#11:なんでもなくとんでもなく夏の日のタコ焼き。
泣き止んだ弟子を連れて、二コラは暗くなった大通りのベンチに座っていた。
当の長重郎は、泣きはらして疲れ切ってはいるものの、平静を取り戻して師匠の買ってくれたタコ焼きに警戒しながら楊枝を刺し、口に入れた。
――思ったより熱くない。作り置きだったのだろうか。
「――それなら、先生はどうするつもりだったんですか?」
「何が?」
「元々、明堂哲人は女子高生チームの助っ人の予定だったんでしょ? 先生が当たったら真剣勝負してたんですか?」
気付いてたの? と二コラは自分もタコ焼きをパクリ。
長重郎もその場にいたはずだが、完全に初耳という様子で、というか、泣きじゃくっていて本当に耳に入っていなかったであろう。
ここまでは顛末の聞き役に回っていたが、一億円のエキシビジョンを奇兵が断ったという話まで聞いたところで長重郎は聞き役から語り手へと自ら転じたのだった。
「変だとは思ってましたからね。
先生は“裏のデュエリストと戦わせてくれる”という話で俺を連れてきてくれたのに、蓋を開けたら素人の女子高生や女刑事にホームレス……ホームレスが牧門奇兵だったのもイレギュラーな事態だったわけですし。
相手のチームは不自然に三人しかいなかった、となれば、シナリオの予想は付きますよ」
「まあね。元々のシナリオは“圧倒的な強さでプロデュエリストがカワイソウな女子高生と女刑事を蹴散らす! そこに颯爽と現れる組長!”だったからね。
あたしは八百長はする気はなかったけど、まあ、あたしじゃあ明堂哲人には勝てないかなぁ、と思ってたわ」
長重郎の中でいくつかの疑問が収まるべきところに収まったのを感じた。
そもそも、悪徳警官の姦計で女子高生の人生が終わろうというのに、二コラはいくらなんでも飄々としすぎていた。
確かに真剣勝負で責任はないというのは正論だが、いくらなんでも割り切りがすぎた。
ニコラが何人倒そうと、最終的にはお互いのチームの最強カード同士の対決となる。
すなわち、表の大会を制した長重郎、裏の世界で最強と目される明堂哲人の直接対決という形になるというわけだ。
「……俺も、明堂哲人には勝てないと思ってましたか?」
「まあね。その状況になったら長重郎はプレイに集中できなくなって、その隙を見逃さずに組長の切り札が炸裂、っていう流れだと考えてたわ。
自分が勝ったらステラちゃんの人生が終わるっていう状況で動揺しない長重郎って想像できないし、上の空で勝てる相手でもないからね」
長重郎の中で、相反する矛盾した感情が生じていた。
ひとつは、“先生はそこまで考えた上で自分の成長を考えて試合を組んでくれた”という白い気持ち、
もうひとつは、“自分は先生に最強だと思われていなかった”という黒い気持ちだ。
「……実際には……俺は不甲斐ないばっかりに……牧門奇兵に敗けた……」
「ま、敗けたのは私も一緒だけどね。大金を追加してエキシビジョンの形にしたのは苦肉の策でしょうね」
「……それ、勝てば一億円っていう試合、本当に断ったんですか? 牧門奇兵は?」
「そ。即答でね」
「なんて奴だ」
その場にいて長重郎もいたが、号泣していて長重郎は本当に聞いていなかったらしい。
それ自体がある意味で、勝利や敗北よりも驚くべき状態なのだが、指摘する人間はこの場にはいない。
「――連中からしても強制はできないからね。
脅迫して試合をさせようもんなら賭け試合にはならないし、少なくともあの場で強硬手段には出られない。
そこまで奇兵が計算していたかは知らないけど、ね」
様子からすれば単に意地で拒否しただけのような気もニコルはしていたが、牧門奇兵という男がどこまで計算しているのかは、どこの誰にも測れはしないだろうとも理解していた。
明堂哲人と牧門奇兵。精神力とデュエリストとしての腕の二つの点では、そのふたりは規格外と判断するしかないのだ。
そんな男が相手だったわけだが、既に長重郎は泣きじゃくるだけの負け犬の目をしていない、戦う狼の目に戻っていた。
「先生、俺……実は表の世界だけじゃなく裏の試合でも勝ったら、先生に伝えたいことがあったんですけど、敗けてしまったので、もう、口にしません。
敗けた男が口にしていい言葉じゃありませんから」
「――私にプロポーズするって話なら、さっき聞いたけど?」
「すみません、聞かなかったことにしてください」
――配信で裏世界のカードフリークたちは全員見ているんだけど――
愛弟子の真剣な言葉にそう返すほど、二コラは野暮でもなかった。
戦う狼の目、で言うことかなぁ。
「俺は牧門奇兵を倒します。完膚なきまでに倒します。言い訳の余地のない完全な形での勝利です。
あいつが現段階で地上最強のデュエリストなのは間違いないと思いますし、それを倒すのが地上最強の証明だと思います。
そのあとは明堂哲人にも勝ちます。先生が俺より強いと思っている人間は同じく倒します。
地上最強の先生に相応しい男になったとき、俺は世界中の誰よりも先生を愛していると愛を伝え先生を必ず世界で一番幸せな奥さんにしますが、それまで俺が先生が好きだということは口にしません」
「……うん、えっと、そうね。うん」
もはや何も言うまい。歳の離れた愛弟子の突然の言動に困惑する部分は有りつつ、二コラは空を眺めた。
夏の夜空、闇の中に立体映像のように花火が打ちあがった。
本当の熱と輝きを持ったそれはすぐに消えても、人の心に熱と輝きを残すのだ。
「たーまやー!」
時を同じくして、河原にブルーシートを張った特設会場。
花火がよく見えるのだが、近年ではホームレスが住みついて近隣住民は夜はあまり立ち寄らなくなったスポットに、ステラたちはいた。
なんのことはない、ただ単に奇兵が約束していたという、ホームレスの花火見物にステラと翼も参加したのだ。
賞金一億円という試合を蹴った約束というのは、ホームレスたちと一緒に花火を見るというものだった。
翼の車に翼のカネで買った差し入れを持って現れた一行を、ホームレスやその予備軍の面々が迎え入れたとき、ステラには奇兵が何を大事にしているのかが分かった気がした。
「キーさん! 遅かったじゃん!」
「キーちゃん、来ないかと思ったよ」
「おー、キーくんじゃん、彼女連れ?」
ホームレスと一言に言っても、職があったり、他の家があったり、様々な事情がある。
中には地上最強のデュエリストのひとりやふたり、いるのだろう。
「助かったぜ翼、遅れて来るだけだったら面目が立たなかった。借りはその内返すからツケといてくれ」
ペットボトルのコークを片手に、ツマミとしてスーパーで買ったパックのタコ焼きを割りばしで口に放り込み、奇兵はカオスキーパーをしていたときと変わらない自然な笑顔を見せていた。
「借りというなら、恩が有るのは私の方です。お礼をなんと言っても足りません。牧門さん」
「奇兵で良いさ。
それに俺はカオスを誘われたから遊んだだけだぜ? 恩なんてねえけど……。
それなら、このタコ焼きで帳消しってことにしよう。その方がお互いにサッパリするさァ」
「奇兵さん……本当にありがとうございます」
「それはそれとして……翼、お前のデックを見ていないな。対戦しないか」
「あ! あたしもキーにいと対戦したい!」
「面白い! 相手をしてやろう!」
奇兵は、マキツキヘイなのでキーちゃんだのキー坊だのとホームレスたちに呼ばれていた。
意気投合したステラは、オレンジジュースを片手に盛り上がり、奇兵のことも自然とキー兄さん、という意味だろうか、あだなを定めていた。
かくして、今日の朝までは濡れ衣の冤罪を押し付けられ収容され、犯罪者としての人生を強いられて心を砕かれかけていた伊藤ステラ。
既に、その気配もない。
見ず知らずのホームレスたちと一緒に騒ぎ、花火を見て、カオスキーパーズを好きな女子高生のままだった。
ひとつの事件は終わったが、これは誰の人生からしても転換点ではあり帰還不能点でもあったが、到達点ではないのだ。
表舞台から去った伝説の男、牧門奇兵が裏のデュエルに姿を現した日。
不運な女子高生、伊藤ステラが自らの意志でひとつの不幸を乗り越えた日。
正義溢れる女刑事、織宮翼がひとつの正義を守り抜いた日。
神木長重郎の、洞須二コラの……そして多くの舞台上に登場していないデュエリストたちにとっても、運命の通過点にして、後戻りのできない運命の日。
それが今日、この日だったことに人々が気付くのは、まだしばらく後の話。




