Last episode 21
「!!」
由雪の頭の中に響いた声。
それは、どこかで聞いたことのあるような……少女の声だった。
優しくて、温かくて。
まるで罪を包み込んでくれるような……そんな温かな声だった。
そして、由雪は気づく。
「……あれ、時間が、止まってる」
死ぬ前の走馬灯というやつなのだろうか。
由雪は、今自分が見ている光景を、明らか異常だと認識した。
何せ……自分を含めたすべてが止まっているのだ。
これを異常と呼ばずになんと呼べるだろうか。
「どういうことだよ、一体……」
自分は、もう死んでしまったのだろうか。
それとも……今ここにいること自体が、夢だったとか?
由雪の思考回路では、現在自分が陥っている状況をうまく把握することが出来なかった。
「……君、……雪君」
「……誰だ?」
声が響く。
時が止まっている為立ちあがることも出来ず、その声の主の方に首を向けることも出来ない。
それでも、由雪は懸命にその声の主を探す。
だが、声の主の方から、由雪の前に姿を現した。
「……あ……お、お前、は……」
驚愕した。
目の前に現れた人物は……本来現れてはならない人物だったからだ。
歓喜した。
目の前に現れた人物は……あの日以来二度と姿を現すことはなくなってしまった人物だったからだ。
「久しぶりですね……由雪君」
背中に翼を生やした、少女が舞い降りてくる。
彼女こそまさしく……天使。
美しさを兼ね備えているが、歳で言えば恐らく由雪といくつか離れているだろうと思われる少女。
あの日から彼女の時間は止まっているから、成長もしていないのだ。
だが……由雪は、そんな変わらない彼女を見て、
「……寺内、お前、どうして……」
「……心配になって来ちゃいました。けど、こうしていられるのもあまり時間がないので」
目の前にいる天使こそ……寺内麻美。
光の器としての力を暴走させられた挙句に……『組織』に殺されてしまった少女だ。
麻美は、由雪に告げる。
「由雪君……由雪君はこんなところで諦めるような、そんな人じゃなかったはずですよ?」
「……お前に俺のすべてが分かるってのかよ。お前が殺されたその日から……俺はこの手を悪に染めてんだぞ?天使であるお前が近づいてきていい領域じゃねえだろ」
由雪は反論する。
他者から見れば……もっともな反論だった。
片方は光に満ちた天使の少女。
片方は闇に覆われた堕ちた人間。
差は一目瞭然。
釣り合わないのは、当然のことと言えるかもしれない。
……だがそれでも、麻美は由雪に言った。
「何言ってるんですか?私がしってるのは、あの時の由雪君ですよ?由雪君は、今でこそ口が悪くなっちゃったりしてるかもしれないですけど……結局はあの日から変わってない。私はそれが嬉しくて……由雪君のことを助けたいって思ったんですよ?」
「あの日から……変わってない?」
心外だった。
確かに自分は……あの日から変わっている。
由雪は、心の中でそう呟いた。
だが、麻美が反論する。
「いいえ、変わってなんていません。だって由雪君は……ここまでまだ一人も、人を殺してないのですから」
「!!」
言われて……気付いた。
確かに言われてみると、その通りだった。
通り魔事件を引き起こした時も……命まで奪った記憶はないのだ。
当然と言えば当然だろう……命が目的ではなかったから、そこまで奪う必要もなかったから。
いや、普通なら殺してしまってもしょうがない状況下にあったとしても……由雪は結局人を殺さなかった。
「結局、由雪君は優しいままの人だったんです……私が知ってる、由雪君と一緒だったんですよ」
「違う……俺は絶対に、そんな人間ではない」
「違わないです!」
今度は、力強く麻美は言う。
そして麻美は……自分の心の内を晴らし始めた。




