討つべき相手
「ぐはっ!」
戦いは、源三郎が優位となっていた。
先ほどまで戦っていた迅にとって、源三郎との戦闘はあまりにも不利すぎるものであった。
「……さすがは『組織』の元管理長。実力は半端ないな……」
「……もう充分だろ。暴れすぎだ、由雪迅」
「まだだ。まだ足りねぇよ……アンタを殺すまでは、まだ―――!」
「伏せよ」
ダン!
源三郎がそう告げると、迅の体は地面に押し付けられるように倒れた。
まるで、何者かの意思が働いているかのように、迅は立ち上がることが出来ない。
「これ以上の争いは互いに不利益しか生まぬものだ。そろそろ私は引き上げることにしよう」
「ま、待て!逃げる気か!!」
どこかへ歩き去ろうとしている源三郎に向かって、迅は叫ぶ。
すると、源三郎はその場に立ち止まり、もう一度迅の方を見た。
「……ならば、お主が本当に討つべき者の名前を教えてやろう。どうせお主は、悪魔との契約の際に、『仇を討つための力が欲しい。代わりに目的が達成したら、自分は死んでもいい』という条件で契約を結んだのだろう?」
「……よく分かってるじゃねぇか」
驚いたような表情を見せない。
地面に伏したままの迅は、苦い表情を浮かべるだけだった。
「さて、それは数年前のことだ……私はその時、とある人物と戦っていた」
「とある人物?」
「……その男の名は、スクリプター。寺内麻美の力が暴走した原因となった人物の名だ」
「!!」
瞬間。
迅の表情は驚きのものに変わっていく。
構わず、源三郎は続けた。
「私はその人物を殲滅する為に、数人の仲間を連れて戦闘を繰り広げていた。だが、その途中でスクリプターに逃げられた。そして、後を追ってみて、辿りついた先には……」
「……光の器としての力が暴走した寺内麻美が、そこにいた」
「その通りだ」
一旦ここで言葉を区切る源三郎。
風が、妙に生暖かく感じる。
月の光すらない漆黒の舞台の上で、源三郎は更に言葉を続けた。
「私は様々な方法を試してみた。なるべくなら、寺内麻美を生かしたまま保護したい……それはその場にいる誰もが思ったことだ。だが、その願いは叶わなかった。真実というのは残酷で、どうしても被害を最小限に食い止めるには、その場で光の器を排除するしかなかったのだ……」
「……本当にそれしか方法がなかったのか?」
迅はそう問う。
源三郎は、少し言葉を止めた後、
「……残念ながら、その通りだ」
「……そうか。元凶は、もっと別にいたということか」
「……」
源三郎は、迅にかけていた魔術を取り払う。
それにあわせて、迅はゆっくりと立ち上がった。
「……そうか。俺の目的は、別の所にあったというわけか」
「……どうするのだ?スクリプターを討つのか?」
「当然だろう。それが俺の目的でもあり、望みでもあるのだからな……」
立ち上がったかと思うと、迅は源三郎に背を向け、そのまま校内へ消えていく。
「……何処へ向かう気だね?」
「地下だ。忘れ物を取りにいくだけだから、気にするな……今日限りで、俺はこの学校を辞める。だから、今日からアンタと俺は、何の関係もなくなったというわけだ。そこにねっころがってる雑魚共にも伝えておけ」
「……後悔する道だけは、歩むでないぞ」
源三郎から、『校長』として伝えられる最後の言葉。
迅は、その言葉に。
「……」
右手を挙げ、そのまま迅は校舎の方へ、漆黒の闇の中へ消えて行った。
この日以来、雷山塚高等学校内での通り魔事件は、起こらなくなったのだという。
次回、「通り魔」編は終わりとなります。




