Last episode 10
「……来たな」
「こんなところにいきなり呼び出して、どうしたっていうのよ?」
雷山塚高等学校の屋上。
普段ならほとんどその場所には人が立ち入ることはないのだが、この日は違っていた。
黒いスーツに身を包み、黒い帽子をかぶった男と、白衣を着た女性が、そこに立っていた。
この日の天気は、晴れ。
太陽の日差しが、彼らの体に容赦なく突き刺さる。
もっとも、季節は秋なので、体に突き刺さっても暑さを感じることはない。
どころか、秋から冬に移り変わろうとしているこの季節からしてみれば、むしろちょうどよいくらいでもあった。
「突然呼び出したりして悪かったと思っている」
「本当はそんなこと微塵も思ってないくせに」
「……まぁな。君ならすぐこの場に来てくれると思っていたよ」
「それはどうも。偉大なる演出家に見込まれて、私としても幸せよ」
女は、笑顔でそう言葉を返す。
いつも通りの反応だと、男―――スクリプターは考えた。
「それはそうと、今日は君に頼みがあってね」
「頼み?貴方が私に頼みがあるなんて、珍しいじゃないの、スクリプター」
「……まぁ、君にしか頼めないことなのでな。本心から言うとこんな手段は択びたくなかったのだがな」
「貴方が演出家としての自分の座を奪われてしまうから?」
スクリプターの答えを見透かしたかのように、女は言う。
それに対して、スクリプターは笑みを浮かべた後に、
「君がそう思っていなくとも、私としては役を奪われた感じがしてな……大層居心地が悪いのだよ」
「結局は、単なる自己満足なんじゃない」
「それで結構……あいにく私は演出家なのでね。自分の思い通りに行かなければ済まないタイプなのだよ」
「面倒臭い男ね……そんなんじゃ、女にはモテないわよ?」
「もとよりこの世の人間になど興味はない。こんな腐りきった世界の女性など、見ていても腹が立つのみだ」
そう言い切った後に、
「……しかし、あの娘とお前だけは別の話だがな。そうでもなければ、君達を私の元へ近寄らせるはずがない」
「あの娘?あの娘って一体誰のことよ?」
女は、初めて出てきた単語に疑問の表情を浮かべる。
スクリプターは、特に困った様子もなく、さらりと答えた。
「私が偶然見つけた娘だ……名前を黒石由良と言うらしいが、どうやらクリエイターと共に行動していた少女らしくてな」
「……クリエイター、か」
その名前を聞いて、女は少しその表情をゆがめる。
「あまり好きじゃなかったわ。けど、『組織』に殺されたんですって?」
「ああ。目立ちすぎたからな……消されて当然だろう」
「ひどい人ね、本当に」
本気でそう思ってはいないだろうが、女は茶化すような口調でそう言った。
その後で、
「……で、そろそろ本題に入ってくれないかしら?」
「うむ。実はな……君にとある薬を作ってもらいたいのだよ」
「薬?私の得意分野ではあるけど……何でまたいきなり薬なんかを?」
「……細川葵に眠る光の器の力を、暴走させる為だ」
「……その力を暴走させて、貴方はこの世界を破滅させようとしているわけね。出来なくもないけど……」
女は、暫し思案した後に、
「いいわ。引き受けてあげるわ」
肯定の意を示す言葉を告げた。
それを聞いてスクリプターは、
「そうか。ならばよかった」
「……細川葵。光の器の力を受け継ぎし人間。その力を引き出す薬、か……相当の労力が必要になってくるわね」
「……出来るか?」
「出来るわよ」
クリエイターの言葉に、女はすぐさま答えた。
「……話はそれだけだ。私は行く」
「ええ。朗報を期待してて頂戴……スクリプター」
「……ふっ、期待してるぞ、YOA」
『YOA』と呼ばれた女は、スクリプターを笑顔で送り出す。
……その後に、どう薬を作るかを考え始めたのだった。




