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時の女神の東屋

「フェルディナンド様、急ぐお気持ちは理解できますが、少し落ち着いてくださいませ」


 足早に扉へ向かうフェルディナンド様を止めたのはツェントでした。わずかに眉を寄せてフェルディナンド様が「まだ何かございますか?」と振り返ります。


「盗聴防止の魔術具をお忘れです。それから、扉ではなくこちらから騎獣で向かった方がよいと思いませんか? 神々に関する事柄を知る者は一人でも少ない方がよいとわたくしも学習いたしました」


 窓を示すツェントの姿にわたくしは唖然としましたが、フェルディナンド様は少し考えて軽く頭を横に振りました。


「秘密裏に動くことに関しては賛成しますが、騎獣とは? 騎獣服に着替える余裕は……」

「問題ありません。少々必要に迫られて乗り込み型の騎獣になっていますから」


 ……え? 必要に迫られて……とは?


 ツェントの置かれている立場が気になって仕方ありませんが、遠い目になっている様子を見ればあまり深く追及しない方がよさそうです。


「騎獣を使うということは転移扉を使わずに向かうおつもりですか? 不可能ではありませんが、防寒具が心許ない上に時間がかかります。おそらく不在が側近達に知られるでしょう」

「防寒の魔術具を使えば問題ありませんし、離れの転移扉を使えば最短で向かえますけれど、フェルディナンド様はどう思いますか?」


 フェルディナンド様が「離れ……」と呟き、グッと眉間に皺を刻みました。その様子をツェントが静かに見つめます。王宮の離れに何かあるのでしょうか。妙な緊張感を伴った沈黙から逃れたくて、わたくしは口を開きました。


「あの、ツェント。つまり、ここにいる四人だけで東屋に向かいたいとおっしゃるのですか? 側近達はどうするのです?」

「待機室で待たせることになりますね。……側近を連れずに動くのはあり得ないと思うでしょうけれど、神々に関連する事柄に関しては、本当に、面倒事が次々と増えるのです。何より、王宮には側近以外の貴族もいますから用心に越したことはありません」


 側近だけならば口止めできるかもしれません。しかし、中央の貴族はそれぞれの領地から出向しています。王宮に出入りしている貴族全員の口止めをすることも、彼等の目に触れずに移動することも難しいとツェントは言いました。


「ハンネローレ様に女神が降臨したところを見た者が多かったことから嫁盗りディッターに繋がったのです。女神からのお言葉に沿って東屋に向かう以上、別の騒動が起こる可能性があります。アウブ・コリンツダウムも貴族院の様子に目を光らせているようですし、わたくしはハンネローレ様が女神の東屋に近付く様子をできるだけ隠蔽したいのです」


 ……これほど警戒するなんてツェントが神々にお伺いを立てる際に何かあったのでしょうか? それとも、コリンツダウムがよほど困った動きを見せているのでしょうか?


 いずれにせよ、ツェントが側近さえ連れずに外出しようと言い出すとは思いませんでした。


「離れの転移陣を使いましょう。ツェント、防寒の魔術具をお願いします」


 フェルディナンド様はテーブルに置かれていた盗聴防止の魔術具を回収しながら、ツェントに魔術具を求めました。差し出された魔術具を手にしたフェルディナンド様が目を細めて感心したように見ています。明らかに魔法陣を記憶しようとしている目です。


「クラッセンブルクでは比較的よく使われるのですけれど、あまり知られていないのでしょうか?」

「防寒に関しては簡素な魔法陣ならば知られていますが、改良を重ねて使い勝手がよくなったものはクラッセンブルクで秘匿されているかもしれません。……良い物を貸してくださるお礼に私からはこちらを」


 フェルディナンド様がわたくし達に魔石のついたお守りのような物を配り始めました。魔法陣が刻まれているので魔術具であることはわかります。


「時には秘密裏に事を運ぶことが何より重要なこともあります。ハンネローレ様達にとっても学びの機会となるのでは? これは姿を隠すフェアベルッケンのお守りです。物音を立てなければ、姿を見られることはありません」


 ……隠蔽の魔術具ですか。


 こんな物がすぐに、しかも複数を取り出せるフェルディナンド様に驚きが隠せません。ケントリプスも「これを常備して……?」と困惑しています。一体どれだけ普段から姿を隠して動いているのでしょうか。気になるけれど、何だか怖いので知りたくはありません。


「では、参りましょう。案内のためにわたくしが先頭を行きます。殿をフェルディナンド様にお任せします。窓を閉めてくださいませ」


 ツェントは窓を開けながらそう言うと、バルコニーで騎獣を出して空へ飛び出しました。外の冷たい空気が雪と共に飛び込んでくるのがわかりますが、防寒の魔術具のおかげで寒いとは感じません。

 わたくしとケントリプスもバルコニーに出てから自分の騎獣を出し、後に続きます。わたくしは乗り込み型の騎獣なので雪も気になりませんが、ケントリプスは雪が当たっているようです。


 ……同じ形の建物が二つ?


 転移陣で移動していたので現在の王宮とされている建物を外から見るのは初めてです。最初は同じ大きさで、同じ形の建物なので、公的な本館と私的な王族の居住区域として分けているのかと思いましたが、わたくし達が向かっている方向にある建物には明かりが一つも点いておらず、見張りの騎士以外に人影も見当たりません。


 ……もしかすると、あちらの建物が離れなのでしょうか?


 ダンケルフェルガーの城で離れと呼ばれるのは、本館より小さい建物です。そのせいで同じ大きさの建物を離れと呼ぶのは少し違和感があります。しかし、離れに当たる建物は他に見当たりませんし、ツェントは明かりのない建物に向かっています。


 ……それにしても、本当に姿が隠れているのですね。


 見張りの騎士から隠れることなくツェントが進んでいますが、彼等は全くこちらを見ません。フェルディナンド様の作った隠蔽の魔術具の性能が怖いです。


 ツェントが扉の前に降りて手を振りました。わたくし達もそちらに向かって下降していきます。そこは側仕えや下働きが使うような裏口に見えました。ヒュッと息を呑んだような音が聞こえて、振り向くとフェルディナンド様が騎獣を消しています。わたくしからは背中しか見えませんが、何かあったのでしょうか。


「こちらへ」


 扉を開けたツェントが声を潜めています。わたくし達も中に入りました。全く使われていないようで、明かりは一つも点いていなくて廊下がひどく暗いです。


「こちらが離れですか? 使われていないように見えますが……」


 人の気配がなくて静かすぎるせいか、妙に声が反射しているように感じられます。それに、閉め切られているせいで何となく埃っぽくて空気が淀んでいます。明かりがないため、暗がりが多くて何とも不気味な雰囲気です。


「この離れは魔力登録の鍵が多く、登録のない者が出入りするのに不便なのです。多く者が出入りする王宮には向かないので、魔力に余裕ができれば潰す予定なのですよ」


 ツェントはそう言いながらシンと静まった薄暗い建物の中を歩き始めました。裏口だからなのか使われない建物だからなのか、カーペットが敷かれていません。足音がとてもよく響きます。隠蔽の魔術具でこちらの存在を隠していても、足音が大きく存在を示していてどうにも落ち着きません。


 ツェントは使われていなくても構造をよくご存じなのか、迷いなく歩いています。わたくしは曲がり角があると暗がりから何か出てきそうに思えて、盾などを出して歩きたくなりますが、誰も警戒していないのか盾を出して歩く人はいません。我慢して一緒に歩くしかないでしょう。


「……フェルディナンド様?」


 不意に後ろの足音が止まったことに気付いて振り返ると、フェルディナンド様が険しい顔で曲がり角の先を見ているのがわかりました。


「ゲッティルト! もしかして何かいるのですか!?」

「……盾は必要ありません。行きましょう」

「え、でも……」


 何かあったからフェルディナンド様は立ち止まったはずです。何もないところで立ち止まり、暗がりを睨むと思えません。


「ハンネローレ様が殿を務めたいならば構いませんが……」

「いいえ、先に行かせていただきます」


 暗がりに置いて行かれる方が困ります。わたくしは「リューケン」と唱えて盾を消すと、エスコートのために手を差し出して苦笑しているケントリプスを軽く睨みました。


「わたくし、別に暗がりが怖いわけではありませんよ」

「訓練を思い出してしまい、敵の仕掛けた何かが飛び出してきそうだとつい警戒してしまうのでしょう?」

「……その通りです。側近もなくツェントが先を歩ける場所なので、何も仕掛けられていないと頭ではわかっているのですが、警戒してしまう心情だけはどうしようもありませんね」


 わたくしが溜息混じりにそう言うと、ツェントが困惑した顔でわたくしとケントリプスを見ました。


「領主一族もそのような戦闘訓練をするのですか?」

「他領から嫁いできた領主一族はともかく、領地で生まれた領主候補生は騎士を率いて先頭に立つ訓練をさせられます。ダンケルフェルガーは王の剣ですから」

「……存じませんでした」


 それほど広くない階段を上がり、少し歩いてから曲がると広い場所に出ました。吹き抜けで窓もあるせいか、明かりが点いていなくても比較的明るく、大きな扉と広い階段が見えます。おそらく玄関ホールでしょう。やはりわたくし達の入ってきた扉は側仕え達が使う裏口だったようです。


「こちらは転移扉で、貴族院の中央棟に出ます。人がいるので静かに。絶対に声を上げないように口元を押さえておいた方がよいかもしれません。足音にも気を付けてくださいませ」


 ツェントは扉にも魔力を注ぎながら、そう注意しました。わたくしは言われた通りに片手で口元を押さえ、ケントリプスにエスコートされて扉から出ます。すぐ近くにツェントの王宮に繋がる転移扉が見えました。見覚えのある騎士が立っています。その向こうに転移扉が並んでいるので、貴族院の中央棟の転移扉が並んでいる回廊で間違いないでしょう。


 ……変です。ツェントの王宮の扉は回廊の一番奥にあったはずでは?


 記憶の限りでは壁しかありませんでした。わたくしが不思議に思って振り返ると、フェルディナンド様が壁からにゅっと出てきたのが見えて思わず悲鳴を上げそうになりました。慌てて口元を押さえる手に力を入れて悲鳴を呑み込みます。


 ……どういうことですか!? 扉が隠されて……!?


 思わず足を止めてしまいましたが、ケントリプスが少し腕を動かしたことでハッとしました。ツェントは先を歩いています。何が起こっているのかわけがわからないまま、わたくしはケントリプスにエスコートされて足を動かします。


 ……足音がしないように。


 カーペットがあるので気を付ければそれほど音はしませんが、王宮の扉を守る騎士の前を歩くのですから緊張は避けられません。息を潜めて歩いているとツェントがスッと曲がりました。


 ……あの、ツェント。どちらへ? そちらは立ち入り禁止では? 東屋に行くのですよね?


 普段ならば真っ直ぐに歩くところを曲がり、立ち入り禁止とされている場所を通らされています。口元を押さえていなければ頭に浮かぶ疑問が次々と声に出たでしょう。


 ……あれは騎士棟へ続く回廊では?


 少し歩くと知っている場所が見えました。しかし、ツェントはその回廊に向かわず、回廊の横にある扉から外に出て再び騎獣に乗りました。わたくし達もそれに続きます。

 わたくしの騎獣は乗り込み型なので、ここでならば少し声を出しても外には漏れないでしょう。たとえ漏れたとしても、騎獣で駆けている方々の耳に届かない程度の声でわたくしは心の内を吐き出しました。


「確かに他者の目に触れにくいでしょうけれど、これほど秘匿されている場所ばかり通るなんて……。あまりにも心臓に悪すぎます。わたくし、王族ではないのですよ」


 思いの丈を声に出したことで少し落ち着いた頃には、文官棟を通ることなく目的地である東屋に到着していました。




「さて、ハンネローレ様を連れてきたわけですが……」


 一体何が起こるのかビクビクしているわたくしと違って、フェルディナンド様は東屋に入っても何起こらないことに少し苛立っているようで眉を寄せて東屋を見回しています。


「では、ハンネローレ様。前回同様に女神を呼んでください」

「待ってください、フェルディナンド様。それはハンネローレ様に女神を再降臨させるということですか!?」

「そうだが?」


 フェルディナンド様の言葉にケントリプスが眉を吊り上げました。わたくしも東屋に行くとは聞いていましたが、女神を再降臨させるとは聞いていません。可能性はあるとツェントが示唆していましたけれど。


「女神が降臨することでハンネローレ様にどれだけの影響があるとお考えで……」

「ハンネローレ様はおそらく神力に染まりにくい体質なので問題ない」


 ……そういえば時の女神も「魔力がとても染まりにくい性質」だとおっしゃいましたね。


 ローゼマイン様から神の御力がなかなか消えなくて非常に苦労したらしいことはリーゼレータの話やフェルディナンド様の物言いから察せられます。


「前回も特に問題なかったと聞いている」

「十日も意識が戻らなかったのですよ!?」

「それだけであろう?」

「なっ……!?」


 ケントリプスが絶句しました。わたくし達にとって十日も意識が戻らないのは非常に大きな問題なのですが、フェルディナンド様にとっては「特に問題なかった」範囲のようです。至極面倒臭そうな顔になったフェルディナンド様がケントリプスを冷たく突き放すように言いました。


「私は言ったはずだ。対価だと。先程の助言は其方等に恩を売るためでも貸し借りでもなく、私が求めることに対する対価であり、ハンネローレ様は納得して受け入れた。其方の感情は関係ない。黙っていろ」

「ケントリプス、フェルディナンド様のおっしゃる通り、わたくしはすでに対価をいただいた状況です。ローゼマイン様の動向についてお届けしなければならないのです」

「ローゼマイン様の動向……?」


 ……あ、余計なことを言ってしまったようです。


 ケントリプスにどこまで説明しても許されるのかわかりません。一旦口を閉ざし、わたくしは心配そうにわたくしを見下ろす彼を見つめます。


「前回のことを考えると心配もかけるし、迷惑もかけるでしょうけれど、後を頼みますね」

「後を……?」

「ハンネローレ様は意識を失うのであろう? 婚約者候補とはいえ、上級文官見習いである其方を同行させた意味を考えよ」


 ……フェルディナンド様にもツェントにも面倒をかけることはできませんものね。


 ケントリプスに頑張ってもらうしかありません。わたくしを止めようとするように伸ばされた彼の手を取り、宥めるために軽くポンポンと叩きながらわたくしは口を開きました。


 ……あの時と同じように……。


「時の女神ドレッファングーアの本日の糸紡ぎに祈りと感謝を捧げましょう」


 同じように別れの挨拶を口にしたのですが、何も起こりません。ギョッとしたように息を呑んで目を見開いているケントリプスが前にいるだけです。「あら?」と首を傾げていると、フェルディナンド様の笑顔が視界の端に映りました。


「……ハンネローレ様?」


 フェルディナンド様の声が普段より低くて、わたくしは防寒の魔術具を持っているのに背筋が寒くなりました。宥めるために叩いていたケントリプスの手をそのままギュッと握って同意を求めます。


「あ、あの、わたくしは前回と同じようにしました! ねぇ、ケントリプス?」

「……そうですね。あの時に口にしたのは別れの挨拶でした。今、思い出しました」


 ケントリプスは同意してくれましたが、フェルディナンド様は納得してくださいません。


「何か決定的な違いがあるはずです。検証するために当時の詳細を教えてください」

「え? 当時の詳細……ですか?」


 ……言えません! ヴィルフリート様に求婚の条件を求めて断られたなんて!


 絶対に言いたくなくて、わたくしは真っ青になりながら必死にあの時のことを思い出そうとしました。ケントリプスも思い出すように視線を巡らせます。


「前回は話し合いを終えて、別れの挨拶と同時に魔石が光りました。ハンネローレ様が握っていた魔石だった記憶があります」

「光ったのはドレッファングーアのお守りです!」


 ケントリプスとわたくしの言葉に、フェルディナンド様が怪訝そうに眉を寄せました。


「魔石が光った? 魔力でも込めていたのですか?」


 その言葉で思い出しました。確かヴィルフリート様に断られたことで溢れ出すような勢いで体内の魔力が膨れ上がり、感情を抑えるためにお守りを握っていたのです。

 わたくしはケントリプスから手を離すと、少しだけ袖を捲りました。そこにはあの時と同じようにドレッファングーアのお守りがあります。それをギュッと握りました。前回と違って暴走しそうな魔力はありませんが、フェルディナンド様の怒りを回避したくて魔石に魔力を込めます。


「時の女神ドレッファングーアの本日の糸紡ぎに祈りと感謝を捧げましょう」


 あの時と同じようにお守りの魔石が強く光り、黄色の光が魔石から飛び出して東屋の天井に立ち上ります。その細い黄色の光が東屋の天井に魔法陣を描き始めました。


「あ」


 ……成功です!


 描かれていく魔法陣に驚き、目を丸くして見つめているツェント。

 興味深そうに魔法陣を観察しているフェルディナンド様。

 この後に起こる女神の降臨を予想して青ざめているケントリプスの口から発せられた「ハンネローレ様」という呼びかけを最後に、わたくしは再び何もない白い世界に立っていました。




「ハンネローレ、再び貴女の体を借りますね。あちらで待っていてください」


 目の前に淡い黄色のヴェールをかぶった時の女神ドレッファングーアが現れたかと思うと、前回と違ってわたくしが了承の言葉を口にする前にふわりと袖を揺らして早々に消えました。

 けれど、わたくしは白い世界に一人で残されたわけではありませんでした。あちらと示された扉からは縁結びの女神リーベスクヒルフェが「フフッ」と悪戯っぽく笑って顔を覗かせています。


「ハンネローレ、こちらへいらっしゃい。ドレッファングーアが戻るまで暇でしょう?」


 お断りすることはできませんし、お礼も言いたいですし、ローゼマイン様の動向を確認しなければならないので、わたくしは縁結びの女神のところへ向かいました。以前にお邪魔した機織りの女神ヴェントゥヒーテがいらっしゃるお部屋です。あの時は真剣な眼差しで織機を見つめていた機織りの女神ヴェントゥヒーテは椅子に座ってニコニコとしながら輝く糸を見つめています。


「貴女も大変ね。巻き込まれてあの我儘な男に付き合わされるなんて……。ローゼマインが戻るのをおとなしく待ってと何度言っても全く聞き入れないのですもの」


 ……我儘な男とはフェルディナンド様でしょうか? それより、フェルディナンド様が神様にお伺いを立てたように聞こえるのは気のせいでしょうか?


 何とも返答に困ることを言われ、わたくしは助けを求めて周囲を見回します。けれど、そこにいるのは女神だけで、糸を繋ぎ終わったはずのローゼマイン様の姿はありません。


「あの、ローゼマイン様はこちらにいらっしゃらないのですか? フェルディナンド様の意識が戻ったので全ての糸を繋ぎ終わったと認識していて、こちらにいらっしゃると思っていたのですけれど」

「糸は繋ぎ終わったけれど、今は素材を集めに行っているからいないわ」


 縁結びの女神リーベスクヒルフェは当然のことのようにおっしゃいますが、意味がわかりません。ローゼマイン様は一体何をさせられているのでしょうか。


「……素材とは?」

「フェルディナンドの糸を繋ぐのにローゼマインの糸を使ったでしょう? それを補うのに必要な素材を集めているところなのです。繋ぎ終えた彼女に対するご褒美だと考えてくださいませ」


 機織りの女神ヴェントゥヒーテの言葉に、わたくしは安堵して胸を撫で下ろしました。切られた糸を繋ぐためにローゼマイン様の糸を使うと言われ、それがどのような結果になるのかわたくしは不安に思っていました。けれど、糸を補う手段が神々にはあるようです。


「糸を補う方法があるのですね。わたくし、安心いたしました」

「そうよ。こちらとしては気を遣って素材を集めさせてあげようと思っているのに、フェルディナンドは早く戻せとうるさいでしょう? ひどい男よね?」

「……え? えーと……」


 縁結びの女神リーベスクヒルフェに同意を求められて、わたくしは少々焦りました。さすがにここで女神に同意はできません。一気に色々と言われてすぐに理解できませんでしたが、神様の視点で見るとローゼマイン様が修復のご褒美として素材集めをしているのに、フェルディナンド様が「早く帰せ」と邪魔をしている状態のようです。


「フェルディナンドがある意味では今回の元凶だし、あれだけローゼマインの世話になっておきながら糸を補う手段さえ奪おうとするのですもの。本当に我儘で横暴だと思わなくて? 人の感覚だと違うのかしらね?」


 ……行き違いが! 行き違いがございます!



現在は傍系王族がいた建物が仮の王宮とされていて、アダルジーザの花や実のいた建物は閉鎖されています。

そこを通って今回はこっそり東屋に向かいました。

助力の対価としてハンネローレに女神の再降臨を強要するフェルディナンド。

女神からの評価は我儘で横暴。


次は、女神との会話です。

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