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第二十三話「神屋寿貞との交渉」

享禄5年(1532年)4月

 晴景達一行は目的地である博多へと到着した。

 一行の中で段蔵達軒猿衆は、晴景の護衛を残して現地で情報を集める軒猿達と情報の交換へ向かった。

 そして晴景と景家は、晴景が目的とする場所へ向かっていた。





-柿崎景家-

 ようやく博多まで到着したぞ。

 道兄ぃは海外からの何かが欲しくて、わざわざ博多まで来たらしい。


 俺は護衛だから一緒に来たけど、神兄ぃは留守番で不機嫌そうだったぞ。

 まぁ道兄ぃが『干拓作業の進行もあるし、景綱にしか任せられない』って言ったら機嫌が良くなったけど。


 ちなみに他の人は神兄ぃが笑顔の時が多いから変化に気づかない人も多いけど、俺や仲間達は何となく笑顔でも違いがわかるぞ。


 うぅ、そんな事を考えてたら仲間達に会いたくなってきたし、博多の子供達が遊んでいるのを見ると、虎吉や虎次達を思い出すぞ。

 道兄ぃの護衛は良いけど、帰れないのは寂しいんだぞ。


 あぁ~早く越後に帰りたいなぁ。


 道兄ぃ、早く用事を済ませて欲しいんだぞ!





-長尾晴景-

 越後から遠くまで来たが、これから行く所が本当の目的地だ。

 景家は親戚の家で早く家に帰りたい子供みたいな感じがするが、もう少しだけ我慢してもらおう。


 俺は数ある商家の中の“神屋”の暖簾をくぐる。


「ごめんください」

「はい」


 出迎えてくれたのは若い男。

 早速、彼に取次ぎを頼む。


「神屋寿禎殿はいらっしゃるか?」

「あいにく旦那様はお忙しいので、お約束が無い方とは……」

「約束ならしてあります。越後から来たと伝えて頂けますか?」


 事前に軒猿に頼んで約束をして貰っていた。

 俺が来れば大丈夫だろうとは思ってたけど、博多でも有数の大商人だけに会えるか心配だったので、まずは一安心と言った所か。


 しばらくすると奥からやや体格の良い中年が、笑顔でやって来る。


「これは遠路はるばる、ようお越しくださいました。ささ、奥へどうぞ」


 どうやら彼が神屋寿禎殿らしい。

 俺と景家は神屋にあがらせてもらう。


「それでは失礼します」


 そのまま俺達は奥へ通されるが、神屋の内側はさすがに豪商だけに立派なつくりをしていた。

 まぁ博多の商人は大内家や大友家などを相手にするんだからな。

 名門の武士を相手にする以上は、侮られないように細かい所まで気にするものだ。


 俺達は客間と思われる場所に案内されると、神屋殿から声を掛けてきた。


「それで、わざわざ博多まで何の御用でしょうか、長尾様」

「失礼ながら、寿禎殿は石見の銀山の開発にご熱心だとうかがいまして」


 いきなり直球で切り出しても、商人が相手だと足元を見られる。

 その為まずは遠回しに話をしていく。


 この人、神屋寿禎殿は石見銀山を発見し、大内家の援助の下で開発を行った人だ。

 石見銀山は日本でも有数の銀山であり、未来では世界遺産にも登録されている。


「えぇ、あいにく大内様が出兵されている間に攻められてしまい、今は止まっていますが」


 そう、この前安芸で会った男の人とも話したが、大内家は北九州へ出兵し、大友や少弐と争っている。

 その間に石見の銀山は石見の国人である、小笠原長隆に奪われていた。

 そろそろ大内家も奪回に向かう筈だが、今は奪われたままであるのが好都合だ。


「実は鉱物に詳しい人材が欲しいのですが、神屋さんなら良い方を知っているのでは無いかと思いまして」


 俺はいよいよ本題に切り込んでいく。

 だが寿禎殿は、おかしな事を聞いたかの様に切り返す。


「これは大きく評価して頂き光栄ですが、越後にもそう言った方は大勢居られるかと……」

「俺が欲しいのは吹き法を行える人材です」

「!?」


 俺の言葉に、寿禎殿の目の色が変わる。


 吹き法、それは金銀の鉱石の混ぜ物を抜いたり、銅や鉛の鉱石の中に含まれる金や銀を抽出する方法。一般的には灰吹法が有名だが、他にもいくつかの方法がある。

 これによって抽出される金銀は灰吹金・灰吹銀と言われて、鉱石の状態の金銀より純度が増している事から光沢が違う。


「どちらでそれを?」

「俺は海外の技術にも興味がありましてね……日ノ本から買い叩いた鉱物から金銀を取り出すなんて話は、聞いたら忘れないじゃないですか」


 そう、この時代では日ノ本では吹き法は行われておらず、明などは銅や鉛の鉱石を安く買って金や銀を抽出し、欧州などへ高く売っていた。

 まぁ材料をおろした先で、精錬されて売ってるだけの話だが、日ノ本としては大きな損をしてる形になる。


 寿禎殿は俺の話を聞いて納得した様子だが、彼も海千山千の商人である。

 そう簡単に良い返事が貰えるとは思っていない。


「ふふふ、仮に私がそれに詳しい人材を知っていたとして、商人と言うものは利益が無いと動かないものです。石見で稼ぐ事が出来る私にとっては独占した方が良いと考えませんか?」


 確かに利益は独占した方が美味しいに決まっている。

 そう簡単に教えてもらえるとは俺も思っていない。


「技術と言うものは隠し通せる物じゃありません。いずれは日ノ本中に広がるでしょう」

「……」


 俺の知る歴史でも灰吹法は石見銀山で始まり、いずれは全国に広がる。

 それは当然ながら職人の引き抜きや、最初からどこかに仕えていた物が技術を盗むために潜り込むからだ。

(俺もこの交渉が決裂したら、軒猿を潜り込ませる方法に切り替えるつもりだし)


 だから独占したとしても、その期間は大して長くない。

 それが解っているからこその沈黙だろう。


 ならば、独占するよりも大きな利を与えれば良い


「ところで、長尾家が佐渡に勢力を伸ばしたのはご存知ですか?」

「えぇ、遠くの事とは言え情報は大切ですので」


 有力な商人であれば、遠方とも取引がある。

 それだけに情報は重要であるため、もう1年以上前のこれくらいは知っていて当然だ。



 だが、この情報はまだ知らないだろう?



「佐渡で金が出ました。それもかなり大量の」

「!?」


 そう、これが俺が寿禎殿に提供できる利だ。


「佐渡の金をどこで扱ってもらうかと言うのは決めて無いのですが、越後の商人では海外との取引が出来ないんで、どこかに良い商人の方が居ないかと思っているのですがね」


 寿禎殿は自分が取り扱う金の為に吹き法を教える。

 こうすれば俺達は金銀が高く売れて、神屋殿はその取引を一手に引き受けるのでお互いに利がある取引だ。


 それに俺からすれば、海外との取引経路が出来る事が大きい。

 何せこれから先、海外から仕入れる必要がある物もあるのだから。


 俺の言葉を聞き、少し俯いていた寿禎殿は、不意に大きく笑い出した。


「ふふふハハハハッ……これは失礼しました。長尾様は武士じゃなく、商人でも十分ご活躍出来そうですな」


 俺はこの言葉に交渉が上手くいったことを確信した、


「吹き法に関しては、私が存じております。越後で店を構える許可を頂けるようでしたら、是非参らせて頂きます」

「!? よろしいのですか?」


 まさか寿禎殿本人が来るとは思わず、俺は思わず驚いた。


「元々店の方はある程度任せて石見の開発に専念するつもりでしたが……より面白い話が飛び込んできた以上は、動かない奴は商人失格でしょう」


 どうやら寿禎殿は俺の話に大きな利があると踏んだらしい。


 もちろん、それは大当たりである。

 何せ佐渡の金山は、江戸時代の200年以上採掘できる大金山。

 そして海外との取引の仲介で得られる利も考えれば、それは更に大きな物となる。


「しかし私もすぐに動けるほど身軽でもありませんので、三月ほど準備を頂きたいのですが?」

「わかりました。それなら一筆書いておくので、春日山まで来て頂ければ大丈夫です」


 寿禎殿は店の事だけで無く、石見銀山の開発の件もある。

 引継ぎを行うにしろ、大内家にも話を通さないといけない為、時間がかかるんだろう。


 ひょっとしたら、金の情報が嘘じゃないか調べるつもりかもしれないけど、うちからすれば本当の事だから探られて痛い腹は無い。


 俺は一仕事を終えて肩の力が抜けるが、そこへ寿禎殿が声を掛けてくる。


「せっかく博多までいらしたんです、ここには海外からの珍しいものも多いので見ていかれましては? もちろんわが神屋にもたくさんありますよ!」

「そうですね、せっかくですから色々と見せて頂きます」


 寿禎殿は、店頭に置いてない物も色々あると言うので、そのまま待たせてもらう。

 すると茶器から絵画、果ては刀や槍や何に使うのか解らないような物まで色々と出てきた。


「何か気になる物があれば、説明致しますよ」


 神谷殿はそう言ってくれるが、自分は茶器や絵画などはまったく解らないし、興味も無い。

 景家は武器を色々と見ており、「この刀は名工~の……」と説明を聞いては欲しそうな顔をし、そして値段を聞いては落ち込んでいた。

 まぁ護衛に長く付き合わせたし、何か1つくらいは買ってやっても良いかな?



 そんな景家の様子を見ている最中、不意に刀や槍に紛れたそいつの存在に気付く。



 俺はそいつを見た途端、不意に息が詰まる。



 それは筒状の形をした鉄を、木製の台座に固定したもの。

 大きさは人一人で抱えられるサイズで、何より特徴的なのは木の台座の末端付近にある引き金。


「これは……」


 何で今ここにあるのか? と混乱する俺に、寿禎殿は説明をしてくる。


「あぁそれは倭寇が使ってる鉛の玉を火薬で飛ばす武器ですな。大内様に献上しようとしましたが……武家の方はあまりこの様なものは好まれない様で」


 そうか、種子島の前に日ノ本に伝わっていたのか。


「道にぃ、どうした? それは何だ?」


 景家の疑問の声があり、俺はそれに答える。


「これは……鉄砲だ」

鉄砲の伝来は種子島説が長い間有力です。

しかし種子島に来たと言われる南蛮物の鉄砲は日本の火縄銃と特徴が異なり、東アジアで発展したものを倭寇等が使い、それを密輸した説があったりします。

本作ではそちらの説を採用させて頂いてます。


予想外の戦果は、わざわざ博多まで来たかいがあったと言う事です。

人に任せてたら絶対にスルーしてましたから。

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