18:別視点、王子2
ルシアン・アルマン・ド・オルレヴァン。この王国の第一王子にして、次期国王。
常に冷静沈着で、思慮明晰。しかしその聡明さを鼻にかける様なことはせず、どんなものが相手だろうと常にその目線に立とうとする人物。どんな困難に見舞われたとしても、それを乗り越えるまであきらめず、自身だけでは不可能と判断すればすぐに誰かの力を借りれるような彼は、いまだ学生の身分ながら高い評価を得ていた。
王国に連なる者たちが『次の治世でも安心だ』とこぼすほどには、その名声は知れ渡っていたのだ。
しかし今現在の彼は……、とてもそんな素晴らしい人物には見えない。
「……ぅう、ヴァネッサ。」
青を通り越して真っ白な顔となっており、まるで紙粘土を固めたような絶望で染まった表情をする男。
そう、これが今のルシアン王子である。
確かに外に出る際、学園生活を送る際は化粧などで顔色を良くしもう少し元気なように見せているのだが……、自室に帰った瞬間、これである。摂取した水分が全て涙となって排出され、カラカラに干からびた死体のような顔をした彼。余りにも哀れすぎて、身近な使用人たちすら掛ける言葉を悩むレベル。
体調不良と虚偽報告しているヴァネッサの元に押しかけてしまってから、ずっとこんな感じなのだが……。今日は一段と酷い様子だった。
まぁ、それもそのはず。だって彼、失恋の真っ只中なのだから。
「わ、私は、なんてことを……!」
そんな彼の手に握られるのは、一通の手紙。王子が強い感情を向けているヴァネッサからのお手紙。コレが原因である。
困難に直面した時、それを乗り越えようと奮起する性格を持つ彼は、自身に全く靡かないどころか距離すら取るヴァネッサを困難と認定。その気を向けさせるために様々な行動をし続けた結果、本当にヴァネッサのことが好きになってしまった可哀想な男である。無論貰った手紙などは大事に読み込み、補完するのだが……。今回の内容が、極端に不味かったのだ。
本文自体は貴族らしい書き方で、王子に対する感謝の言葉が綴られているのだが……。よくよく読み込めば、理解できてしまう真意。非常に婉曲的な言い回しになっているが、端的に言うと『もう返信書くの怠いからお手紙やめて』である。
そう、あのヴァネッサ。
友人のリヴィとの茶会の際に言っていたこと。『なんか手紙湿ってるし字が汚いし、お返し送るの面倒だからいっそこのこと「もうやめて』とか書いてみようかしら』という作戦を実行しちゃったのである。そしてそのお手紙が今日、届いちゃったのである。
「……ぅ、ぅぅ。」
「お、お労しや殿下……。」
王子からすれば、『振られた』に等しい行い。
現代風に言えば、大好きだった相手に『お前のメッセージ、ウザいからブロックする。学校でも話しかけてくんな』と言われたようなもの。いくら聡明だといっても、未だ10代でしかない彼。非常に多感な時期に大好きな上に婚約してる相手から『話したくない』と言われたのだ、そのショックの大きさは如何ほどであろうか。
無論、これだけで『婚約』が破棄されたわけではない。
貴族同士が結ぶ『婚約』というものは、かなり強い契約の一種だ。本人たちがどれだけ嫌い合おうともそう簡単に破棄できないのが、それである。
しかし何事にも抜け穴はあるように、愛人というものが公ではないものの、認められているのがこの国だった。子供だけ産んだ後は別居、個々の愛人を囲み好きに暮らすというのも一つの、貴族として一つの形。故に聡明な王子の頭脳は『愛人に囲まれているヴァネッサの姿』まで叩き出してしまい、勝手に脳破壊されているのである。
……まぁある意味、ダンジョンに寝取られているのかもしれないが。
「で、殿下。お気持ちは分かりますが……。」
「き、気持ち。ほ、本当に解るのか私の気持ちが! こ、心と脳が引き裂かれそうだ……ッ!」
「お、お気を確かにッ!」
今だけは無駄に優秀な頭が恨めしいと壁に頭蓋を叩きつけようとする彼だったが、すぐさまお付きのロランに羽交い締めされて止められてしまう。しかしそのせいで感情の発散先を失ってしまい、耐えきれず大泣きしてしまう彼。もう王子の頭の中は、一杯一杯だったのだ。
なにせ今回彼には、『嫌われる』理由に見当がついてしまっている。
自分の会いたいという感情を優先してしまい、体調不良(嘘)なヴァネッサに負担をかけてしまったことだ。真相はなんともいえぬものなのだが、ヴァネッサの周囲以外からすれば『彼女は喀血するほどの大病に侵されている』という認識である。王子からすればそんな具合の悪い日に押しかけてしまった自身のことをより嫌いになっても仕方がない、という認識だった。
(過去に戻れるならあの時の自分を八つ裂きにしてやりたいッ!)
王子自身も、ヴァネッサの気持ちがこちらに向いていないことは理解していた。だからこそ少しでも好意を持ってもらおうと動いていたし、やらかしてしまった後も母である王妃と相談し、何とか王子に抱いたであろう不信感などを取り払おうとした。
しかし、そのすべてが失敗。
更に聞くところによれば、『少し調子が良かった日』にルシアン王子ではなく友人のとある令嬢を家に呼んだという話。同性ゆえに仕方ない所もあるだろうが、その若さからか『ヴァネッサの視線を独り占めしたい』と思う彼からすれば、途轍もないダメージだった、
どれか一つであればまだ耐えられたかもしれないが、それが一気に襲い掛かってしまったのだ。まだ若い彼には耐えきれぬ苦行だったのだろう。まぁそもそも相手が 『自分と王子がくっつく筈ないし、さっさと婚約破棄したい。そもそも王子、私に興味ないだろうし』と考えているので実る可能性が極端に低い恋だったのだが……。
「で、殿下! 落ち着いてください! ま、まだ手はあります!」
「……ぅ、ぅぅ。ほ、ほんとかロラン。」
「え、えぇ勿論です! 非常に言い方が悪いですが、今は下限。ならばこれからは上がっていくしかないのです! 少し時間を置きながら、挽回を目指すのです!」
そんな時、また王子にアドバイスを持ってくる使用人のロラン。
彼が言うには、今こそ自分磨きの時だという。
相手が嫌と言っている時に近づいてしまえば、より関係が悪化してしまう可能性が高い。そのため最後に謝罪と病が完治するまで手紙を送らないという内容のものを渡し、その間に自分の魅力をアップさせるという提案だ。
時間を置き、お互いが冷静になればまた感じることは違うはず。その時までに王子が持つ元々の良さをより高め、同時にヴァネッサの趣味などへの造形を深めたり、一緒に何か出来るように成れば、必ず見る目が変わる。自分磨きを通して、相手にとっての理想の男性像をより上回ってしまえば大勝利間違いなし、というものだった。
「やはりまずは、異性の御友人も作らねばなりません。」
「そう、なのか? いやしかし、ヴァネッサに対する不義理になってしまうのでは……。」
「あの方がそんなことで怒らないのは殿下も理解しているはずです。それに、女性との関りを増やし、何を考え何を思うのか理解することは、ヴァネッサ様との関係修復に必須かと。」
何せこの王子は、ヴァネッサの為に女生徒の関りを断ってきた男である。
地頭の良さで推測することはできるが、女性独特の考え方や感覚に疎いということは、彼自身も理解していた。それが関係悪化の一因であると考えたロランたちは、『ヴァネッサの趣味に付いていけるようにする』というのをメインにしながらも、『異性についてより理解を深める』必要を訴えたのだ。
「……たしかに、一理あるかもしれない。」
「えぇ、殿下お付きの者、全員で考えました。」
ロランの言葉が効いたのか、未だ少し涙をこぼしながら思考を回す王子。
確かに筋は通っているし、諦めなければいつか形を成すかもしれない。そう思い、自身の愛するヴァネッサの趣味や好みを思い出し始める彼だったが……。
「なんかこう、武官のような趣味が多いな。」
「よく剣など振り回していられましたからね。殿下もご公務の関係上、日々鍛錬はされているようですが……。」
令嬢としての趣味を一通り収めているヴァネッサ。しかし本人は武器とか振り回している方が好みというのは、2人も知るところである。確かにヴァネッサの周囲、グレタを始めとした彼女のメイドたちが出来るだけそれを隠そうとはしていたが、ヴァネッサ本人があまり隠す隙が無かったことで、露見している感じである。
つまりそこから導き出される答えは一つ。
「鍛錬を増やす、いやいっそのことダンジョンに挑んでも良いかもしれないな。より強くなり、いざという時に彼女を守る男になる。……ありかもしれない。」
「えぇその意気です殿下!」
なんとか心を整え、考えを纏める王子。
まぁ彼は真面な人なので、ダンジョンに向かうとしても十二分な鍛錬を積んでから。決してヴァネッサのように不登校しながらダンジョンに赴いたり、護衛を振り回しながら魔物と戯れることはないのだが……。
たまたまダンジョンでバッタリ二人が顔を合わせるのは、また後のお話。
次は原作主人公視点の後、ヴァネッサ様に戻りますわ~!




