の上で義総殿の問いを考え直していた。
『貴方は彼等に死んでくれと命令出来ますか?』
俺はどうだろうか?
そもそも自分に命の危険が迫った時に、そう言って従ってくれる者がいるのか?
今になって思えば、義総殿はそんな状況で3,000もの兵を集めていたのだ。
能登守護としての家系か実績か、それとも義総殿の人柄がそうさせるのか。
何にせよ、改めて義総殿の凄い所が見えてきた。
「晴景、どうしたんだい?」
船の縁で海を見ながら考えている俺に、景綱が声をかけてきた。
俺は不意に口から言葉が出る。
「なぁ景綱、俺が死んでくれって言ったらお前は死ぬか?」
俺の口を出た言葉に、珍しく景綱の笑顔が曇る。
そこで俺は自分の言った言葉の意味に気づく。
「すまん、忘れてく「死ぬよ」!!」
だが、景綱は再び笑顔になり、そう答えた。
「晴景が理由も無く僕達に死ねって言うわけが無いからね。それが一番良いと考えた上で言ってる事なら、僕達はきっと従うだろうね」
言葉を続ける景綱の笑顔には一片の曇りも無い。
強いな。
俺は今ほどこいつが強いと感じた時は無い。
「でも君にそんな事を言わせないために、僕らも頑張ってるんだよ。だからあまり抱えすぎないでね、晴景」
そう言って景綱は離れていった。
残された俺は、また一人海を見つめる。
照り返しで輝く海から魚が跳ね、そこをうみねこ達が狙っている。
弱肉強食。弱いものは食い殺されるのだから、俺は強くなければならない。そうで無ければ俺が…… いや、俺達が食われるのだから。
「義総殿、俺は自分で思っていたよりも、ずっと良い友を持っていたようです」
そう呟いた俺の視線の先にはかすかに能登半島が見えた。
―越中の一向一揆は壊滅し、越中は長尾家のものになった。
だが領地が広がった事よりも、晴景は得難い経験をした事が重要であると言えるかも知れない。
宇佐美定満と畠山義総。二人の名将の戦を、策を、そして信念を学んだ晴景は、今後長尾家の家督を継ぐ為により一層努力をする事になるのであった。
と言うわけで越中編終了でございます。
今回はほぼ主役を譲った感じになった上に、虎千代が一回も出てこないと言う衝撃の展開でした(爆)
と言うわけで明日から新章です。
この章の鬱憤を晴らす新章の名前は『虎千代育成編(プリンセスメーカー編)』です(爆)




