第十六話「初陣~後編」
享禄3年(1530年)8月
与板城から撤退する途中、上条定憲が討ち取られた反為景連合軍は、もはや軍としての体をなしておらず、それぞれがバラバラに逃げていた。
だが彼らの地獄はまだ終わっていなかった。
-長尾房長-
上条殿が為景に討ち取られたらしい。
何故ここに為景が居るのかはわからんが、もはや我々の命運は尽きただろう。
そんな我々に追い討ちをかけるかのように、与板からの追撃部隊が襲い掛かってきた。
「お前、長尾房長だな?」
俺の馬周りを馬上槍にて瞬時に切り捨てる若者。
どうやら彼が俺の死神らしい。
「道にぃになるべく兵は逃がして、将を討つように言われている。悪いが命貰うぞ!」
「そう言われても、ただでくれてやる訳にはいかんなぁ!!」
俺は渾身の力をこめて槍を振るう
が・・・
カキンツ・・・・ザクッ
若者はそれを悠々と弾き、
そして突き出された槍が俺を捕らえる。
「ぐはっ・・・」
ドサッ
俺は馬から落ち、全身を強打する。
・・・もはや俺の命も長くないだろう。
俺は最後の力を持って声を出す。
「貴殿・・・名は?」
「柿崎景家。」
そうか、この若者が柿崎の息子か。実直な彼の子ならば任せるに足る。
「頼みがある・・・息子を・・・新六を、貴殿に任せたい。」
「いくつだ?」
「・・・4つだ。」
若者は歳を聞いてくる。
元服した者なら、連座として殺さなければならないのかも知れない。
だが、4つと聞いて、若者は表情を緩ませる。
「子に罪は無い。道兄ぃに頼んでみる。」
「ありがたい・・・」
これで上田長尾の家は保てるかも知れない。
俺は最後の願いが叶う事を信じ、消え行く意識に身を任せる。
「任せろ、相撲をとってコロコロ転がすぞ。」
・・・それは止めてくれるかなぁ
-色部憲長-
俺や本庄・新発田などの揚北衆は、上条殿が討ち取られたと聞き、揚北へと進路を変える。
もはやこうなれば、一時蘆名や伊達を頼ってでも生き延びねばならんだろう。
越後を売ることになるかも知れないが、しょうがない。
自分の命と家の為だ。
だが、死神は俺たちの事も見逃さなかったらしい。
「色部の!あれを!!」
「!?馬鹿な・・・」
一目散に揚北に向かう我々の先に、新たな軍勢が待ち構えていた。
軍勢は我らに対して弓を向けており、味方で無いのは明らかだ。
その旗印は大見安田、中条、山吉、それに・・・
「直江だと!!??奴は佐渡へ渡っているのではないのか!?」
「えぇ、行ってましたよ。そして片付けて帰って来たのですよ。」
そう応えるのは先頭にいる若武者、直江の倅の方であった。
その顔は笑顔であったが、歴戦の武士である俺を震え上がらせる怖さがあった。
「佐渡では不幸にも羽茂と河原田の当主や有力な将が亡くなってましてね。どうやら当主が死んだ事でお互いに暗殺しただろって仲違いしていたようです。おかげで本間の軍勢と力を合わせればあっという間でしたよ。」
不幸?
たまたま自分の攻めた先で、相手の当主が死んでいたと言うのか?
それも二家も同時に。
「そんな・・・そんな不幸があるか!?すべて計っていたのだな!!」
俺はたまらずに声を荒げる。
俺の声に対する反応は、直江の倅の冷え冷えとする声だった。
「えぇ、そうですよ。これは長尾家に反抗的な家を一網打尽にする謀です。だからあえて僕達は、隙を見せたんですよ?」
対して直江の倅は笑顔のまま何でもないように言う。
こいつが、俺たちを嵌めたのか?
「・・・その策は貴様が?」
「いえ、すべて晴景様の謀です」
それを聞き、俺の頭の中が真っ白になる。
そうか虎の子は猫でなく、やはり虎であったか。
俺は・・・俺達は勘違いしていたらしい。
「ふふふ、俺も人を見る目が無かったって事だな。・・・出来れば家だけは潰さないで欲しい。」
もはや俺の命は諦めた。
だから後は家の・・・息子の心配だけだ。
「それは次の当主の態度次第ですよ」
その言葉に俺は、決断する。
俺は馬から降り、おもむろに刀を抜く。
勝長よ・・・お前は間違えるんじゃないぞ!
「しからば・・・御免!!」
俺は、俺達は自分の首に刀を当て・・・
ザシュッ
そして一気に引いて自刃する。
「敵ながら天晴れですかね?そうされては、感情的にも残された家を潰しにくいじゃないですか。」
遠ざかる意識の中、聞こえる声に俺はわずかながら救われた。
-長尾晴景-
「為景様より伝令!上条定憲・大熊政秀、討ち取ったとの事です!」
「柿崎様よりも伝令!長尾房長討ち取りました!」
「伝令!直江様らの軍勢、揚北衆の色部・本庄・新発田らを捉え、色部らは逃げられないと悟り自刃した様子!」
各地から連絡が入ってくる。
どうやら全て上手く行っているようだ。
「敵は晴景殿の予想通りの動きをしたようですね。」
俺の横で報告を聞いていた、俺の叔父でもある宇佐美定満が話しかけてくる。
叔父さんは春日山方面から来た軍勢を率い、俺と合流した後は共に本陣に居た。
「えぇ、幸運にも策が当たりましたよ。」
「ご謙遜を、敵の情報を良く集め心理まで読みきって謀に嵌める。“彼を知り己を知れば百戦殆うからず”。孫子の通りですね。」
もう報告を聞く必要も無いと判断したのか、叔父さんは笑顔で立ち去っていった。
さて、今回の俺の策はまぁ色々と絡み合っている。
一つずつ思い返してみよう。
軒猿たちには具体的に俺達が佐渡に攻める事、与板に残る兵が少ない事、そして俺が如何にも臆病な無能者であるような事を、あえて上条達に情報を流して貰っていた。
流した情報で真実なのは佐渡を攻めると言う一点のみ。だが残りの嘘も、現実に領民が減っている事や俺が与板から動かない状況を、確認すればするほど真実味が増すわけだ。
これによって上条達はまんまと誘き出されたってわけさ。
上条達が親父の軍だと勘違いし、撤退する原因となったのは、定満叔父さんの軍だ。
叔父さんの軍は上条達の蜂起の前に移動しており、城攻めが始まるのに合わせて如何にも春日山から来た様に見せて動いてもらった。
奴らがこれに動揺して逃げ出せば良し、もしも逃げ出さなくても伝令を出し、親父殿と実綱の軍も与板に集めて袋叩きにするだけだった。
上条が逃走するとして、恐らく坂戸城を目指すだろうと読んだ俺は、親父殿をそこに伏兵として置いた。
この兵は実は馬周りの数人を除き、春日山から出た兵じゃなく、こちらに付く事を決めた北条光広と安田景元に借りた兵だ。
だから親父殿は、わずかな馬周りを連れて目立たずに北条達に合流し、そして潜めば良い訳だから春日山に注意を払っていても、まず見破れない。
居る筈のない親父殿の軍勢による襲撃に奴らはさぞ驚き、遠路を逃げ続けた疲労もあり、なすすべも無かっただろうな。
まぁ親父殿なら万全の相手でも蹴散らしたかも知れないけど。
そして可能性はやや下がるが考えられるもう1つの逃走ルート、越後の北部への道は実綱と為景派の揚北衆に押さえさせる。
その為に本来なら佐渡へ上陸後に戦でかかるであろう時間を、段蔵に羽茂と河原田の暗殺を命じる事で短縮した。
段蔵には羽茂は河原田、河原田は羽茂が暗殺したように見せかけ、更にわざと時間を置いて順番に暗殺するように命じた。
これによって羽茂と河原田は相手がお互いに暗殺し、報復してる様に見えて、本間家にそんな事をする力が残って無いと思っており、長尾家の介入も知らない両家は予想通り勝手に争ってくれた。
本間家と共に力の落ちた残りの二家を制圧した実綱は、その後で赤泊~寺泊の海路で越後に戻り、上陸地点の領主でもある事から先にこちら側に引き込んで置いた山吉と共に、密かに安田や中条らへの出陣要請と布陣する時間に当てたわけだ。
ちなみに佐渡での戦が手間取るようなら、一部が先に越後に戻る手筈にしていたが、どうやら無事に間に合ったらしい。
これが俺の今回の策の全貌だ。
今回は予想通りに敵が動いてくれたが、これは情報操作や、連絡役を一手に引き受けてくれた軒猿達のおかげだと俺は思う。
そして段蔵には羽茂と河原田の暗殺と言う、一番危険で重要な任務を任せてしまったが、その期待に見事に応えてくれた。
段蔵はもとより、軒猿達がいなければ俺の計画は破綻していただろう。
俺は彼らの働きに応えなきゃいけねーな。
やれやれ、親父殿に借金を返せるのはいつになるだろうか・・・
こうして、長尾晴景の初陣は終わった。
上条定憲、長尾房長らを完全に策に嵌めた長尾晴景の名は、“今孫武”と言う本人が恥ずかしがるあだ名と共に、日ノ本へと広まっていくのであった。
3話かかった初陣ですが、作者はノリノリで一気に書き上げました。
越後統一編を通して伏線を色々と置いてきましたがお楽しみ頂けたでしょうか?
ちなみに前話では段蔵の幼馴染と言う本気で無駄な伏線まで回収してます。(爆)
あと晴景君に大層な二つ名が付きましたが、これはこの話の定満のセリフを書いた時に思いつき、勢いでつけてしまいました。
この後で晴景君が名前負けしないように期待しましょう。
さて、これにて長尾家の越後統一は間違いないですが、次回は戦後の処理編です。




