第十二話「若武者達の軍議」
享禄3年(1530年)3月
長尾晴景は軒猿衆を召抱える事に成功する。
晴景はすぐに召抱えた軒猿達に対していくつかの指示を出す。
それは遥か先を見据えた動きと、すぐ近くで燻っている火に対する動きであった。
そして一月後。
享禄3年(1530年)4月
待ちわびた情報を得た晴景は、与板城に自分の仲間達を集め、軍議を開くのであった。
-長尾晴景-
実綱にめちゃくちゃ怒られた。
俺が軒猿衆(と言うか段蔵)との話をつけた際の経緯を説明する羽目になったからだ。
『護衛の者も無しに侵入者と談話しないでください!』
・・・まぁ、まったくその通りなんで俺は素直に謝った。
それにしても実綱は本当に苦労人だな。干拓の取り纏めに、俺が任された領地の内政の補佐。戦に備えた物資の管理に、俺や景家が何かをやった後の後始末。
うん、その原因の殆どが俺のせいな気もするけどな!
だが、俺が一番頼りにしてるのは実綱だ。
悪いがまだまだ苦労してもらうぞ?
・・・・・
与板の広めの部屋に実綱と景家、それにかつて房忠のじっちゃんに共に軍学を学んだ仲間達が集まっている。
その部屋に今、段蔵が入ってくる。今回はちゃんと襖を開けて正面からだ。
「みんな、紹介するぞ。軒猿の加藤段蔵、俺の母の命を救ってくれた恩人でもある。」
その言葉に場がざわつく。
何故ならここにいる者は皆、あの母が倒れた日に春日山にいた。
そして俺の母はここの皆にとって優しく、母親代わりみたいなもんだったからだ。
「晴景殿。私は滋養に良い草を教えただけ、それは言いすぎだ。」
「それでもだ。あれが無かったら、もしかしたらあの時母を失っていたかも知れないから・・・。」
そうだ、本来俺の母は少なくとも俺の弟妹達が生まれる前には亡くなっている。
だから俺だけはあの時にこの人が居なかったら母は死んでいたと信じている。
場の空気が静まる中、景家がすっと立ち上がり、段蔵に近づいていく。
「道にぃの恩人なら、俺にとっても恩人。よろしく頼むぞ」
そう言って景家は段蔵と握手をする。
その言葉に堰を切ったかのように、周囲の者も段蔵を受け入れた。
段蔵は珍しく表情を崩し、少し照れくさいような顔をしているが、まぁ気にしないで良いだろう。
「さて、本題に入るぞ。実綱、説明をお願い!」
俺の言葉に、実綱は越後の地図を開いた。
皆に見えるように特製の大きい奴だ。
まぁ現代の地図に比べて大雑把なのはしょうがない所だな。
「現在、我々長尾家は越後の南を完全に押さえてると言えます。そしてその更に先の東越中・北信濃に関しても為景様が抑えていると言って良いでしょう。」
実綱は地図の春日山の辺りを指しながらそう説明する。
越中の半国は親父殿が守護代となり、全権を任された宇佐美定満が完璧に統治していた。
北信濃に関しても、越後と接する地域は親父殿と関係の深い高梨氏が抑えており、こちらも万全だ。
「次に北側は揚北衆の安田長秀殿などは為景様寄りですが、色部・本庄・新発田など他の揚北衆や山吉などは日和見をしています。最近では中条殿も日和見側に近い感じですね。」
続けて北側の情勢を話す。ここではっきり味方と言えるのは大見安田氏だけだ。
大見安田は実秀から長秀へと代替わりをしたが、親父殿に代わらず忠誠を誓っている。
一方で中条は後から傘下に入った宇佐美が重んじられるのが面白くないのか、最近は上杉定実派・・・と言う名の反長尾為景派に近づいている。
この中条の動きは俺の考える能力主義でも起こりえる事だから、参考にすべき点であるな。
「そして中部ですが、北条や栃尾の本庄などもまた日和見ですが、上田長尾家と上条に関しては敵と言って良いでしょう。」
上条は言わずと知れた上杉定実の甥で、以前宇佐美のじっちゃんと共に反乱を起こした男だ。
それに上田長尾。長尾政景(現在4歳)の生家であり、今は父親の長尾房長が当主だ。こいつも以前に関東管領上杉顕定が攻めてきた時に、あっさりと裏切った事がある。
そして俺は、こいつ等が必ず反乱するだろう事を、歴史として知っている。
歴史は変わりつつあるし、俺が前世から持ってきた知識も20年も生きててあやふやな部分もあるがな。
だからこそ俺は確実な情報を得る為に軒猿衆を雇い入れたのだが、
その結果。俺は歴史の通りに起こった、ある情報を得た。
「もう1つ付け足す事がある。大熊政秀が為景殿と上条との間に諍いを起こさせようとしている節がある。」
口を開いたのは段蔵。
俺が求めていたのはこの情報だ。
大熊政秀、上杉定実の公銭方奉行で、あの謙信を裏切る大熊朝秀の父親だ。
つまり遅かれ早かれ、長尾家の敵となる事になる。
思わぬ名前が出た事で皆が一様にざわめく。
そこに俺は更に一石を投じる。
「つまり父上が隙を見せれば上条や大熊達は、この日和見の連中を取り込もうとするわけだ。」
「えぇ、そして第一の攻撃目標となり得るのが安田殿の安田城か・・・この与板城です。」
与板城は越後の中部と北部の境目と言って良い辺りにある。
つまりは周り全てが敵になる可能性があるって訳だ。
ゴクリッ
誰かがつばを飲み込む音が聞こえるほど、その場は静寂していた。
「好機だ。」
俺は静寂を切り裂くかのように言葉を発す。
皆の注目が俺に集まる。
「好機なんだよこれは。長尾家が越後の全てを掌握するためにな。」
そうだ、俺達にはこれだけの潜在的な敵が居る。
それは親父殿が越後を納めるための障害であり、俺達の実行する改革の障壁である。
だったら敵を表に出してしまえば良い。
そうする事で親父殿は堂々と敵を討つ事ができる。
俺はあえて皆に聞く。
「その為に我々がする事は何だと思う?」
その問いかけに、真っ先に答えたのは景家だった。
「隙を見せる事、か?」
俺はニヤリと笑う
「正解だ、景家。」
俺がそう言うと、景家は少し照れくさそうな顔をする。
「その為に・・・段蔵!」
「はっ!」
景家のおかげでやや空気が緩んでいたが、俺の次の言葉で再度空気が変わる。
「あえて敵側に情報を流すぞ。」
皆が目を見開く中、段蔵は表情を変えずに応える。
「御意に。」
さぁ、俺の初陣だ。
この戦、全ては越後とそして俺の家族の為に、だ。
後にこの軍議の様子は、この場に居た者の日記が発見される事で後世に伝わる。
そしてこれが長尾晴景の名が世に知れ渡る“上条の乱”の始まりであったと言われる。
-直江実綱-
まったく、晴景は時に無謀な事をする。
軒猿が部屋の中に侵入したって言うのに、城の者を呼ばずに1対1で話を進めるってどうなのよ!?
後から聞いて心臓が止まると思ったよ、まったく。
それに、あえて敵に隙を見せるなんて大胆な策、そうそう思いつくものでもない。
本当、涼しい顔をして突拍子もない事を言うのが長尾晴景と言う男だね。
まぁ、それがあいつの魅力でもあるんだけど。
だが、その考えは常に越後の事を思っての事だろう。
越後を収める長尾の嫡男としての自覚、そしてその重責は僕なんかが解るものじゃない。
それでいて、かつて共に学んだ仲間達には当時のままの態度で接してくる。
そんな彼だからこそ、僕や仲間達は支えたいと思っている。
知識が必要なら僕が居るし、武力が必要なら弥次郎がいる。
まぁ僕たちには経験が足りないし、まだまだ頼り無いかもしれないけど、それは晴景だって同じなんだ。
共に歩く事でお互いに成長出来る事もある。
だから晴景、もっと僕達を頼ってくれ。
晴景暗躍中です。
この頃の越後は本当にいつ爆発してもおかしくない火薬庫状態ですが、晴景はあえてそれに火を着けようとしています。
前々話で晴景が為景にした3つのお願いは次辺りで解ります。
まぁ1つは軒猿衆の件で、もう1つも作中で話してますけどね。
最後の1つも予想は付くかも知れません。




