第二十四話「越後への帰還」
享禄5年(1532年)4月
博多の豪商・神屋寿禎との交渉を終えた晴景達一行は、休む間もなく引き返す事となる。
これは何よりも、偶然手に入った鉄砲を一刻も早く越後に持ち帰りたかったからだ。
享禄5年(1532年)5月
京で待つ夕子を迎えに行き、一行は更に越後を目指す。
さすがにこれ以降はゆっくり進む一行であるが、翌6月の頭には越後に到着した。
-長尾晴景-
やっと越後に着いた!
何だかんだで、半年以上帰ってこなかったわけだからな。
春日山も懐かしく感じるぜ!
よし、帰って来たからにはまず皆に挨拶だ!
「虎千代! 帰ってきたぞ~!」
「……?」
虎千代が遊んでいると言う部屋に来て、バーンと効果音がしそうな勢いで声を掛ける俺だったが、待っていたのは無言で首をかしげる虎千代の姿だった。
……よく考えたら半年以上も会って無いんだもんな。
俺、忘れられた?
「……!」
トテトテトテッ
その場で固まっている俺だが、不意に虎千代が笑顔になり駆け寄ってくる。
トテトテトテッ……パシッ
「にぃちゃ! おかえり!!」
そう言って俺の膝に抱きついてきた。
虎千代!おぼえてて……もしくは思い出してくれたか!!
「虎千代~! ただいま~!」
「きゃはははは」
俺は虎千代を頭の上まで抱え上げ、肩車にしてそのままグルグル回る。
その行動に虎千代も非常にご機嫌だ!
「こら、晴! 帰って早々危ない事するんじゃない!!」
だが、その楽しい時間は母親の登場で終わりを告げる。
虎千代を下ろすと「にいちゃ、もっと!」と言ってくるがグッと我慢して挨拶をする。
「あ、虎かあさんただいま」
「……虎千代と比べて、大分あっさりとした挨拶じゃないの」
しょうがない。大きい子供と本物の子供を比べたら扱いは変わるものだ。
「でも危ないって言うけど、ちゃんと気をつけてやってるよ?」
俺が虎千代を怪我させるなんてありえなく、十分に安全に注意して遊んでいる。
だが、於虎の続けて言う一言に、非常に反省する事になる。
「晴はそれで良いけど、横で見てる柿ちゃんが真似したら危ないでしょ!」
言われて横を見ると、”Mr.加減知らず”こと柿崎景家が居た。
まぁ一緒に帰ってきたんだから、居て当たり前だ。
「……すみません」
「よろしい」
俺は素直に自分の非を認めて謝った。
景家が何か文句を言ってるが、お前が虎千代とか綾にこれをやったら、死人が出かねない。
そんな俺達の様子を見ていた夕子が、思わず笑っていた。
「クスクス、本当に仲が良い家族ですね」
「あら、他人事みたいに言うけど、夕子さんも家族なんだからね!」
於虎に言われずとも当然の事だが、夕子はそれが嬉しかったらしい。
「はい」
そう言って夕子は優しく微笑んだ。
・・・・・
ひとしきり弟・妹達との再会を堪能した俺だが、急いで帰ってきた目的を果たすために、親父殿の所へ向かう。
「失礼します。晴景ですが入ってよろしいですか?」
「おぉ、構わねぇから入って来い」
許可を貰い部屋に入ると、そこには先客が居た。
「叔父さん!」
「晴景殿、しばらくです」
越中を任されているはずの叔父さん、宇佐美定満がいる。
「どうして越後へ?」
わざわざ春日山まで来るって事はただ事じゃない気がする。
俺はそう考えて叔父さんに聞いてみた。
「少し越中の一向一揆の様子がおかしいので、為景殿に相談に来たんですよ。」
俺は一向一揆を聞き、1つ思いだした事がある。
「……ひょっとしてあれか?」
「おや、何か心当たりがありますか?」
帰る途中に軒猿から報告を受けた事、それは……
「”管領”細川氏と本願寺が揉めていると言う情報を聞きました。」
「!? なるほど、越中の一向一揆は独立した寺社が独自にやっている事。総本山が動けない間に、自分達の勢力を伸ばそうとしているのか?」
越中の一向一揆は、勝興寺・瑞泉寺と言う二つの寺が中心となって行われている。
元々は加賀の一向一揆も似たような感じであり、一向宗の総本山・本願寺と利害関係から対立することすらあった。
そして去年、不満が爆発して本願寺と加賀の一向一揆同士が争うと言う、何ともわけのわからない事になった。
だが結果として本願寺側が勝ち、加賀には本願寺から指導者が派遣される事になった。
この時に越中の一向一揆は本願寺側についた為、引き続き独立して活動をしていた。
「そう言うことです。おそらくですが、しばらくは本願寺の様子を見ると思います。ただし本願寺の力が弱ってると感じたら……」
本願寺の紐が外れれば、越中の一向一揆は戦を仕掛ける可能性がある。
その狙いは能登か、飛騨か、それとも越中か……
もちろん叔父さんも、それを理解していた。
「そうとわかれば悠長にしていられませんね。為景殿、これで失礼しますね」
「おぉ定満、気をつけろよ」
親父殿の言葉に、笑顔を見せそのまま去っていく叔父さん。
この二人はお互いに信頼してるから、これで通じるようだ。
叔父さんが去って、俺と親父殿だけが部屋に残る。
休む間もなく向こうから話題を切り出してきた。
「さて、お前が帰ってすぐにここに来たって事は、何かあるんだろう?」
まぁ正確には虎千代や綾と遊んでから来たんだが、黙っておこう。
俺は持ってきた袋を前に出す。
「そりゃなんだ? 土産か?」
「えぇ父上、大きな土産ですよ。何せ日ノ本の戦を変えかねない物ですから」
そう言って俺は袋の中から鉄砲を出す。
親父殿は、当然見た事が無いため変な顔をして見つめている。
「なんだそりゃ?」
「これは鉛の玉を火薬で飛ばす武器です」
俺は簡単に説明する。
「で、威力はどんなもんだ?」
親父殿はそれに対して的確に要点をついた質問をしてくる
こう言うところを見ると、本当にこの人の戦に関しての才能は凄いと思う。
「当たれば十尺(約30m)先の甲冑を貫くほどです」
「!?」
俺が質問に答えると、予想以上の答えだったのか一瞬驚く。
しかしすぐに俺の解答から問題点を指摘する。
「……当たればって事は、当たらないんだな?」
「えぇ、練習をすれば当たるようになるかも知れませんが、その為には火薬が必要ですので」
そう、これが鉄砲の問題点その1と2だ。
鉄砲の扱い方は撃つだけなら、それほど難しくは無い。
しかし遠くの的を正確に狙うとなると、途端に難易度が上昇する。
そしてそれを解消するためには練習が必要なんだが、撃つために必要な火薬はとにかく銭がかかる。
「火薬かぁ。そりゃ銭がいくらあっても足らねぇな」
「そこでもう1つの方法があります。数を揃えて一斉に撃てば良いのです」
俺が提案するのはとにかく数を揃えること。
言うなれば“下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる”を地で行くものだ。
もちろんこの辺は、織田信長がやったことをパクる気満々である。
「そうか、個別に狙う必要はねぇって事か」
「そう言うことです」
本当に親父殿は戦に関する事は理解力が早い。
まぁ弓矢でも集団戦だと人じゃなくて面を狙うから、理解しやすいのであろう。
「んで俺の所に持ってきたって事は、これを量産したいって事だな」
「はい、越後の国を挙げて数を揃えて貰いたいです」
俺は何としてでも他の家より鉄砲を揃えたいと考えていた。
越後の近くで起きた戦で、鉄砲が戦に使われたと記述が残っているのは、あの武田信玄とわが妹とが争う第二次川中島の合戦で、天文24年のことだ。
確か今年元号が天文に変わる筈だからまるまる24年の時間がある。
その間に数を揃えれば揃えるほど、虎千代が戦場に出たとしても有利に戦えるのだ。
「まぁ言いたい事は解る。だが俺が思う限り、そいつにはもっと弱点があるだろう?」
「そうですね、火薬を使うので雨に弱いとか、一発打つと次の準備に時間がかかるとか色々あります。しかしそれを補って余りある可能性があります」
俺は鉄砲の問題点3と4もあげる。
それらの解決法もすでにある程度解っている事だが、実際に使われていない以上は机上の空論だ。
親父殿はしばし考え、答えを出した。
「……よし、良いだろう。お前がそんだけ言うって事は、何か思う所もあるんだろうよ」
「それでは!」
「あぁ、まずは職人を集めて構造から調べよう。そいつは1つしかねぇのか?」
「いえ、3つほど買って来ました」
俺は親父殿から良い返事をもらうことに成功した。
ちなみに神屋が持っていた鉄砲が3つ。
全部買い占めて持ってきていた。
だから1つか2つはバラしても問題ない。
「なら大丈夫だな。晴景、これは下手な奴には任せられねぇから、お前が指揮をとれ」
「わかりました」
よし、これで鉄砲が量産できるぞ!
と言っても、まずはちゃんと作れるかが問題なんだけどね!
―こうして、晴景の主導で越後で鉄砲鍛冶が始まる事になる
晴景はこの後しばらくの間、鉄砲の製作にかかりっきりとなり、政務にも関わらなかった。
直江景綱(干拓業担当)がその影響を主に喰らうが、仲間達の援助で何とか乗り切ったのであった。
-直江景綱-
晴景は僕に仕事を押し付けて博多に行ったと思ったら、また新しい仕事を持って帰ってきた。
まったく、頼るのは構わないけど自分の出来る範囲で仕事を請けて欲しい。
晴景はあの奇妙な筒の製造の指揮に集中するから、干拓は僕等に全部任せるらしい。
一応形ばかりの“干拓奉行”なんて新しい役職まで作ってきた。
……そこまでするほどあの筒は重要なのかい?
晴景がやる事だから、きっととんでもない事になりそうな気がする。
まぁこうなったら仕方が無いね。晴景が驚くほどに干拓で石高をあげてやろうじゃないか!
僕が任された以上は、任せて良かったと言わせて見せるよ。
だから思う存分集中してやりなよ、晴景。
と言うわけで駆け足で越後まで帰ってきました。
次話でこの章は終了したいと思います。
そして動乱の影は忍び寄ってます。
読者の皆さんにも何となく次の相手が見えてきたかと思います。




