Last episode 23
「……!!」
「倒れてる人間が何も出来ないとでも思ったか?……倒れていてもな、魔術の詠唱くらいはすることが出来るんだよ!!」
由雪が倒れている場所には……黒い魔法陣が浮かび上がっていた。
それに気づいたスクリプターは、急いで銃の引き金を引く。
だが、そのタイミングが少し遅れてしまった。
「遅せぇんだよ!!」
「むっ!?」
由雪はその場から跳ねるように起き上がり、スクリプターの、銃を持っている方の手を右足で蹴る。
蹴られたスクリプターは、思わず銃を手放してしまった。
「……消えろ」
一言、そう言葉を漏らす。
すると、由雪の身体より何発もの黒い弾が放出されるのが分かった。
「ちっ……煉獄の炎よ。すべてを焼き尽くせ!」
スクリプターは、その弾を消す為に魔術を詠唱する。
足元に広がる魔法陣の色は……赤。
炎属性の魔術だ。
「ダークネスフレア!!」
瞬間。
スクリプターの周りに、炎の壁みたいなものが現れた。
「炎の壁ってわけか……」
由雪は冷静に判断する。
その目には……もう先ほどまでの迷いなど完全に消え去っていた。
黒い弾は、スクリプターめがけてすべて飛んでいく。
だが、目の前に現れた熱い壁によってその攻撃は遮られる。
「確かに、攻撃すべてを燃やしつくすのは想像もつかなかったけどよ……そんなんじゃ前が見えなくなることくらい把握してんだろ!!」
「!?」
破られた。
最強にして熱い壁は、あっという間に破られた。
それは、単純なことだった。
どんな攻撃をも燃やしつくすだろう熱い壁は……スクリプターの視界をも燃やしつくしていたのだ。
「……どこからだ。どこから攻撃が来る」
把握できなかった。
炎の壁が出現している限り、自分に許されるのは燃え盛る炎を見ることのみ。
前を見ても後ろを見ても、横を見ても炎だけ。
……嫌な予感がした。
「まさか……上か!?」
気付いた時がもう少し遅ければ、スクリプターは回避行動に移すことが出来なかっただろう。
上空に、無数の魔法陣が展開していて、そこから放出される……無数の黒い弾。
それらはまるで矢のごとく、スクリプターの身体を射抜こうと襲いかかる―――!!
「こんな攻撃……私が避けられないはずがないだろう!!」
叫び、スクリプターは炎の壁から抜ける。
跡形もなく、炎の壁は消え去り、スクリプターが元居た場所には、無数の黒い矢が降り注いでいた。
スクリプターは炎の壁から右側に脱出した―――それが、命取りだった。
「なぬっ!?」
「……地獄にアンタの身柄を引き渡してやるよ。懺悔の言葉は、そこでゆっくり閻魔大王にでも話してるんだな!!」
そこには、鎌を構えた由雪がいた。
大きく振りかぶり、そして……。
ザシュッ。
切り裂く音。
確実に、何かが切り裂かれる音が響く。
そして……目の前に広がる、血だまり。
「あ……が……」
男の身体が、自然と倒れていく。
足に力を失った男は、ゆっくり地面に伏せていく。
「……終わった、のか」
少年は、目の前で倒れている男の姿を眺めながら、一言そう呟いた。
「長かった……この日が来るまで、どれほどの歳月を過ごしてきたことか」
男が立ち上がることは、もう、ない。
少年が握っている、血塗られた鎌が、それを物語っていた。
「これで……俺の話も、もう終わりか……」
膝がガクッと揺れる。
少年の身体は……力なくその場に倒れた。
「ああ……地獄に行ったら、俺も閻魔様に出会うことになるのか……済まなかったな、寺内。お前と同じところに行けなくて」
少年は、この勝負に勝った。
だが……悪魔との契約条件によって、少年はこのまま死を迎えることになる。
「……もう思い残すことも、ない……大人しく、ここは舞台から立ち去ることにしよう」
用の済んだ出演者は、舞台の上に立つ必要がない。
故に、降ろされる。
少年もまた、その内の一人だったのだ。
「せめて特等席で……この舞台の結末を……じっくり、と……見ることに、する、か……」
言葉が途切れ途切れになっていく。
少年の瞼が、ゆっくり塞がれていく。
やがて少年は……そのまま動かなくなった。
その表情は……酷く疲れきったような表情であった。




