第三十話「突撃!突撃!突撃!」
天文4年(1535年)9月19日
時を長尾晴景達が七尾城へ到着したその日より少し戻そう。
越中新川郡の椎名長常は、宇佐美定満の指示により兵を集め待機していた。
椎名氏は元々“新川郡守護代”であったが、神保慶宗が“越中守護”畠山卜山に反乱をした際に同調したため、時の当主である椎名慶胤は長尾為景によって討たれていた。
その後、新川郡の守護代の座は長尾家に与えられたが、越中の事情に詳しい者が必要であった宇佐美定満の取り成しもあり、減封はされたが新川郡に勢力を残していたのだ。
-椎名長常-
宇佐美殿の指示によると、そろそろ出番かな?
恐らく神保長職の奴は無謀な夢を見て蜂起するだろう。
うちの領地は宇佐美殿の領地と越後に挟まれているから、そんな夢を見ることすら危険であるが、それを抜きにしても蜂起するなんて分の悪い賭けと言えるね。
僕の親父と長職の親父は乱世の時流に乗って、守護を引きずり下ろすと言う一発逆転を狙って負けた。
まったくそんな事をしないでも、貰った領地を守ってれば楽しく暮らせるのにね~。
大体にして為景殿は俺から見れば英雄の器、逆らっても良い事は無いよね。長いものには巻かれろって事だよ。
……それに息子の晴景殿、あの人の持つ雰囲気は異常だよ。
若者は戦ともなれば功を欲しがるか、もしくは恐怖の一つでも見せるだろう。
しかも“今孫武”なんてあだ名が付く様な知恵者なら、軍議の場で我を出したくなってもおかしく無いはず。
なのに、あの人は宇佐美殿の策に従えば絶対大丈夫と言わん限りに任せきっている。
普通の若者ならありえないことだよ。
長尾家には絶対に逆らわない方が良いって僕の直感が言っているよ。
と、そんな事を考えてると軒猿が情報を持ってくる。
「椎名殿、神保長職の軍は西に進路をとった様子……」
ふう、予想通りに動いたね長職も。これでこっちの方面はある程度安全だ。
僕達も予定通り動けるね。
それにしても、こうやって情報が早く伝わるのは本当に有利だね。
これも晴景殿が考案したと言うし、やっぱり逆らうのは無いよね。
「さて、船の準備は出来てるかな?」
「はっ、予定通りに」
ふふっ、これは晴景殿にも知らせてない作戦だからね。
彼も驚いてくれるかな?
「もうすぐ待ち人が来るからね。僕達もすぐに出発するよ~」
「はっ!」
さて、戦況はどうなってるかな?
まさか負けてるなんて事は無いと思うけどね。
―椎名長常の軍は宇佐美定満の指示を受け、機をうかがっていた。
そしてその視線の先には、能登半島があった。
時を進め天文4年(1535年)9月25日
長尾晴景と畠山義総は七尾城をすでに出ていた。
-長尾晴景-
俺と義総殿の軍は一向宗が居る出てくるであろう、氷見から続く道の出口へ向かい進軍する。
山を越えて伝令に来た軒猿によると、すでに叔父さんの軍が一向宗とぶつかってもう5日か。
俺達も早く参戦しないと、叔父さんの負担が増える一方だな……
「晴景様! 一向宗が平野部まで出てきています!! その数……およそ10,000!!」
「なんだと!?」
そうか、一向宗は完全に兵を二つに割ったか。
叔父さんの軍と戦うために10,000を残し、後の10,000を七尾城の包囲に使うつもりだったのだろう。
そして戦うために残った軍は10,000対2,500。
有利に戦えるという計算なのだろう。
だが、これは好都合だ。
叔父さんの方には越後からの援軍が来る。それが解っているから無理をせずに引きながら戦っているだろう。
それに元々こちらの強みを生かすために、一向宗を平野部まで引っ張ってくる予定だったからな。
後はどう陣を組むかだが、状況が少し変わったので事前に決めといた俺の案で行くのかを確認しないとな。
と思っていると、俺の元へ伝令がやって来る。
「義総様より伝令です。予定通りに当たる様にと」
義総殿も同じ考えか。ならば問題ない。
さて、俺達の軍2,000と義総殿の軍3,000は鶴翼の陣を取る。
俺達の軍が左翼、義総殿の家臣の遊佐秀頼殿が右翼の2,000を率いている。そして中央は義総殿が1,000を率いている。
通常、鶴翼の陣は数が多い方が少ない方を包囲するのに向いた陣だ。
今回は一向宗の方が俺達の倍いる。
敵の僧の中にも少しは軍学を学んだ事がある奴が居れば、この布陣がおかしく見えるだろう。
だからそこを逆手に取る。
「一向宗、前進してきます!」
敵は一直線に畠山義総殿の中央を狙う。
そこは鶴翼で一番薄い部分であり、総大将を狙うのは当然のこと。
だが、それは俺達の予想通りの動きだ。
「景綱に連絡を、このまま引っ張って敵の隊列を伸ばすようにと」
俺は後ろから戦局を見る必要があるので、部隊を直接指揮する景綱に連絡する。
義総殿は最初から狙われるのが解っているため、交戦しつつ徐々に後退する。
そしてそれに合わせて俺達左翼と右翼も後退する。
義総殿は左右の動きも把握しながら後退しているな。さすがだ。
左翼と右翼は中央に近い所ほど後退をし、陣が斜線になっていく。
その結果、一向衆はバケツの中に自分から入って行くような状態になる。
「今だ! 弓隊撃て!!」
ヒュヒュヒュヒュ・・・・パシパシッ!
ヒュヒュヒュヒュ・・・・パシパシッ!
俺達は一向宗に向けて矢を放つ。そしてそれに合わせて右翼からも矢が飛んでくる。
左右から同時に浴びせられる矢は、一向宗の逃げ場を奪い次々に倒れていく。
島津の釣り野伏せとスペイン方陣を元にアレンジした交射陣、どうやら上手く行ったらしい。
一向宗は左右からの矢の雨に歩みが止まっている。
無論俺達はこの気に少しでも数を減らすように矢を撃ち続ける。
……今の内に次の段階へ進めるか?
「段蔵、大将の位置はつかめたか?」
俺は物見台から一向宗の様子を眺める段蔵に声をかける。
軒猿は眼も良いらしく、遠くまで見渡せるそうだ。
「一番後ろにいる坊主が、最も立派な装束をしていると思います」
うん、多分そいつが大将だな。
「景家に連絡を、敵が崩れた所を突破せよと」
「はっ!」
さて、一番危険な役だがお前以外に任せられん。
頼んだぞ景家。
-柿崎景家-
「柿崎殿、敵が崩れた所を突破せよとの事。それと総大将は恐らく一番後ろです」
軒猿が道兄ぃの指示を持って来たんだぞ。
俺は自分の部隊を見回して声をかける。
「よし、俺達の出番だぞ」
俺が率いるのは騎馬隊。
最初に雇った屯田兵達から、騎馬に適正にあるものを選りすぐって鍛えた精鋭200だぞ。
しかも今回は定満様から借りた500も合わせて700騎だぞ!
そして俺の役割は敵陣を混乱させる事、それともう一つ。
可能ならば大将を討つ事だぞ。
「柿崎隊! 俺達の役目は戦を決める働きだぞ!」
「「「「オーッ!!」」」」
部隊の皆が声を上げる。
俺は続けて声を出す。
「いいか、俺達の役目は何だ!?」
「「「「突撃! 突撃! 突撃!」」」」
「俺達の欲しいものは何だ!?」
「「「「大将首! 大将首! 大将首!」」」」
うん、いつもながら道兄ぃに教えて貰ったこのやり方が一番士気が上がる。
定満様から借りてる兵が若干引いてる気がするけど、きっと気のせいだぞ!
「よし、俺に着いて来るんだぞ!!」
「「「「おーっ!!」」」」
ドドドドドドッ
砂煙を巻き上げて走り抜ける俺達。
その目標は陣形が窪んだ部分だぞ!!
敵陣の穴に突っ込んだ俺達は、目に入る敵を斬り、刺し、そして駆け抜ける。
馬の足を止めたら袋叩きになるから、とにかく駆け抜けるしかないんだぞ!
大将は後ろだと聞いたから、俺は縦長の一向宗の陣を斜めに切り裂くように進む。
途中で坊主(道兄ぃが優先的に狙うように言ってた)を見つけたら、進路を変更しつつ刺し殺す。
そして気づくと俺達は敵の陣を突き抜けていた。
……もっとしつこいと聞いていたが、あっけないんだぞ?
俺達は敵陣を抜けた後、大きく弧を描いて敵の後ろに辿り着く。
坊主の中で一番偉そうな奴、それが大将首だぞ。
……居たぞ。
「お前、一向宗の大将だな?」
「な……なんだお前は!?」
一向宗の門徒達はボロボロの服を着ているというのに、キラキラした袈裟を着るこの男。
間違いなく偉い奴だぞ。
「確か一向宗は死んだら極楽浄土へ行くと聞いたぞ? ならお前が行って見せるんだぞ!」
「ひっ……ぐはぁっ」
俺の槍は、逃げようとした坊主の背中から突き刺ささる。
アレだけ血が出ているなら助からないだろ。
「一向宗の大将、討ち取ったぞ!!」
―越中の一向宗の指導者である勝興寺実玄は、こうして柿崎景家に討たれた。
だが、晴景達はまだ気づいていない。
一向宗の本当のしつこさを。
そして自分達の背後を窺う存在の事を……
と言うわけで景家大活躍です。
最初はもう少しふざけようと思いましたが、戦は真面目にやります(爆)
次回は宇佐美さんと裏で動いてる人の番です。




