Last episode 30
「なぁ……葵の奴、遅くないか?」
「そうですね……帰って来るって言ってたのに、まだ帰って来ないですね……」
瞬一と春香がそんなことを言ってしまうのも納得がいく。
何故なら、時間にしてもうすぐHRが始まってしまうような時間だったからだ。
HR前には帰るって言われてただけに、さすがに心配になってきた。
「大丈夫かな……葵ちゃん」
「心配いらないと思うけどね……もしもの時もあるかもしれないから……」
「まぁ、風邪ってことなんだから、少し眠った方が逆に治る時もあるからな」
大和の言葉を引き継ぐように、大地が言う。
「う~ん……何か物足りないよなぁ」
「そうね……やっぱり誰かが一人欠けるだけでも、ここまでの影響力があるのね」
真理亜は、そんなことを呟いていた。
だが、瞬一はその意見に賛同していた。
この中の誰が欠けても、自分達は何らかの形の違和感を覚える。
それは瞬一が欠けた時に経験したものだった(もっとも、瞬一の時は明らかに異常な程の反応を示していたが)。
そんな会話をしている時だった。
「失礼するわね」
コンコンと扉をノックして中に入ってきたのは、白衣を着た茜だった。
「あ、吉沢先生……どうしたんですか?」
織が教室にやってきた茜に対してそう言葉をかける。
茜は答えた。
「S組の細川葵さんだけど……一時間目は寝てから過ごすそうよ」
「そうですか……そんなに酷いんですか?」
瞬一はその部分が気になるのか。
茜に葵の病状のことを尋ねる。
すると茜は、一瞬の間を置き、
「いえ、そういうわけじゃないのよ……ただ、念のため一時間目は寝て過ごすようにって、細川さんに言っておいたのよ。あの子、無理して教室に行こうとするから」
「あー……それはありがとうございます」
いつも元気に学校に来るものだから、瞬一達は葵は別段何処も異常がないだろうと思っていた。
だが、葵とて人間なのだ。
風邪もひくし、病気にもかかる。
もっとも、厳密に言ってしまえば光の器の力を引き継いだ、少し特別な人間というべきだろうか。
「いいのよ。私は保健の先生だから、病人は治してあげたいって思うのが性なのよ」
「いい性格ですね……本当に吉沢先生は頼りになると思います」
瞬一が、お世辞でもなく、本心からそう言葉を告げる。
それをお世辞だと受け取ったらしい茜は、
「そうかしら?ありがとうね、お世辞でもそんなこと言ってもらえると嬉しいわ」
と、冗談交じりに答えた。
「……」
そんな様子を若干距離をとって窺っているのが、
「どうしたんだい?森谷……そんな顔を浮かべて」
「……ああ、ちょっとな」
「?」
真剣な表情を浮かべている大地に向かって、大和が尋ねる。
しかし大地は、特にその質問の内容に詳しく答えようとはしなかった。
そんな中で、話は続く。
「それじゃあ私は保健室に戻るわね……担任の先生には貴方達から直接伝えといてくれないかしら?」
「分かりました」
瞬一達にそう告げると、茜はそのまま保健室へと戻って行った。
「……なぁ、大和」
「何だい?」
茜が去って行った後、大地が大和に話しかけた。
二人以外には聞こえないほど小さな声で。
「感じなかったか?今の女から……」
「……気づいていたんだね、森谷」
「ああ。俺が気付かないわけがないだろ」
「それもそうだね」
『感じる』。
一体それが何を意味するのだろうか……?
「何の話をしてるんだ?」
気になって瞬一が話しかけてきた。
瞬一の問いには、大和が答える。
「君達も感じなかったかい?……吉沢先生から、若干の闇の力が残っていたことを」
「え?」
大和の言葉に、瞬一は半ば信じられないというような表情を浮かべた。




