33:別視点、ベリアンヌ
「お嬢様を何処にやった!」
【ハハハ、煩い虫だな!】
場所は変わり、10階層ボス部屋。
ベリアンヌこと『アンヌ』と上級悪魔の戦いは苛烈を極めていた。
【ほぅら、避けねば死んでしまうぞ? ほら動け動け。】
「ちッ!」
皮膚に刃が通らぬのなら柔らかい所を。
初撃を難なく防がれてしまったベリアンヌは、即座に戦術を変更。相手にダメージを与え同時に戦闘能力を落すために眼玉に獲物を突き刺そうとしていた。
借金女がどうなろうとベリアンヌはどうでもよかったが、理性と感情がお嬢様を害した存在を滅殺せよと叫び、魂が百合に間に入ろうとする者を煉獄に叩き落せと叫んでいる。その熱量を糧としながら、冷静さを失っていない彼女は的確に相手を責め立て、攻撃を叩き込もうとするが……、失敗。
豪雨のように飛んでくる攻撃によってその行く手を拒まれてしまう。
(ッ! 捌けはするが数が多いッ!)
相手が生成する魔法の弾丸は、多種多様で高威力。
アンヌが何かしらの耐性を持つことを考え『聖属性』以外の魔法の槍を生成、投射し続けているのだろう。視界一杯に広がる花火のような弾幕に一瞬目が奪われそうになるが、名の知れた冒険者であろうと掠っただけで即死してしまうような代物だ。それは彼女も同様であり、回避し適宜槍で弾かなければ敗北は必至。接近などもってのほか。
敬愛する主を何処かに飛ばされてしまったこともあり、動くに動けない彼女は苦戦を強いられていた。
(お嬢様に危害を加えるなど万死に値するッ! 百合の間に挟まる者はもっとだッ! アレを百合と認めたわけではないが、とにかく殺す! 殺す殺す殺す!!!)
内心は相変わらずアレだが、槍捌きは冷静そのもの。しかし決定打は一切ない上に、現在は接近すら思うようにいかない。
そんな状況故か、悪魔はアンヌのことを侮っていた。
これまで一切ダメージを喰らわなかったことも影響しているのだろう。故に賊座に殺しに行くようなことはせず、一定の逃げ場を用意しながらアンヌのことを責め立てていた。伝承に残る上級悪魔の強さを考えるとおそらく完全な全方位攻撃を放つことも可能だが、それをしない。
何を持ってその選択をしたのかはベリアンヌには解らなかったが、眼前の駆除すべき存在が、此方の逃げ惑う姿を楽しんでいるのは確かだった。
(どうせ悪魔特有の性、人の苦しむ様子を見たいだけだろう。我が身がどうなろうと構わん、だが百合とお嬢様を汚す者は絶対にこの世から排除する! 肉体も魂も欠片すら残さんッ!)
そう意気込み、強く地面を踏み込むベリアンヌ。
直後その槍が勢いよく振るわれ、彼女の顔面へと叩き込まれようとした弾丸を迎撃。勢いよく打ち返すことで射線上に存在していた魔弾の全てを吹き飛ばしてしまう。一直線に生み出されたルート、悪魔がそれを認識し終わったころにはもう遅く先ほどまで彼女がいたはずの空間には誰もいない。
「『一閃突』!」
【!? させんッ!】
直後悪魔の眼前に出現する、彼女の姿。
既に槍が振り上げられており、その切っ先は眼球へ。職業スキルの一つであり、通常攻撃よりも強力なそれが、悪魔へと迫る。彼からしてもそれを脅威と捉えたのだろう。弾丸を生み出していたその魔力が腕の強化へと使われ、空中に浮かぶ彼女へと振り下ろされるが……。
手ごたえは、無し。
【なッ!?】
確かに悪魔の剛腕はベリアンヌの肉体をとらえたはずだった。
その視界にはベリアンヌの肉体があり、自身の腕はその柔らかそうな肉体を確実に捉えていた。しかしながらその腕に何かを破壊したような感覚はなく、先ほどまで視界に移されていた武装メイドの姿は霧のように消えてしまっている。何かしらの魔法をかけられたのかと即座に対処に動く悪魔だったが、そのような痕跡など一切ない。文字通り、目の前にいた彼女が消えてしまったのだ。
【だがここは密室! どこに隠れようが、この部屋全てを弾幕で埋め尽くしてしまえばよいことよッ!】
盗賊系のスキルに気配を遮断するというものがあることは、悪魔も知るところ。槍を持っているがゆえに女を槍兵だと考えていた悪魔は、脳内の情報を修正し次なる行動を起こす。
隠れているのならば、あぶり出せばいい。ダンジョンのボス部屋は戦闘が終了するまで外に出ることも出来ず、外部からの侵入も不可能。ならば女も出ることが出来ないと考えた彼は、自分以外の全てを埋め尽くすための準備に移行、全身の魔力を隆起させ、その全体を先ほどの弾幕で埋め尽くそうとするが……。
首元に感じる、小さな痛み。
「『傀儡槍』」
【あ、がッ!?】
「……やはり『聖属性』は刺さるか。」
悪魔が最後に捉えたのは、彼女のつぶやきと何かしらの瓶が地面に落ちる音。次の瞬間にはその意識のすべてが漂白されて行ってしまう。
『槍騎士』によって手に入るスキル。『大槍術』の習熟によって手に入るのが『傀儡槍』である。攻撃力は各段に下がり命中率も落ちるが、当たれば一部のモンスターを自由に動かすことが出来るスキル。本来ならば通常攻撃ですら無効化されるベリアンヌでは命中したとしても『ダメージが入らない』ため、起動しないスキルなのだが……。
悪魔の眼前で百合の騎士として自然と身に着けた『気配遮断』を使用することで相手の行動を固定し、時間を稼ぎながら『傀儡槍』の低い命中率を必中へ、更に武器にヴァネッサから渡されていた属性付与アイテムを使うことで無理矢理ダメージを与えた形だ。
「気配遮断からの傀儡化、頭の出来はこちらの方が上だったようだな、下郎。さぁさっさとお嬢様を何処に飛ばしたのか答えろ。貴様の目的とここにいた理由、そしてその召喚者もだ。」
今すぐにもこの存在を消し飛ばしたいベリアンヌだったが、彼女は百合の守護者であると同時に、ヴァネッサに仕える一人の騎士でもある。
本来この場にいないはずの悪魔がここにいるということは、悪魔が自身の考えによってこの場にやって来たか、もしくは誰かによって召喚された可能性が考えられる。しかしながら邂逅時に『既に契約者を食べた』ということから、今回は後者。誰かがヴァネッサの排除を企んだことになる。
そしてそれが真実ならば、色々とマズイ。既に敵に『ヴァル=ヴァネッサ』の式が成り立っている上に、確実に不登校の件もバレているのだ。百合は勿論のこと、主人の為ならば全てを投げ打つ覚悟のある彼女だ。ヴァネッサを助け出した後のことにはなるが、いざとなれば敵対者がどんな貴族、いや王家であろうと全て切り殺してから自刃する覚悟か彼女にあった。
【コ、コノ迷宮ノ11、階層。マ、マモノ、ノ、巣。】
「行き方は。」
【開カズノ扉、奥。モシクハ、転移。】
「……転移ならまだいけるか。他の魔法系を収める護衛に頼んで再現だな。次。」
【契約者ハ、裏社会ノ者。名ハ、シラナイ。目的ハ……】
首元に差し込んだ槍を徐々に深く差し込みながら、情報を抜き出していく彼女。
どうやらこの悪魔は裏社会のとある組織によって呼び出された存在であり、『ヴァネッサ主導で行われたセラフィナの借金回収騒ぎ』が原因の様だった。セラフィナが借金している者の多くが闇金だったことに憂慮し、貴族の務めとしてその者たちを一斉検挙。ついでに目についた組織全てをお掃除したヴァネッサだったが……。本来王家や王都の守護を務める軍・衛兵が行うべき仕事である。手柄を全てそちらに譲ることで事なきを得たが、大きく動くことは出来なかった。
故に一部逃げ延びてしまったものがおり、その存在が復讐として悪魔を呼び出したとのこと。
しかしまぁ残党でしかないその者たちは『金を貸していたセラフィナから情報が洩れた』程度しか把握することが出来なかったのだ。まぁ彼女と最近チームを組んだらしい『ヴァル』が明らかに貴族っぽいので、『こいつが原因だ!』という正解を引き当てることが出来たのだが……。
(『お嬢様=ヴァル』という情報は漏れていない上に、悪魔との契約の際に『自分たちを害さないこと』という条件をつけ忘れたがゆえに全て喰われた、か。はッ、自業自得だな。……悪魔の召喚にとある使い捨てアイテムを使ったとのことだが、これはお嬢様に上げておいた方がいいな。一介の護衛では判断ができん。)
【ア、ガッ】
「……これで全部か。なら今、楽にしてやろう。もっとも、タダで殺す気はないがな。」
それまで突き刺していた槍を引き抜いた瞬間、深く構えながら溜めのモーションへと入る彼女。
既に眼前の悪魔が持つ情報は全て抜き終わっており、これ以上この存在を生かす必要はない。情報源として必要ゆえに“即座に排除しなかった”だけだった彼女からすれば、これまで溜まった鬱憤を全てここで叩きつける絶好のチャンス。主人を害された上に、百合の間に入ろうとしたのだ。その激情が表情に現れ、槍を握る手にも力が籠る。
何の魔力もなしに、ただその腕力だけで槍を赤熱させた瞬間。
溜め込まれた激情が、悪魔を襲う。
「『地獄乱れ突き』」
その切っ先が悪魔の肉体に接触した瞬間、爆散。
常人では知覚できない速度で叩き込まれていくソレは、まるで世界から切り抜かれるように、悪魔の身体を消し飛ばしていく。足も、腕も、胴体も、そのすべてが例外でなく、確実にこの世から拒絶。細胞のひとかけらすら残さんと放たれるそれは、確実にその体を縮小させたいった。
そして最後に残るのは、生首。
「地獄すら生温い」
最後の一撃、全身の剛力を持って放たれたその槍は寸分たがわず吸い込まれていき、接着。
その瞬間、点を中心に空間に“真っ黒な穴”が開き、悪魔の生首と消し飛びながらも未だ残ってしまった細かな細胞たちが吸い込まれていく。
瞬く間に悪魔だったものが消え去り、役目は終わったと静かに消えていく虚穴。
それを生み出した彼女の荒い呼吸音だけが、後に残るのだった。
「……ッ。流石に折れたか。力が入らん。……まぁいい、この腕よりもお嬢様だ。早く他の者を呼ばね……、むッ! 下から濃厚な百合の気配ッ!? ということはお嬢……、い、いやあの借金女風情が崇高な百合になれるわけがない。い、いやしかし感覚的にお嬢様っぽいし、これは完全に好みの百合の波動……。う、うがががががッ!!! ど、どうなっているんだ私の脳はッ! 意味が解らんぞ!!!!!」
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