相談
「お招きありがとう存じます、ハンネローレ様」
「ローゼマイン様、ようこそおいでくださいました。お休みの日である土の日にわざわざありがとう存じます」
「気にしないでくださいませ。土の日でなければ、今の時期はまだ側近達が動けませんもの」
挨拶をしていたわたくしは、ローゼマイン様と一緒にお茶会室へ入ってきた者達に驚いて目を見張りました。シュバルツ達のようなシュミルの動く魔術具がローゼマイン様を取り巻いています。
……まぁ、なんて可愛らしいのでしょう!
「ふふっ、フェルディナンドが新しく作ってくれたわたくしの側近達です。薄い緑色がアドレット。資料の検索など、図書館のお仕事を専門にこなします。茶色がリサ、赤色がネリー。図書館における護衛に特化した魔術具で、本を傷めないように戦います。普段はアレキサンドリア図書館を荒らす者を排除する図書館の守り手なのですが、貴族院ではわたくしの護衛騎士です」
ローゼマイン様がそれぞれの額の魔石を撫でながら教えてくれます。
「こちらの水色がディナン。シュミル達のまとめ役です。シュバルツ達と同じように図書館業務も護衛もできて、少し喋るのですよ。ディーノ、わたくしのお友達のハンネローレ様です」
わたくしを紹介しながらローゼマイン様はディナンを撫でました。ディーノは愛称でしょうか。ディナンがクリンとした目をわたくしに向けます。
「ハンネローレ、あるじのおともだち。おぼえた」
「まぁ、本当に可愛らしいこと。よろしくお願いしますね、ディナン」
「わたくし、レッサーくんの護衛が良いと言ったのですけれど、貴族院にいる皆を驚かせるからと却下されてしまったのです」
ローゼマイン様は残念そうにおっしゃいますが、わたくしは周囲の者達の意見に賛成です。レッサーくんは、あのグリュンの名前でしょう。貴族院で連れ回すには少し問題があると思います。
わたくし達がシュミル達について話をしている間に、コルドゥラ達はアレキサンドリアから持ち込まれたお菓子を確認してテーブルに並べていきます。準備が整ったというコルドゥラからの合図を受けて、わたくしはローゼマイン様に席を勧めました。
「本日のお菓子はエーレンフェストからレシピを買い取ったクッキーです。以前、ローゼマイン様がダンケルフェルガーのロウレを使ってカトルカールを作ってくださったでしょう? 参考にしてクッキーにも入れてみたのです」
春の領主会議で買い取ったレシピをダンケルフェルガーでおいしくいただくために宮廷料理人達が試行錯誤をしていました。新しいレシピが入ってくることで料理人達が奮起するため、試作品が多くなってわたくしは少し嬉しいです。
干したロウレをそのまま入れるよりも少し刻んでから入れるようになったのも、彼等の研究成果です。クッキーの生地を薄く広げて焼き、クリームやロウレを挟むのもおいしいことを発見しました。けれど、美しく食べることが少々難しく、お茶会に出すためにはまだまだ改良する必要があるそうです。
ロウレのクッキーを一口食べて見せながら、わたくしは料理人達からの報告を思い出して伝えます。一口食べたローゼマイン様が少し真剣な顔でクッキーを咀嚼し、じっとクッキーを見つめた後、ほわりと顔を綻ばせました。
「ダンケルフェルガーでは他領から買い取ったレシピを上手く取り込んでいらっしゃるのですね。ロウレの甘みを利用することで砂糖の量を少し減らしているようですし……。とても研究熱心な料理人がいて、頼もしいこと」
……少し食べただけで、そのようなことがわかるのですか。
「本日のアレキサンドリアのお菓子はリコーゼのタルトです。わたくしもエーレンフェストとの差を出すためにアレキサンドリアの特産を使ってみました。本当は旧アーレンスバッハのお菓子と上手く組み合わせることができればよかったのですけれど……」
ローゼマイン様が残念そうに微笑みましたが、仕方がないと思います。
「旧アーレンスバッハは砂糖菓子でしたから、ランツェナーヴェに繋がる門を閉じてしまうと難しいでしょうね」
ランツェナーヴェと取引が有り、砂糖の輸入を一手に担っていた旧アーレンスバッハでは、お菓子といえば砂糖だけでできている繊細な砂糖菓子でした。門を閉め、砂糖の輸入ができなくなると、作ることはできません。
「旧アーレンスバッハは唯一国境門が開いている領地であることを誇示するために、砂糖を前面に押し出しすぎていたため、土地の特産品を活かした物が少ないのです。領主一族や貴族街の者達とっては、その土地の物は平民が消費する物と考えていたのではないかと思うほど、日常食に輸入品が多く使用されていました」
ローゼマイン様は土地の特産品を取り入れることに注力しているようですが、食べ慣れた味覚を求める方も多くて難しいようです。
「旧アーレンスバッハの貴族達は味覚がランツェナーヴェの香辛料や砂糖によって作れられていますから、求めるなとも言えませんもの。でも、おかげで、香辛料などの研究が熱心に進められています」
自分達が食べ慣れた物を食べられるように、アレキサンドリアの文官達は研究に没頭しているそうです。ローゼマイン様の口から語られる研究所の様子は、何だかとても微笑ましく思えます。
「砂糖は最も研究が進んでいるので、来年には少し生産できるようになるでしょう。気候的にダンケルフェルガーが生産に向いていると思うので、次の領主会議では砂糖の生産に関するお話もできれば、と思っています」
……お父様にそれとなく知らせておいてほしいということでしょう。
「クラッセンブルクやギレッセンマイアーの北で採れていた蜜に、今年はとても需要が集まりましたからね。……国境門を開くのも来年からですか?」
今年は領地の線の引き換えが多く、ブルーメフェルトやコリンツダウムといった新しい領地を整えることにツェントが注力していらっしゃいました。来年からは各地の態勢が整えば国境門を開くそうです。
「ダンケルフェルガーの準備は整っているのですか?」
「ローゼマイン様が現れた時から、いつ開くのかと民は待ち構えている状況です。ただ、ダンケルフェルガーも領地の境界の引き直しで土地が広がったため、今はそちらを整えることに力を注いでいます」
ダンケルフェルガーが「国境門を開いてほしい」とツェントに願い出るのは、もう少し先のことになるでしょう。
「領地の境界に変化のなかったハウフレッツェ、ギレッセンマイアーは願い出るのが早そうですね」
ローゼマイン様の言葉に頷きながら、わたくしは側仕え達にお茶を入れ替えるように指示を出しました。お茶が取り替えられ、お菓子がお皿に盛り直されます。話題の変換を察したのでしょう。ローゼマイン様の側近達もお茶を入れ替えると、少しだけ下がります。わたくしは盗聴防止の魔術具をローゼマイン様に差し出しました。
「ご相談とは何でしょう、ハンネローレ様?」
「もう少し元婚約者であるヴィルフリート様へのご配慮をいただけたら、と思いまして……」
「ヴィルフリート様への配慮と、申しますと?」
思い当たることがないようにローゼマイン様が首を傾げられました。わたくしの様子を窺っているのか、本当にわかっていないのか、よくわかりません。ただ、はぐらかされて終わってしまうことは避けなければなりません。
「ヴィルフリート様と婚約していた頃から、フェルディナンド様とばかり恋歌を作っていたというのは、あまり聞こえの良いものではないと思うのです」
わたくしが意を決し、音楽の講義のことを説明すると、ローゼマイン様は困ったような笑みを浮かべて「少し皆の呼び方を以前に戻しますね」とおっしゃいました。そうでなければ伝わりにくいから、とローゼマイン様が微笑みます。
「フェルディナンド様と作曲していたのは、洗礼式前からフェルディナンド様がアーレンスバッハへ向かうまでの頃の話です。わたくしの外見が幼すぎたせいもあるのでしょうけれど、当時は後見人と作曲することを聞こえが良くないと注意する者はいませんでした。フェシュピールコンサートは受け入れられましたし、他の曲を、という声も多かったですから」
わたくしは現在のローゼマイン様とフェルディナンド様が一緒に作曲している姿を思い浮かべていましたが、実際に作曲をしていた頃はもっと幼い頃のことだったのです。けれど、幼い頃からの想い人なのですから、心情的には同じでしょう。
「それに、楽譜集を売るためには恋歌が一番周囲に受け入れられやすいだけで、実際に作った曲は恋歌以外が多いですよ。わたくしの楽師は神殿育ちで恋情への理解が浅いのです」
「ですが、フェルディナンド様ではなく、ヴィルフリート様とお作りになってもよかったのではございませんか? どうしてもフェルディナンド様を優先して、婚約者を蔑ろにしているように思えるのです」
楽譜集を売るという言葉に何となくずれている部分を感じつつ、わたくしがそう言うと、ローゼマイン様はとても困った顔になりました。
「申し訳ありません。その、フェシュピールの練習さえ嫌がるヴィルフリート兄様を神殿に呼び出して、編曲に付き合わせることが婚約者として正しい姿とは思っていませんでした」
……あ……。
わたくしも決してフェシュピールの練習が好きなわけではありません。ローゼマイン様が新しい曲を思いつく度に、共に編曲するように求められても困るでしょう。当時のヴィルフリート様はローゼマイン様がフェルディナンド様と作曲することを全く気にしていなかったかもしれません。
「わたくしこそ申し訳ありません。……そうですね。ローゼマイン様はたくさん作曲していらっしゃいますもの。ヴィルフリート様が音楽を好んでいなければ無理にお誘いはしませんよね。フェルディナンド様は作曲がお好きなのですか?」
「えぇ。新しいレシピや曲を報酬や交換条件にすれば頼み事を引き受けてくださるくらいお好きですよ。フェルディナンド様がお金や熱意だけで動いてくださらないことはディッターに誘い出そうとするダンケルフェルガーの方々がよくご存じでしょう?」
あまりにも予想外の言葉が出てきました。わたくしが想像していたのは、秘密裏に想い合った二人が定められた婚約者から隠れて恋歌を作るという甘い情景でした。でも、報酬や交換条件という言葉で、それが一気に崩れていきます。
……そう、ローゼマイン様はこういう方でした。何故わたくしは当然のように甘い情景を想像してしまったのでしょう。
恋愛話をしているつもりだったのに、図書館都市の構想を情熱的に語られて呆然としてしまった時のことを思い出しました。フェルディナンド様の魔力で作られた装身具の数々に、お二人の恋仲を確信したのですが、それが間違いだったのでしょうか。それとも、幼い頃からの想い人がフェルディナンド様であるというヴィルフリート様のお言葉が間違っているのでしょうか。
「あ、あの、ハンネローレ様。もちろんヴィルフリート兄様が新しい曲やレシピをお望みだったならば、わたくしはフェルディナンド様と同じように頼み事の交換条件としてお譲りしたり、養父様と同じ値段で販売したりしましたよ。でも、ヴィルフリート兄様は特に望んでいませんでしたし、養父様から譲られているので、個人的な取引をしたこともないのです」
ローゼマイン様は取り繕っているおつもりなのかもしれませんが、わたくしは「販売」という言葉に眩暈を感じました。まさかアウブ・エーレンフェストにお金を請求しているとは思わなかったのです。
「ローゼマイン様はご家族や婚約者が相手でも曲やレシピを販売するのですか?」
「自分の知識にどれだけの価値があるのか、示す必要があるでしょう?」
……家族に対して自分の価値を?……あ!
ヴィルフリート様やシャルロッテ様が本当の兄弟のようにローゼマイン様と非常に親しくしているので失念していましたが、ローゼマイン様は元々上級貴族で養女です。アウブの実子と違い、領主候補生として相応しい能力があることを示し続ける必要があったのでしょう。
「……恋情ではなく、非常に割り切った関係の中でできあがった曲であることは理解しました。けれど、今のフェルディナンド様とローゼマイン様の状態で音楽の課題に恋歌を選択するのは無用な誤解を招きますし、その度にヴィルフリート様は婚約解消されたことについて噂されるのです」
せめて、音楽の時間に選択した自由曲が恋歌でなければ、これほどわたくしも無用な誤解や詮索をすることはなかったでしょう。わたくしの言葉に、ローゼマイン様は不可解そうに眉を寄せると、「音楽の課題のお話ですよね?」と首を傾げました。
「わたくしが弾いたのは、大事な人と交わした約束を守り続けることを誓う歌でしたが、どこから恋歌が出てきたのでしょう?」
わたくし達はお互いに顔を見合わせ、何度も目を瞬かせます。かなり食い違いがあったようです。
「ローゼマイン様、歌詞の中にあった、最高神の下で契約を交わして新たな家族を得る時とは、星結びのことですよね?」
「ち、違います。星結びではなく、わたくしが養子縁組をすることになった時のことです」
「どんな時にも心を寄り添わせていたい、というのは……?」
「立場や身分が変わっても、元々の家族と心は同じでありたい、と……」
ローゼマイン様がすまなさそうに小さな声でおっしゃいます。養子縁組をする時に元の家族に対しての思いを綴った歌だったそうです。丁寧に解釈されれば理解できるのですが、養子縁組という少々特殊な状況を歌った物だったため、歌を聴いただけで理解できる者はいないでしょう。同じ歌詞でも作曲者と聴衆にこれほど乖離があると思いませんでした。
「うぅ……。もしかして、皆様には恋歌だと思われているのでしょうか?」
「愛しい方と婚約した喜びを奏で、星結びを心待ちにしているようにしか聞こえませんでした。周囲の反応も、その、申し上げにくいのですが、わたくしと同じように感じていらっしゃる方がほとんどだと思います」
口元を押さえてローゼマイン様が固まってしまいました。あまり一般的ではありませんが、ローゼマイン様にとってはとても深く心に刻まれた思い出を歌にしたのでしょう。わたくしは何と声をかければ良いのかわからなくなりました。
「少しお茶でも飲んで落ち着きましょうか」
わたくしは盗聴防止の魔術具を手放し、周囲でハラハラしたようにローゼマイン様の様子を見守っている側仕え達に手を振って、お茶の取り替えを促しました。
「リーゼレータ、わたくしの音楽の自由曲は恋歌だと周囲に認識されているようです」
「上級貴族からの報告書にはそのように載っていましたから、フェルディナンド様もご存じですよ」
「え?」
「ローゼマイン様が好んで恋歌を選曲するとは思えないが、周囲に誤解されたところで大して問題あるまい……だそうです」
ヴィルフリート様が蔑ろにされているように見えたり、噂で嘲笑されたりしても表向きは王命で婚約しているお二人に何の被害もありません。ローゼマイン様に被害がなければフェルディナンド様は気にも留めないのでしょう、きっと。何となくランツェナーヴェ戦を思い出しました。
……あの時のように、フェルディナンド様は周囲に誤解させたいのでしょうか。
もそもそとお菓子を食べて、お茶を飲んだローゼマイン様が盗聴防止の魔術具を再び手に取りました。秘密のお話の再開です。ローゼマイン様に悪気がないことはわかりましたから、ヴィルフリート様の現状をお話すれば配慮してくださるでしょう。
「色々な面で行き違いがあるようですが、ローゼマイン様はヴィルフリート様のお立場や噂についてもご存じないのでしょうか?」
「耳には入っていますけれど……」
うーん、と少し悩むように頬に手を当ててローゼマイン様はわたくしを見ました。
「ハンネローレ様はエーレンフェストの祝勝会にいらっしゃったのでご存じでしょう? 想定外の事態によって婚約する相手が変わっただけで、王命による婚約解消というヴィルフリート兄様の立場は前々から決まっていました」
王族に嫁ぐことを嬉しそうに話し合っていたエーレンフェストの貴族達の姿を思い出します。あの時のヴィルフリート様は「王命であれば仕方があるまい」と明るく、気丈に振る舞っていらっしゃいました。
「王命なので、噂に関する根回しや対応は王族の領分です。わたくしに求められているのは今まで通りのお付き合いですから、協力を頼まれない限り、個人的にヴィルフリート兄様に対して何かするつもりはありません」
何だかフェルディナンド様を救出に向かった時の様子とずいぶん違うように思えます。突き放しているように思えるのは気のせいでしょうか。ヴィルフリート様の現状を知っていれば、もっと親身になってくださるはずだと思っていたのです。
「ハンネローレ様に誤解されたくないので説明しておきますけれど、今の状況はヴィルフリート兄様の希望が叶った状況ですから、わたくしの助力など不要なのです」
「どういうことでしょう?」
周囲から不名誉な噂をされている現状を、希望が叶った状況と言われても意味がわかりません。ただ、何だか嫌な予感がして、わたくしは膝の上で自分の手をぎゅっと握りました。
「次期アウブの立場から外れたいと養父様に交渉していたようですし、わたくしとの婚約解消も望んでいたのです」
まるで頭を殴られたような衝撃を受けました。ヴィルフリート様が次期アウブの立場から外れたいと考えていたなんて、わたくしはこれっぽっちも思ってなかったのです。
「何故、ヴィルフリート様は次期アウブから外れたいとお考えになったのでしょう?」
「それは本人に尋ねてくださいませ。あれから時間が経って状況が変わりましたから、今のヴィルフリート兄様がどのようにお考えなのかは存じませんし、わたくしがここで話すことではないと思います」
「確かにそうですね」
口では物わかりの良いことを言っていますが、本心では少しでも多くの情報が欲しくて仕方がありません。
「……わたくしはヴィルフリート様が婚約解消を望んでいたことにも驚きました。お二人はずいぶんと仲が良いと思っていましたから……。虹色魔石の髪飾り、わたくし、とても羨ましく思ったのですよ」
今はフェルディナンド様によって作り替えられていますが、ヴィルフリート様が贈られた髪飾りも素敵でした。わたくしの言葉にローゼマイン様は少し言いにくそうに口を開きます。
「あれは……フェルディナンド様が作ってくださったお守りだったのですが、ディートリンデ様のお気持ちを考えて、ヴィルフリート兄様から贈られたことにしたのです。わたくしがヴィルフリート兄様からいただいた物はございません」
「そう、なのですか?」
「あの婚約はヴィルフリート兄様を次期アウブにするためのもので、魔力の釣り合いは度外視された政略的なものでしたから、婚約者らしいことは何一つしていないのです」
言葉は濁されましたが、魔力が釣り合っていなかったのでしょう。たとえ釣り合わなくても兄弟ではいられますが、婚約者であり続けることは辛いものです。魔力が感じ取れる年齢になり、お二人の間にどうしようもない溝ができたことは想像できました。
魔力の釣り合いが取れない婚約者と結婚しなければ次期アウブでいられないヴィルフリート様も、子がなせないことが最初からわかっている結婚を強いられるローゼマイン様も幸せにはなれないでしょう。
「……いくら領地のためとはいえ、そのような結婚を強いるなんて……」
「決めた当時はどちらの魔力も成長前でしたし、領地内の貴族をまとめるにちょうど良かったのですよ」
「仕方がないことでも割り切れません。……お二人にとっては婚約が解消されてよかったのですね」
わたくしがそう言うと、ローゼマイン様は「ご理解いただけてよかったです」と安心したように笑いました。わたくしも勝手な思い込みで動かず、ローゼマイン様本人に確認できてよかったと思います。
「そのような事情なので、ハンネローレ様が気にかけるほど、ヴィルフリート兄様本人は噂や現状を気にしていないと思います。ですから、ヴィルフリート兄様のことは一旦置いておいて、もっと楽しいお話をいたしましょう。せっかく盗聴防止の魔術具があるのですし……」
ローゼマイン様がわたくしを元気づけるように微笑みます。お茶会でお客様に気を遣わせてはいけません。わたくしは「そうですね」とヴィルフリート様について考えることを一旦止めることにしました。
「ハンネローレ様も婚約者候補が決まったのでしょう? ケントリプス様とラザンタルク様というお名前は存じているのですけれど……どのような方なのですか? ラザンタルク様はハンネローレ様を大事にされていましたよね? どちらがお好みですか?」
ローゼマイン様は楽しそうにキラキラと金色の瞳を輝かせ、やや身を乗り出すようにして問いかけてきます。
「どちらと言われても、わたくしはまだ……。ローゼマイン様はどうしてそのように楽しそうなのですか」
からかうような色が見えている金色の目を見て、少しむくれて見せると、ローゼマイン様は「あら? ハンネローレ様もわたくしには楽しそうに尋ねていましたよ」とクスクス笑いました。
「今年のお茶会ではどこに行っても同じ話題が上がるでしょうけれど、わたくし、ケントリプス達の話をするために急ぎでローゼマイン様とのお茶会を開いたわけではないのですよ」
「それは存じていますけれど、ハンネローレ様はヴィルフリート兄様のことよりも彼等のことを最優先で考えてあげた方が良いですよ。たとえどのような危機に陥っていても、婚約者以外の殿方の心配をすると周囲に咎められますから。……誰が誰の心配をしても周囲には関係ないですし、心配する気持ちを止めることなどできないでしょうに、ねぇ?」
ローゼマイン様は「ハンネローレ様もそう思うでしょう?」と同意を求めましたが、わたくしは恥ずかしさと情けなさで泣きたい気持ちになってきました。
婚約者だったヴィルフリート様を蔑ろにしていたのでは? とローゼマイン様に対して不満を抱いていたわたくしは、今ケントリプスやラザンタルクを蔑ろにしています。そして、それを自覚したにもかかわらず、気にかかるのは婚約者候補のことではありません。
ヴィルフリート様が現状をどのように感じているのか、どうして次期アウブの立場を手放したのか、何か役に立てることはないのか、そんなことばかりがずっと頭を巡っているのです。
思い違いの原因は、ローゼマインの口から出まかせだった「幼い頃からの想い人」。
フェルディナンドだという情報が未だに訂正されていませんでした。
あまりにもビジネスライクな関係だったことにビックリです。
ローゼマインの振りを見て、ハンネローレは我が振りが直せるのか。
次は、後押しです。




