取り戻された感情
「……え?」
ここからでも分かるような声で、晴信が驚いているのが耳に聞こえてきた。
まぁ、驚くのも無理はないよな。
あんなことを言った後に、すぐ俺から返事が返ってくるなんて、誰が想像出来ようか?……いや、出来ない。
「お、おい。俺はあれか?今、幻聴でも聞こえたのか?……瞬一の声が、耳に入った気がするぞ」
「しゅん……いち……?」
か細い声が聞こえてきた。
……この声、もしかして葵なのか?
あと晴信、人の発言を幻聴呼ばわりするたぁいい度胸だな。
「幻聴じゃねぇよ。俺だ俺!」
ガラッ!
俺は勢いよく教室の扉を開く。
そして、久しぶりに二年S組の空気を吸った。
「あ~やっぱりここは落ち着くぜ。みんな、元気にしてたか?」
「き、君は……」
「ああ。三矢谷瞬一だ。言っとくけど幽霊じゃねぇぞ?ちゃんと足あるからな。晴信の考えてることはお見通しだこの野郎」
「え、バレた!?」
何が『バレた』だこの野郎!
本気で考えてやがったのか!
冗談で言ったつもりだったのに……。
「……瞬一?そこにいるのは、瞬一なの?」
「ああ。間違いなく、俺……!?」
葵の声がしたのでその方を向いてみれば……なんてことだ。
虚ろな瞳には、光りなど宿っておらず、およそ感情なんて物は存在していない。
……俺がいない間に、何があったって言うんだ。
「違うよ。君が居ない間になにかあったんじゃなくて、君がいなくなったから、こうなったんだ」
「大和……?それは一体……」
大和がそう言ったのに引き続いて、
「そうよ。アンタがいきなり行方不明になんてなるから、細川さんからは感情がなくなり、一之瀬さんは自分を責めるようになったのよ」
「俺が……原因だったのか」
知らなかった。
俺が行方不明になったから、二人がこんなことになっていたなんて。
「葵、一之瀬……悪かった。俺がいきなり行方不明になったばかりに」
「いえ、もういいんです。私が原因で、瞬一君がこんな目に……」
「お前が原因じゃねぇよ。俺が勝手にやったことだ。だからお前は自分を責めるな、春香」
「?!」
「は、はるか?」
俺が一之瀬のことを下の名前で呼んだものだから、一同が驚きの声をあげた。
……そんなに驚くことかよ。
「折角友達になったんだ。これからはもっと親睦を深めるって意味で、これから一之瀬のことは春香って呼ぶことにするよ」
「は……はい!」
一之瀬……いや、春香は笑顔になって返事をしてくれた。
うん、その笑顔だ。
「俺が見たかったのは、欝な表情じゃない。その笑顔だよ」
「!!」
瞬間。
春香の顔がボン!と赤くなった……ような気がした。
今はまだどういった対応をするべきか迷ってる様子みたいだけど、春香の方は恐らく、すぐにいつもの春香に戻ってくれるだろう。
問題は……。
「……葵」
「瞬一……本当に、瞬一?」
感情を奪われて、まるで人形みたいになってしまった葵を、どうするか……。
「ああ……間違いなく俺だ。三矢谷瞬一だ。心配させて悪かった……葵。心配してくれて、ありがとうな」
「あ……あ……」
「泣きたければ、泣けばいい。怒りたければ怒ればいい。頼むから、そんな表情を見せないでくれよ……頼むから、前の笑顔を見せてくれよ」
俺は、誰かが悲しむ表情を見たくはないんだよ。
もう、誰かを悲しませたくはないんだ……あの日の過ちだけは、繰り返したくないって思ってたのに。
あの時から、何一つ成長してないじゃないか!
「う……ああ……」「……泣きたきゃ俺の胸貸してやる。怒りたきゃ俺を気が済むまで殴るがいい。どっちもしたきゃ、どっちもさせてやる……だから、これだけは、約束させてくれ」
もう、過ちは犯したくない。
だから俺は、葵に―――みんなに言ってやる。
「もう俺は、勝手に目の前からいなくならないって……お前らより先に、勝手に死んだりしないって……約束してやるよ、葵」
「あ……ああ」
「……泣け、葵。今まで溜め込んできたんだろ?今がそれを出しきるチャンスだ。そしてその後に笑えばいい。俺はここにいるから。黙ってお前がやることを、見守っててやるから」
「う……うわぁああああああああああああん!!!!」
葵の心の中で、何かが崩壊したのだろう。
今まで無表情だったのが嘘のように、葵は泣き始めた。
……今はその涙、受け止めてやるから、思い切り泣け、葵。




