甘い
さてデューク様に保護されて1週間、私は暇を持て余していました。
足の怪我は腫れが多少収まり、そうなると身体は元気なのでどうにも落ち着きません
デューク様もリュシエルお母様も何かと気に掛けてくれるのですがそれでも丸一日ずっと室内では限界があります
という事で、私シンデレラ、本性を出す事にしました!
「サリー、お仕着せ持ってきてるよね?」
「はい、ですが本当になさるのですか?」
「うん、暇で死んじゃいそう、お願い協力して?」
「大公様は・・・」
「大丈夫、好きに過ごして良いって言ってたから」
「程々にして下さいね、シンデレラ様・・・」
「勿論、迷惑は掛けないから!」
こうしてシンデレラは余所行きの顔を脱ぎ捨てた。
とある日の朝、デュークはいつもの様にシンデレラが居る離れへと向かっていた
毎日通い妻ならぬ通いデュークとなった彼の表情は明るい
あまり感情を表に出すことの無いデュークの様子に屋敷の使用人は最初困惑していたが、それも愛しい人が出来た事でとても良い事だと見守っている。
城では氷の宰相と呼ばれ、距離を取られているのだが
今のデュークを見たら驚きで顎を外して驚く程の変わりようである。
今日の朝食は本邸で皆で一緒に食べようか
勿論そこまで彼女を運ぶのは自分だ
顔を真っ赤にして照れるだろうか、おずおずと首に手を回して掴まってくる彼女の姿を思い浮かべる
離れのドアノッカーを鳴らして入る
流石に無言で女性の居る屋敷に入るのはいけないと自分の存在を報せるのを決めていた
シンデレラの侍女がいつもの様に、
・・・来ない
いつもなら侍女のサリーが来てシンデレラの元へ案内してくれるのだが、いくら待っても出て来なかった
「ん?」
おかしい、デュークは直感した
多分離れにシンデレラとサリーが居ないと
ふと、正面の柱に張り紙がされているのに気付いて確認する、そこには
「少しお出掛けします シンデレラ」
との張り紙
「な、なに!?」
デュークは焦った、仮初の婚約者とは言え自分の元には当面居てくれると思っていたシンデレラが、朝イチ、姿を消していたのだから
出て行くにしても彼女なら必ず挨拶をしていくと思っていたデュークは衝撃を受ける
そもそも足もまだ完治していない、そんな状態で外に行くという事は余程此処が嫌になったのか?
慌てて離れの玄関に居る護衛に聞く、
「彼女が居ない、シンデレラが何処へ行ったか聞いているか?」
「は、本邸に行くと仰っていました、てっきりデューク様は聞いていると思っていたのですが・・・」
護衛は困惑していた、主は把握しているものと思っていたのに目の前で慌てているのだから
「何時位に出た?」
「4時程に・・・」
「4時!?何故そんな早朝に・・・」
「さ、さあ・・・、デューク様が呼んだのではないのですか?」
「女性をそんな早朝に呼び付ける訳ないだろう」
それもそうだ、女性が4時に出掛けるとなれば起床は更に前の時間
身支度を考えると2時3時には起きていた事になる
デュークは踵を返し、本邸へと走った。
「あ、デューク様!!」
呼び止めようとした護衛の声は、デュークの耳には届かなかった
「・・・お仕着せを着て出掛けた、んだけど・・・」
走って本邸に帰って来たデュークは汗も拭わず
近くに居たセバスに聞いた
「セバス!シンデレラは何処にいる?」
「は?シンデレラ様ですか?」
「そうだ、本邸に来ていると・・・」
「把握しておりませんが、探させましょう」
「頼む」
そうして屋敷内の捜索が始まり、程なくして見つかった
厨房に居たと報告があがり、早速向かった・・
「あ、そうなんだ」
「うん、他にも・・・」
「ふふふ、いい事聞いちゃった」
「へへ、それにしてもお嬢様包丁慣れてるな」
「手料理は基本だからね」
「へえー、お嬢様でも料理するんだな」
厨房、野菜室の前で芋の皮剥きをしているシンデレラが居た、仲良く見習いと話しながら・・・
一先ずシンデレラを見付けてホッとしながら問う
「・・・何をしているんだ」
「あ、おはようございますデューク様」
デュークに気づいたシンデレラは笑顔で挨拶をした
見習いの方はやべえ!といった様子で気まずそうにしている
「おはようシンデレラ、それでこれは?」
「皮剥きをしています」
それは見て分かる
お仕着せを来て、三角巾を頭に巻き
木箱に座って芋の皮剥きをするシンデレラ
完全に厨房に馴染んでいた、ただ綺麗な金髪だけが浮いてはいたが・・・
「・・・何故シンデレラが皮剥きを」
「?、芋がそこにあるから、ですかね?」
「いや、そんな哲学的な話ではなくて・・・」
「お嬢様、恐らく大公様は客人であり婚約者でもあるお嬢様が何故下働きの様な事をしているのか聞いているんですよ」
「あ、そっか、えっと、暇だから?」
「ひ、ひま?」
「はい、暇で、あとずっとお世話になりっぱなしも申し訳ないので働こうかと」
「・・・シンデレラ、君は伯爵令嬢だぞ」
「はい?」
「そういう事は他の者に任せてだな」
「でも、デューク様も好きに過ごして良いと言いましたよね?」
「む」
「この足だとお掃除は出来ないので、皮剥きかなあ、と」
「掃除・・・」
話しながらも手は止めずに慣れた手つきで皮を剥いている
皮は薄く、手つきもしっかりしている
料理をするとは聞いていたが
精々クッキーの型抜きであるとか、野菜を2つに切っただけだと思っていたデュークは驚いた
この様子だと本当に普通に料理をしていそうではある
普通の貴族令嬢は料理なんてやらない、包丁も持つことは無いだろう
それが常識、デュークもそう思っていた
「あ、その反応、料理は嘘だと思ってましたね?
これでもそれなりには出来るんですよ、本職の人には敵いませんが・・・」
「う」
図星だった
「だが、何故突然そんな事を・・・」
「うーん、手持ち無沙汰なのは本当です、あとは知ってもらおうかと」
「知ってもらう?」
少し頬を染めてシンデレラは答えた
「はい、かりそ・・・、えーっと、お互いを知らないと好きも嫌いも無いので・・・」
仮初の婚約者と言おうとして止めた、周囲には厨房の人達が居る
王子の件で一応婚約者となってはいるがそれはデュークとリュシエルからの提案
あくまでも王子から逃げ切る為の計画の一環だと
しかし、いざそうなってみるとデュークは本気で好意をぶつけて来たのだからシンデレラは驚いた
出会った時からやたらと親切で優しいので、まあ悪くは思われていないだろうな、とは思っていたものの
離れを丸々1軒自分に宛てがい
毎日訪れては困った事はないか、欲しいものは、と言い
花を必ず持って来てプレゼントされては
男性経験のないシンデレラでも気付く
デュークは自分の事を好いていて、口説かれているのだと・・・
シンデレラなりに自分を知って欲しいとの歩み寄りにデュークは彼女を抱きしめた
「デューク様!?」
包丁とじゃがいもで手が塞がっているシンデレラは抵抗出来ない
「シンデレラ、こんな可愛らしいアプローチをされては・・・
全てが終わった時、嫌がっても君の事を離してやれないぞ・・・」
「へえっ!?」
おかしい、自分の家の行動をしてどちらかと言えば呆れられると思った暇潰しのつもりが
何故かデューク様のツボを刺激したようで、好感度が爆上げした気がする・・・
抱擁を解いたデューク様の視線はとても熱のあるもので
私から包丁とじゃがいもを取り横に置くと
手を握ってキスを落として来た
「ひゃっ!!」
突然のスキンシップにシンデレラは顔を赤く染める
「シンデレラ、その反応は少なくとも私に対して好意を持っていると自惚れても良いかな?」
「な、ん、・・・」
「君の知る男性の中で私は1番になれるのだろうか?」
「え」
私の知る男性の中で?
知っている男性って、クラスの人に、先生、王子、庭師のガイリーおじいちゃん、料理長のブロックさん
うーん、デューク様が普通に1番かな?
いやそもそも最初にデューク様を見た時から顔は好みですし
知り合って1週間くらいだけど、とても紳士だし
あ、大公って言う最高の地位に居るのにそれを感じさせない様子は最高だよね
こう、スマートというか、大人の落ち着いた魅力というか・・・
「シンデレラ?」
「デューク様が普通に1番ですけど?」
「お嬢様!?」
「え?何、サリー」
「それは婚約を・・・」
「あ」
言われて、言って気付く
これでは求愛しているデューク様に、私も好きですと言ったようなものだ
「あああ、あのですね、今のはデューク様の事が好きって訳ではなくて、や、嫌いでは無いんですけどっ、むしろ好きなんですがそうではなくて
男性の中では1番素敵かな、なんて、あ、ちがうっ、えと他の男性は子供と家族と論外と言いますか、そういう対象はデューク様しか居ないと言うか、いやいや、待って下さい、違うんです違うんです」
パニクったシンデレラは失言の嵐だった
嘘は言っていないのだけど、面と向かって好意を示すのも照れくさく、決して嫌ってる訳では無いが
好き、と言うのも恥ずかしいし
そんなシンデレラを見て何を思ったのか、デュークは再び抱き締めて
今度は誰にも聞こえないよう、シンデレラの耳元で囁いた
「シンデレラ、愛している」
そう言って耳朶にキスをしたのだった。
「っ、きゃぁぁぁぁーーっ!!」
男性経験、交際経験のないシンデレラにデュークのあまーい行動は完全に容量オーバーで、耳も顔も真っ赤にして走って逃げて行ってしまった
「シ、シンデレラ!?」「お嬢様ー!?」
その後、怪我を悪化させて医者には怒られ
治療期間が延びたのは言うまでもない・・・




