第十三話「佐渡侵攻と暗躍する男達」
享禄3年(1530年)6月
佐渡は雑太城を本拠地にする雑太本間家を宗家とし、羽茂本間家と河原田本間家の分家からなる本間氏が納めていた。
しかし、本家であるはずの雑太本間家の力は年々弱まり、羽茂本間家と河原田本間家の前に没落の憂き目に遭おうとしていた。
-本間有泰-
もはや我々本間宗家は求心力を失い、分家に取って代わられようとしている。
羽茂に河原田の奴らめ、この狭い佐渡で争いあう事の愚かさがわからんか!!
・・・奴等のことだ、どうせ我らが没落すれば、今度はお互いに争う事になるだろう。
隙を見せれば必ず佐渡は越後に飲み込まれる。
その様な事も解らぬ奴等に取って代わられる事の悔しさが、わしの心を痛ませていた。
これで鎌倉以降の長くに渡って、佐渡を治めてきた本間の家も終わる。
まぁすでに乱世に飲み込まれた名家も数多くある中では、幸運な方かも知れんな。
そんな事を考えているわしの前に、家中の者が慌てた様子で駆け込んでくる。
「殿!長尾家の使いと言う方が来ております!!」
この時わしはまだ気がついていなかった。
この使いこそがくだらない身内同士の争いの潮目を変える事、本間宗家の運命を変える事を。
-長尾晴景-
俺は親父殿に呼ばれて春日山に来ていた。
・・・どうやら俺のお願いした最後の1つに関してだろう。
俺が親父殿にお願いした件は3つ。
1つ目は軒猿衆を自分の手の内に入れること。
これはあの段蔵との話し合いの結果、無事に俺が雇うことが出来た。
許可を貰った理由は、親父殿も軒猿衆を使う事があるし、雇うのに大量に金がかかる為だ。
2つ目は屯田兵の制度を作り、人を雇い入れること。
実綱とも話していた事だが、干拓・灌漑の進行の為、そして常備兵としての意味を持つ兵士であり、これも徐々に数が集まっている。
許可を貰った理由は、軒猿同様に金が掛かることと、雇う際に越中方面で募集をかけたかった為である。
もちろんわざわざ越中で雇うのには意味がある。
そして3つ目・・・
「晴景喜べ、お前が頼んだ通り佐渡守に任官されたぞ。まぁ銭は大分使ったがな。」
親父殿はニヤニヤしながら俺に言ってくる。
そう、俺の最後のお願いはこの佐渡守への任官だ。
これによって、俺は朝廷より形だけとは言え、佐渡を治める名分を貰った事になる。
ちなみに俺が貰う佐渡守は正六位上、親父殿の官位は従五位下の信濃守であり、家中の序列を乱す事も無い。
まぁくだらない話だが、この時代はこう言った形式と言う物が重要なのだ。
「ところで父上、例の情報は聞いておりますか?」
「あぁ俺も奴らの態度である程度は予想はしていたが、大熊や上条に上田長尾の連中がコソコソやっているようだな。晴景よ、どうやら初陣は近いようだぜ?」
予定通り、上条達は蜂起の準備を進めているらしい。
話をする親父殿の顔は、獲物を狙う肉食獣の様に輝いていた。
やはりこの人は生来の戦人でもあるなと俺は思った。
「与板には予定通り目付け役を送るぞ。久しぶりの戦場だって張り切ってやがるぜ。」
「それは心強いです。かの人の力を借りれば、寡兵であっても与板を守りきれるでしょう。」
俺の初陣だけあって、親父は目付け役をつける事を告げた。
その役はかねてよりある人に決まっていた。
そして俺にとってそれは、何より心強い事であった。
こうして戦への準備は着々と進むが、最後に親父が子供っぽく声をかけてくる。
「あ、それと晴景よ。軒猿とかの分も含めて使った銭は全て貸しだぞ?全部返し終わるまでは、お前に家督は譲らねぇからな!」
そう言って、ガッハッハ!と大笑いする親父殿。
うん。別にすぐに家督を継ぐ気はまったく無いんだけど、何かむかつく。
「うー?」
むかつくから虎千代で癒されに来た。
虎千代は生まれて半年がたち、はいはいをして回っていた。
「虎千代~兄だぞ~」
「あ~!」
ドタドタドタ、パシパシ
声をかけると俺の方に寄って来た。
俺の近くまで来ると、何が楽しいのか俺の膝を叩いて笑っている。
癒されるな~。
「晴?佐渡で戦をするらしいけど大丈夫なの?」
「まぁ勝つための準備はしてるから大丈夫だよ。」
於虎が声をかけて来る。
心配してくれている様子だし、安心させる様に答える。
「そうなんだ、じゃあお土産持ってきて!義母さん銀がいいな~。」
うん、夫婦揃って何かむかつく。
・・・・・・
俺が佐渡守の叙任をされてから大分経ち、もう6月も終わろうとしている。
俺達の佐渡侵攻軍の準備は整っていた。
兵は2,000、これは俺達の任されてる地域だけでなく、親父殿からも兵を借りての数字だ。
そして侵攻軍の将は直江親綱、副将格に柿崎利家と直江実綱。
実綱はこれが初陣になる。
「晴景、行って来るよ」
「あぁ実綱。手筈は整っているし、段蔵もすでに佐渡に入っているが・・・
戦場には何があるかもわからねぇし、気をつけてな。」
段蔵にはある事を命じ、先行して佐渡へ行ってもらった。
だがそれでも絶対に安全とは言えない為、実綱を案じて声をかける。
ちなみに今回は俺と景家は留守番だ。
「・・・晴景、気をつけるのは君の方だ。今回の件で、より危険なのは残る方だよ。」
「心配ないさ。俺には・・・いや俺達には、頼れる人がたくさん居るんだしな。」
俺がそう言うと、実綱は俺や景家、後ろに控える中間達や俺の横に立つ目付け役を見る。
「まぁ、晴景が残るのが一番良いのは解るからね、僕は自分に任された仕事をしてくるよ。弥次郎、晴景をしっかり守るんだぞ。」
「任せろ神にぃ!俺、道にぃ守るぞ!」
そう言って、実綱は佐渡へ出発する船に乗り込む。
まったく心配性な奴だぜ。
だが、この乱世で生き残るには慎重なくらいが調度良いな。
頼んだぞ実綱。
俺は船が見えなくなるまで海を見つめた後、与板城へ帰っていくのだった。
-上条定憲-
与板の長尾の小倅めは佐渡に兵を出したようだ。
しかもその将は直江に柿崎。経験のある将が居なくなり、与板に残るは小倅とその取り巻きのみ。
これは思ってもみない好機が来たものよ。
「おい、大熊政秀殿と長尾房長殿に連絡せい、出陣の用意をするようにと。」
「はっ?しかし出陣は9月の予定だったかと思いましたが、今の時期ですと兵の集まりが悪いかと・・・」
ふむ、まったく使えん奴よ。
まぁ小姓風情が解るものでも無いか。
兵は拙速を尊ぶ。
守る兵を自ら減らしてくれ、しかも有力な将も居ない与板は、今や鴨が葱を背負ってる様なもの。
迅速に出陣する事こそが大切であろう。
「聞こえなかったのか?大熊政秀殿と長尾房長殿に連絡せい!」
「はっ!直ちに!」
ククク、われの怒声を聞き慌てて走り出しよった。
使えん奴は使えんなりに従っておれば良いのだ。
それにしても越後がまとまっていないと言うのに外へ兵を出すというだけでも愚かであるのに、自ら兵を率いずに人に任せるとは・・・。
長尾の小倅のなんとも勇無き事よ。
その様な小物を相手にするのも面倒ではあるが、与板を取れば北条らもこちら側に付くであろう。
そうすれば越後の北から中にかけては、全て我らの味方になる。
それに小倅めを討つなり人質にするなりすれば、為景めも冷静でいられまい。
ククク、為景めよ。ようやくわれに好機が訪れたわ!
名門たる上杉の血筋を蔑ろにした罪、今こそ晴らしてくれようぞ!
踊る者と踊らされる者。
この時点では誰が踊らされ、誰が踊らせているかは闇の中である。
だがこの時上条定憲は、意図して流された情報と、漏れて来なかった情報がある事や、それが意味する事を知る由も無かった。
そして彼が罵倒した小性の正体が軒猿であると言う事も・・・
晴景も動いてますが、反為景勢力も動き出します。
次回から3話かけまして、晴景の初陣について書いていきます。
晴景君の3つのお願いは軒猿・屯田兵・佐渡守叙任でした。
3つとも相当銭がかかっていますし、軒猿と屯田兵は継続して支払いがあります。
為景が言う通り借金を返さないと家督を継げないとなると、晴景君が継ぐのは随分先になりそうです。




