身を引く脚本家
Sideクリエイター
クリエイターは、まさかの展開に驚いていた。
自分の脚本通りに進まなかった、最初で最後の展開。
それが、葵の力の……不完全ながらの覚醒であった。
「私は、光の器の力を吸収しようとしていただけなのに……それが逆に、その力を呼び覚ます結果になろうとはな」
こればかりは、彼にも予測出来なかった事態だった。
……あまりに急な事態展開だった為、例の少女を迎えに行くことすら忘れていた。
「いけない……私としたことが。あの少女を地下に置いていったままではないか」
名前も知らぬ、少女。
だというのに、互いの利害が一致したという理由だけで、クリエイターはその少女と組んだのだ。
両者に共通する目的は……『この世界の破壊』。
方向性は違えど、破壊という目的に関しては同じだった。
故に、これからの計画においても、少女の存在は必要不可欠なもの。
「……仕方ない。一度あの闘技場に戻るとしよう」
「それは無理な相談だね、脚本家。お前はここで、死ぬのだから」
「……む?」
その時、聞こえてきた少年の声。
透き通る少年の声には、明らかなる殺意が込められていた。
「その声は……『組織』の者だね?」
「正解だ……僕の顔を忘れたとは言わせないよ?」
「分かっているとも……大和翔。それに、森谷大地の姿もあるな?」
物陰から現れる、大地と大和の二人。
二人の手には、すでに武器が握られていた。
「……どうやらすべての顛末を知った顔をしておるな?」
「会場内に『組織』のスパイが潜んでいてね。彼からすべてのことは聞かせてもらったよ……あんな理由で、森谷の両親が……そして僕の両親が殺されたことも、ね」
「テメェ……あんなつまらない理由で、俺の両親を殺しやがって……人の命を何だと思ってやがるんだ!!」
冷静に物を言う大和と、逆上する大地。
しかし、二人は今、確実にクリエイターに向けて殺気を放っていた。
「しかし、君達二人で何ができると言うのだね?……『組織』からの命令だと、恐らく私の野放しを命令されているはずだが?」
「それがね……さっきの光の器の力の、未完全ながらの解放が原因でね……事態は急変したんだよ。『組織』から下された命令は……クリエイターの即刻抹殺」
「そこで、俺達がテメェの前に現れたってわけだ」
説明口調で、大和が言う。
しかしクリエイターは、動じずに、こう言った。
「だが、君達二人では私に勝つことは出来ぬ……仮に『組織』の人間といえども、果たして私の脚本通りに進むこの舞台に、幕を下ろすことは出来るのかな?」
「バカだね……カーテンコールはおろか、お前にはもうスポットライトすら当たっていないというのに」
「何?……!?」
クリエイターの表情は、一瞬驚愕のものへと変わる。
……いつの間にか、自身を取り囲む『組織』の人間達。
それぞれが、武器をクリエイターに向けていた。
明からなる殺意が、やはりクリエイターの体を射抜く。
そこには……同情の念などどこにも存在し得なかった。
「……そうか。私の舞台は、もう幕を下ろしていたということか」
「アンコール公演はない……正真正銘、これで最後の公演だ、クリエイター」
「……最後の私の舞台にしては、実に費用がかかった演出だな。君達にしてはよくやったのではないか?」
クリエイターは、先ほどの一瞬以外、その余裕そうな笑みを崩すことはなかった。
だが、心の中は……穏やかではなかった。
どう足掻こうが、これから先自分にやってくるだろう結末は……死。
すなわち、彼の脚本家としての生命は、ここで絶たれるということにも繋がった。
「……私の人生も、ここまでということか。長いようで、短かったなぁ……まぁ、私がいなくなったとしても、あの少女がなんとかしてくれるだろう」
未練はない。
後悔はあった。
……クリエイターは、静かに目を閉じて、これから自分に襲い掛かってくるだろう真実を、その体で感じることにしたのだった。
その日。
この世界から。
脚本家は、その身を引いた。




