ちょっとした事件
体育祭も終わって、一ヶ月が過ぎた。
つまり今は、六月。
そしてこの日、ちょっとした出来事が起きた。
「……珍しいな。一之瀬が欠席だなんて」
二年S組の教室に、一つ空いている席があった。
それは、一之瀬の席であった。
「春香、休むような前兆は見せなかったけどね」
「う~む、これはもしや……風邪か?」
一之瀬も、一応は体調管理とかがしっかりしていそうだ。
それだけに、風邪を引いたとなると、少し心配になるな……。
「そういえば、一之瀬の兄も今日は休んでるって聞いたぜ」
「一之瀬の兄?……てか、兄いたんだな」
「そうみたいだね。けど瞬一、春香ちゃんのお兄さんは、この学校でも有名な方だよ?」
「え、そうなの?」
学校のことに対してはあまり関心がない為か。
生徒会長の顔といい、本当に俺って知らないことばかりだな。
で、今回はどんなことが……。
「人当たりが良くて、イケメン」
「この学校で実質トップの成績を誇る男」
「その名も……一之瀬辰則!!」
……北条と晴信の二人は、打ち合わせでもしたのだろうか。
ここまで息が合うとか、コイツら敵同士じゃなかったのか?
「一之瀬辰則、ね……」
「さすがは春香ちゃんのお兄さんだよね。この学校で実質的にトップの成績を誇ってるなんて」
「何、学年でトップの成績をとったとか?」
「みたいだね。去年の三学期末試験で一位を取って、今回のクラス分け試験でも、ぶっちぎりのトップ通過らしいしな」
晴信でもそこまで知っているのか。
俺もそろそろ学校のことに関心を持とうかな……。
「にしても、怪しいな」
「何が?」
俺がそう呟くと、葵がすかさず反応する。
「いや、だってよ。一之瀬兄妹が二人して学校を同時に休んでるんだぞ?」
「どっちも風邪で休んでるんじゃないのか?」
「馬鹿。そんな偶然はそう簡単に起きるものじゃねぇよ」
その可能性も否定は出来ないが……俺はそうは思わない。
第一、兄妹二人揃って風邪なら、学校に連絡が来るはずだろう。
なのに、うちの担任にさっき休んだ理由を聞いてみたら、
「ああ……そのことなんだけど、理由知ってる人いないか?」
と、担任まで把握していない様子だった。
……ここまで来ると、一之瀬兄妹に何かあったのではないかと疑いすらかけ始める。
「風邪なら普通、学校側に連絡が行くはずだろ?忘れたとかは普通ありえないぞ?」
「確かに……いいところを突いたね」
大和がそんな返事を返す。
まぁ、大和も同じことを考えてたんだろうけどさ。
「え?大和もまさか、風邪で学校休んでるとは思ってないの?」
「うん。何だかおかしい気がするんだよ。兄妹が二人揃って休んでいるというのに、連絡が行き届いていないなんて」
「だろ?」
俺が大和の言葉に同意を見せると、
「それじゃあ……一之瀬さんが休んでるのは、どういう理由があるって言うのよ?」
北条が俺にそんなことを聞いてきた。
……さすがに、そこまでは知らない、けど。
「それは分からないけど、少なくとも風邪で休んでるわけではないと思うんだよ」
「……なんとなく私もそうじゃないかって思えてきたかも」
葵も俺達の意見に同意のようだ。
「……納得は行かないけど、説得力はあるわね。それに、大和君もその意見みたいだし、正しいのよ、きっと」
やはり北条の判断基準は、大和のようだ。
当の本人は、最後の方の言葉など聞こえていないというような雰囲気だ。
「んじゃ、今日一之瀬の家に行ってみないか?」
すると、晴信からこんな意見が飛んできた。
……意見としては賛成なんだけど。
「お前、一之瀬の家知ってるのか?」
「いや、知らない」
「即答かよ……」
駄目だコイツ。
そういうのを知ってての発言ならまだしも、知らないで言ったのかよ。
「なら、先生に住所とかを聞いてみたらどうかな?」
「……校長に聞いてみるとするか」
「校長先生に?担任の先生に聞かなくていいの?」
葵がそんなことを尋ねてくる。
「ああ。いまどきは守秘義務とかがあってな……担任の元に住所が届いていないことも稀じゃないんだよな。だから、生徒全員の情報を知ってる校長先生の方がいいんだよ」
「なるほど……」
納得したような表情を見せる葵。
晴信達も同じような表情を浮かべていた。
「……というわけで、放課後に校長室の前に集合な」
俺がそう言うと同時に、チャイムが鳴り、授業を始める為に先生が入ってきた。




