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グリッグ


 

 

 母は遠い昔に妖精王の娘だった。

 やがて妖精王の父が亡くなり、女王となったがそれもまた遠い昔となった。

 人の世界は妖精の国と比べて、あっという間に移り変わってゆく。

 しかし母はその世界が好きで、よく出入りして楽しんでいたらしい。

 人の恋人を作り、子供を作り、愛を与えていたという。


 妖精の命は人と比べればおそろしく長いらしいが、永遠という訳でもないようだ。

 やがて母の命もまた、あとわずかとなっていった。

 しかしその中で、母はまたも人の恋人を作り、子供を作り、そして人の命を繋げたりした。

 それらは、あとわずかの命を確実に削ったが、母は全く気にしなかった……。

 

 全てが母の望み通りだったという。

 

 グリッグに呼ばれて母エイディーンの側に来たとき、母は変わらず美しかった。

 

 母は私の手を取り、そして目を瞑った。

 最後に囁いた言葉は「フェリの願いが叶いますように」だった。

 

 母が消えてしまってから、胸にぽっかり穴が空いたようだ。

 何もかもぼんやりしている。

 

 グリッグが来て髪を撫でてくれた。

 

 森の中……のようなのに、まるで立派な部屋の中にいるような、不思議な場所だった。

 フカフカの座り心地の良いクッションの上にいるようだが、座っているのは、草の上だ。

 すぐ隣にちょうどナイトテーブルくらいの石が積まれている。その上にグリッグの淹れてくれたお茶があった。


 辺りの木は宮殿の柱のようにまっすぐに何本も立ち、どこからか光の帯がいくつも落ちてそこらを照らしていた。

 ちょうどその一つが銀色の薔薇の花を浮かび上がらせている。

 暗い木肌と緑の濃淡しかかない中で、一輪だけ咲いている薔薇だった。

 

 グリッグの手が背中に添えられている。

 その手がないと倒れてしまいそうだった。

 

 グリッグはいつも優しい。

 いつもお茶を淹れてくれ美味しいものを食べさせてくれ。

 いつも助けてくれる。


 グリッグが来る前は大変だった……。


 ……。


 グリッグの来る前……?

 前って……。なんだろう……。

 

 耳元でグリッグの声がした。

 

 

 ……フェリが次の妖精の女王なのだから

 

 ……元気を出して

 

 ……フェリが願えば全て薔薇色になるから

 

 

 薔薇色……。

 

 ……わからない。

 この胸の穴をどうやって埋めればいいのか。

 

 何か……。

 何か大きいものをなくしてしまった気がする。

 

 不意に背中からグリッグの手が消えた。

 さっと回り込むと、すぐ目の前に立つ。

 急なグリッグの動きに、ちぎれた草が何本も舞い上がった。

 

 地響きとともに、何かが飛び込んできた。

 ……空から、飛んできたようだった。

 それは、大きな猫だった。

 青い宝石のような目をした、美しい猫。

 

「帰れ」

 

 グリッグがそう言うのと同時に、その猫が森が震えるような大音声をあげた。

 

 

 ──フェリ!

 

 

 どうしてこの猫は私の名前を知っているのだろう。

 

 そして、どうして私は、突然涙が止まらないのだろう。

 

 猫が最初の叫びとは違う、押し殺したような声を出す。

 

 ──グリッグ、お前はあのとき、

 フェリが毒使いと会ったと言ったとき、

 フェリを見て、フェリはあいつと何も契約したりしていないと見抜いただろう!


 グリッグは黙って立っていた。

 

 あの猫は私のことを話しているのだろうか。

 

 どうして、胸が……。


 ──なら今見えないか!

 ──私とフェリの約束が!

 ──私たちはずっと一緒だと約束した!

 ──フェリは私のそばにずっと居ると約束した、

 ──その約束が見えないのか?

 

 ──見えるだろう!

 

 ──お前らにとって約束とは大切なものではないのか!

 

 猫がまた最後に叫んだので、森がビリビリと揺れた。

 

 グリッグの背中が震えている。

 苦しそうな声が聞こえた。

 

 ……約束は

 ……契約とは

 ……違う……

 

 と、眩しい光がこちら目掛けて飛んできた。

 グリッグがそれを手で払う。

 光は跳ね返され、でも猫のように叫んだ。

 

 グリッグ、諦めて。

 フェリの記憶を奪っても、

 皇子との約束が

 ボタンのように残って、

 フェリの心を繋ぎ止めている!

 

 分かってるくせに! 


 フェリはエイディーン様の代わりではないのよ!

 

 その光が、銀の薔薇をもぎとった。

 グリッグは手を伸ばしたが、光に触れる前にその手を握りしめた。

 薔薇が私の手に落ちてくる。

 輝く薔薇が手の中で水のように流れて、吸い込まれて、いく。

 

 私の心に……ランディの顔……が。

 いくつもの顔が……。

 浮かび上がった。

 

 振り返ったグリッグが私の手を取った。


「もう俺のビスケットは……食えねえぞ」

「……」

「パイだって……」


うん……。


「俺が、これから、何百年も甘やかしてやったのに……」


うん……。


「泣くなよ」


グリッグこそ……。

 

 ……そんなに悲しそうな顔をしないで。

 

 

 グリッグ

 あなたが妖精王だよ

 きっととても素敵な妖精王

 

 それが私の願い。


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