最後の力を振り絞り
「くそっ!動けよ俺の体!」
俺は、この状態になったことに、かなり焦りを感じていた。
このままこの場所を動けなければ、次に待っているのは……死。
「……戻りてぇよ。戻って、無事に一之瀬の兄を助けてやったことを伝えてやりたいよ」
しかし、俺の願いは届くはずもなく。
体は動かない……建物は崩れていく。
出口は封鎖された。
なら……瓦礫の山を壊して行けばいいのでは?……無理だ。
もはや俺の体に、魔術を使える程の余力はほとんど残されていない。
すなわち、このまま一之瀬の兄と一緒に、瓦礫に埋もれて死ぬのを待つしかねぇってことか。
……情けねぇな。
『俺に任せろ』って言ったのも同然の言葉を吐いておきながら、自分一人勝手にピンチに追い込まれる羽目になるなんてよ。
……本当の意味で、悪魔に憑かれたのかもしれねぇな。
「……そうだ。一つだけ方法はある」
一之瀬達に、一之瀬の兄が無事だということを伝える一つの方法を、俺は見つけた。
それは……残りの魔力を使用して、一之瀬の兄を、転移させるのだ。
そうすれば、一之瀬の兄の無事なすがたを見せてやることが出来るからな……。
「……これは賭けだな」
俺にそれほどの力が残ってなければ、俺のこの努力は無意味に終わり、一之瀬の兄と共に死ぬ。
力が残っていれば、少なくとも、俺がこうして死んでしまったとしても、一之瀬の兄だけは無事に助けることが出来る。
やっぱり兄妹は二人ちゃんと揃わないとな。
「……なんだ」
そこまで考えて、俺はある一つのことに気付く。
それは……。
「どっちにしても……俺、死ぬんじゃん」
転移魔術で、自分を送ることは不可能だ。
人も一人までならなんとか送れるが……ましてや今残っている魔力で、例え自分も転移させることが出来る条件の転移魔術を発動させることが出来たとしても……残量的に、やはり一人しか送ることが出来ないのだった。
「……何もしないで死ぬよりは、何かして死ぬ方がいいよな」
俺はユラユラと右手を動かして、やっとのことで一之瀬の兄の体に触れる。
そして。
「……この者を、彼らがいる場所まで送れ」
残った魔力をすべて注ぎ、転移魔術を発動させる。
結果……一之瀬の兄の体が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間には、その場所から消えていた。
「……やった。成功した」
転移魔術は成功した……それは、俺の魔力が空になったことも意味していた。
なんとか生命力は残っているけど、魔力が回復するためには三日四日はかかるだろう。
その内に、埋もれて窒息死か、餓死するか、
「……血、か」
頭からのみではなく、体全体から流れ出る血が物語っているが、出血多量で死ぬことだって十二分にあり得る話だろう。
死に方はどうであれ、俺が生きてここから出ることは……ないな。
「……短くて、思い残すことが沢山ある人生だったけど、まあまあ楽しい人生ではあったな」
薄れていく意識の中。
俺はそんなことを呟いていた。
部活の大会のこととか―――人数が減ったとかで葵に怒られるのかねぇ。
夏休みに実家に帰るって約束も果たせなかったしな……。
アイミーにまた会うことも叶わないな、残念なことこの上ないな、全く。
そして何より……勝手に死んでいくことに対して心残りがある。
どうせ死ぬなら、もっといろんなことをしておけばよかったなぁ。
「……じゃあな、みんな……すまなかった……」
俺の周りでは、相変わらず崩壊が進んでいく。
瓦礫が床に落ちる音すら、今では音楽のように感じられる。
……これが、死ぬってことか。
もはや痛みすら感じられなくなっちまったな。
……凄く眠いな。
今寝ちまったら、間違いなく死ぬだろうけど。
無理だ、耐えられない。
ここで、俺は寝ることにするよ……。
お休みなさい。




