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妹は軍神 ~長尾晴景の天下統一記~  作者: 遊鷹
越中一向一揆編
33/63

第三十二話「暗躍する者達の結果」

天文4年(1535年)10月1日

 温井総貞は一向宗に呼応し謀反の兵を挙げていた。

 彼が支配する鳳至郡(能登の北部)より南下し、中島―大津の辺りを進軍していた。

 だが、その進軍を阻む様に布陣する軍があった。

 越中新川郡より能登の中島まで船で移動した、椎名長常の軍であった。





-椎名長常-

 ふぅ、あれが温井の軍か。

 このまま一緒に援軍に行くか、退いてくれれば僕も楽を出来るんだけど……そう簡単にいかないかな?


 そんな事を考えていると、僕の本陣に温井の使者が現れる。


「越中の椎名殿と見受けられるが、ここで何をされている!?」


 使者は僕達がここに居るのが不思議でしょうがないようだ。

 そんなの答えは決まってるじゃないか。


「何って、義総殿の援軍に来たに決まってるじゃないか。それでそっちはどうなのかな?」

「……我々も義総様の援軍に向かう所です」


 ふ~ん、援軍に行くんだ。

 そんなに眼をそらして、言葉が詰まっているけど本当かなぁ?


 まぁそれならそれで良いけど。


「それじゃ調度良かった! 僕達は能登の地理に詳しくないからさぁ、前を先導してよ」


 僕達は越中から来てるから、何もおかしな事は無いよね?


 もしも君達が義総殿の軍に襲い掛かったら、背後の僕達が襲いかかるけど、しょうがないよね。



 ……あれ? どうしたのかなぁ?

 顔を真っ赤にしてプルプルしちゃって?


「……こうなれば、御免!!」


 そう言って男は僕に切りかかる。

 でも、そんな見え見えの行動じゃ、僕が動かなくても大丈夫だね。


 カキンッ!


 ほら、僕の馬周りの一人が間に入って守ってくれる。


「交渉決裂だね」


 僕がそう言うと、別の馬周りが使者を斬る。

 うん、僕は動くこと無く楽をさせて貰ったね。



 さて、君達がそう言う行動にでるなら、戦うしかないよね?


「皆! 温井総貞は主君を裏切ろうとするばかりか、使者に僕を暗殺させようとする卑怯者だぞ! よ~く合唱して、温井の兵達にも教えてやれ!!」

「「「「おーっ!!」」」」


 これで相手の士気が落ちてくれれば良いんだけどね~。




・・・・・


 温井の軍と戦闘が始まってもう3日か。

 僕達はなるべく被害を受けないように戦っているけど、本当はあまり時間をかけずに、援軍に向かわないといけないんだよなぁ。


 早く次の布石が効いて欲しいんだけど……



「椎名様。温井の軍の側面に平総知殿の軍が到着し、攻撃を開始しています」

「さらに温井の後方には長続連殿の軍が迫っております」


 僕は待ちわびていた報告を受ける。


 よし、決まったね。



 元々宇佐美殿は三宅殿から情報を聞いて、義総殿が謀反に警戒している事を掴んでいた。

 そこで、畠山家の重臣三人、温井総貞・平総知・長続連に狙いを絞り、軒猿に指示を出していた。

 その内容は三人それぞれの領地に軒猿が着いた時点で、軍を準備していたら敵対する者として監視。

 そして軍を準備していなかったら、日和見する者として引き込む。


 結果、温井は軍を準備していて、平と長は準備していなかった。

 平と長には長尾家が援軍に来る事を伝え、勝ち目が高い事を認識させて引っ張り出す事に成功した。

 長尾家はそう言った日和見の連中に苦労していたって聞いたし、この辺は扱い慣れてる感じだね。


 後は中島についた僕に、軒猿がそれを報告。

 全員が日和見ならすぐに晴景殿らの援軍に向かい、全員が軍を用意していれば晴景殿達と合流して逃げるか篭城する予定だった。

 だが今回は温井だけが謀反の可能性があったのでここで待ち伏せしたと言う話だ。


 戦闘が始まってすぐに、こっちへ向かっていた平と長にも温井の謀反の連絡を入れたから、ご覧の状況ってことだ。


 さすが宇佐美殿の策だね。僕も楽をさせて貰ったよ。





―10月4日、三方向から攻められた温井総貞の軍は壊滅。合流した椎名・平・長の軍、約4,000が晴景と義総の援軍に向かった。


 一方、二上城から西に向かった神保長職も、軍勢と遭遇していた。





-神保長職-

 何で叔父の慶明の軍が俺の邪魔をするんだ!!

 ……まさか、俺が義総を討つために出陣した事がバレたか?


「慶明叔父上、ここを通して頂きたいのですが」

「黙れ長職! 兄に続いて兄の息子の貴様まで主君に弓引くか!!」


 うお! やっぱりバレてるし!!


 ここは何とか誤魔化さないと……


「何を言ってるんです、俺は義総様の援軍として一向宗を討とうと……」

「馬鹿者!! ならばここを通る必要もなかろうが!!」


 うぅ、確かに一向宗を討つなら、宇佐美が挙兵してるんだから合流するか、山を越えて行った方が早い。

 越中を横断して加賀の方から行く理由は、動きをバレ難くするためでしかない。


 あせる俺を尻目に、叔父は槍を振り回して気合を入れている。


「宇佐美殿から連絡を受けてまさかと思ったが、お前の行動が神保家の立場を悪くするなら、ここで討つのもしょうがない事よ…… 全軍! あの不届き者を討てい!!」


 不味い!攻撃が始まってしまう!!


 俺の軍は1,000程度で叔父の軍は見る限り3,000はある、しかも話をしている内に俺の軍を包囲するように配置されている。

どう見ても無理だろこれは!!


 退路は絶たれているから、このまま前進するしかねえ!!


「このまま突破するぞ! 俺につづけぇぇ!!」


 突破しないと死ぬ! 死んでしまう!!



・・・・・


 ふぅ、なんとか突破したが、おかげで兵は500も残っていない。

 まぁ一向宗の援軍に行ったと言う事実が一番重要だから、これで行くしかない。


 さて、もうすぐ加賀だな。

 流石に加賀に入れば叔父も追っては来れまい。


「長職さま…… あれを……」

「ん?」


 俺の部下が放心したように話しかけた為、何事かと思えば、越中と加賀の国境のあたりに、加賀の一向宗が集まっていた。


 って何でこんな所に一向宗が出てきてるんだよ!!


「越中の奴らが、証如様がいない間に加賀を狙ってくると言う噂がたっていたが、まさか本当とはな」


 ここでも情報が流れてる!

 しかも不味い感じに捻じ曲がって!!


「な…… 何か誤解があるようだけど、俺達は能登に侵攻してる越中の一向一揆を助けに……」


 俺は何とか敵じゃない事を伝えようと、一向宗へ話しかける。


「何だと!? 越中の奴らめ、証如様がいないのを良い事に勝手に勢力を広げようとしたな!! 許せん!!」


 しまった! 越中と加賀の一向宗はこの前の乱以来仲が悪いんだったか!!

 前は仲が良かったのに!!

(越中と加賀の指導者が兄弟だったりする、本願寺から代官が派遣される前の話です)


「お前達、これから瑞泉寺を攻めるぞ! ついでにこいつらは敵の先遣隊だ! 極楽浄土へ送ってやれ!!」

「何でそうなるんだぁぁぁ!!」


 不味い、何とか逃げないと!!





―神保長職は加賀の一向宗の攻撃で兵は離散し、自らも落ち延びる事になる。

 しかし彼の野望に終わりは無い。いつか越中を手に入れる日を信じて戦い続けるのだ。





-長尾晴景-

 温井と争っているのは“蔦”の旗印。と言う事は恐らく椎名殿の軍だろう。


 七尾城に着いた時、軒猿から聞いた叔父さんの打っていた策は大きく二つ。


 一つは能登の重臣達への対策で、すでに長尾家が援軍に来てる事を伝えて、引き込む為に動いていると言う件。

 もう一つは一向宗に合わせて挙兵するだろう神保長職を妨害するために、神保慶明に長職が裏切るかも知れないと伝えておき、更に加賀で越中から攻めてくると言う噂をばら撒く件。


 神保の方の結果は解らないが、能登の方は温井が裏切る可能性があるが、平と長はこちらに着くとすでに軒猿から聞いていた。


 その為、平と長が温井を抑えてくれれば、俺達は一向宗の相手に専念すれば良いと思っていたが、まさか椎名勢までこっちに送ってくれているとは思わなかった。



 俺達は軍勢が現れた連絡を聞いてから、徐々に戦線を退いている。

 これは万が一温井が勝って攻めてきた際に、七尾城に入りやすくするため。


 そして……


「一向宗の背後に約4,000の軍勢! お味方の援軍であります!!」


 味方が一向宗を攻撃しやすい様にだ。





―10月9日、数を減らし続け6,000程になっていた一向宗は、負傷者を抜いた約4,000の晴景達の軍と4,000の椎名・平・長の軍に挟まれ、包囲される。

 能登の形勢は大きく変わり、一気に戦は終焉へ迎うのであった。

と言う事で戦の情勢は決まりました。

神保長職はかませ犬どころかギャグキャラ化しちゃった気がします(爆)

良いキャラになったので、まさかの再登場もあるかも知れません。


次回は決着と戦後処理になります。

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