オルトヴィーンとの情報共有
お茶会が終わるとレティーツィア様は悩みが解消された顔になりましたが、わたくしは逆にこの先の行動を考えてどうにも難しい顔になってしまいました。
オルトヴィーン様との情報共有について考えますが、一日経っても一向に良い考えが浮かばないのです。
……求愛をお断りしたこともあって、わたくしから近付くのは非常に気まずいのですよ!
気まずいのですけれど、何とか情報を共有したいと思っています。オルトヴィーン様の求愛には応じられませんでしたが、嫁盗りディッターで共闘すると約束しました。オルトヴィーン様が次期アウブになるためにダンケルフェルガーと共闘することが必要ならば協力を惜しむつもりはありません。
……それが、オルトヴィーン様の手を取れないわたくしにできる精一杯の助力ですもの。
しかし、嫁盗りディッターでダンケルフェルガーとドレヴァンヒェルが共闘することを周囲に知られてはなりません。他の求婚者との交流を避けている中で、オルトヴィーン様だけわたくしから接触するような行為は避けるべきです。対外的には他の求婚者と同じ扱いにしなければなりません。
……どうしましょう?
領主候補生は側近を含めて周囲に人が多いですし、わたくしは第二の女神の化身となったことで注目されています。盗聴防止の魔術具を使ってもわたくし達が話しているところを隠せるわけではありません。
……おまけに……。
「ハンネローレ、其方はまだ休憩しなくても続けられるはずだ」
領主候補生の講義中に行う魔力回復のための休憩は、何故か他領の方々とわたくしが接触しないようにアナスタージウス先生に見張られています。
「其方とローゼマインが関わると大抵は事が大きくなる。嫁盗りディッターが終わるまで、これ以上他領との間に波風を立てるようなことはするな」
アナスタージウス先生がチラリと視線を向けた先には、お休みしているヴィルフリート様の席があります。思わせぶりな視線を言葉から察するに、先日の「オルトヴィーン様に全面的に協力する」発言の関係で領地に戻っているのでしょう。
……ヴィルフリート様の発言に関してはわたくしの責任ではないと思うのですけれど。
ツェントに面会を求めたり、書状を送ったりしてケントリプスを何とか出場させられないか奔走したことで完全に目を付けられてしまったようです。領主候補生コースの講義中に側近を排した状態でオルトヴィーン様とこっそり話をするのは諦めるしかありません。
「姫様、ぼんやりと何をお考えですか?」
「……今はどうしたらお父様を説得できるか、と」
オルトヴィーン様との情報共有が上手くいかないので、今はケントリプスの出場権について考えていました。直接お父様と話をするために土の日に領地に戻りたいと希望したのですが、コルドゥラに却下されたのです。「どのようにアウブを説得するおつもりですか?」と問いつめられ、「それでアウブが説得できるとでも?」と真顔で言われてしまいました。
「答えの出ない悩みは後回しにして、昼食を終えたのですから早く午後の実技の準備をしてくださいませ」
コルドゥラの声にハッとした時には空のお皿が目の前にありました。お皿と口の中の後味から察するに何かのお肉のミルク煮込みだと思うのですが、今日の昼食に何を食べたのか思い出せません。
「午後の実技は調合でしたよね?」
自室に戻って尋ねると、同学年で一緒に共通の講義を受けるイドナリッテが頷きました。
「はい。ハンネローレ様と一緒の講義は久し振りですね」
五年生ともなれば専門コースの講義が大半を占めていて、共通の講義は非常に少なくなっています。それなのに、わたくしは女神が降臨したことで講義をお休みしていたので、調合の実技は本当に久し振りなのです。
「イドナリッテやハイルリーゼが進み具合を教えてくれたので助かりました。わたくし、自室で自習していた時に各季節の素材を魔石に変化させられましたから、皆と一緒にユレーヴェの作製ができますもの」
「ハンネローレ様は魔力が多いので、素材を染めるのがわたくしよりよほど早かったですよ。わたくし、昨日の夜にようやく冬の素材を魔石に変換できたのです」
講義の進度や次回までに準備するものなどを教えてくれたハイルリーゼより先に、わたくしがユレーヴェに必要な魔石の作製を終えたので拗ねているようです。その様子を見てアンドレアがクスクスと笑いました。
「ユレーヴェの作製を真面目にするのは大事ですよ。いつ必要になるかわかりませんもの。少しでも早く作っておくべきです」
「えぇ、イドナリッテやハイルリーゼだって突然女神様が降臨されたら必要になりますからね」
わたくしは大きく頷いてアンドレアの意見を肯定しましたが、当の本人は首を横に振りました。
「わたくしは突然起こった本物のディッターや今回の嫁盗りディッターを想定したのであって、女神の降臨は想定外ですね」
「え?」
「……さすがにわたくし達に女神の降臨は関係ないと思います。ハンネローレ様だけですよ」
側近達に梯子を外された気分になって、わたくしは少しだけ唇を尖らせました。
「わたくしだってイドナリッテと同じように思っていました。ローゼマイン様に女神が降臨したことを知っていても自分には関係ない、と。今は誰の身に起きても不思議ではないと思っています」
お守りを握って別れの挨拶をしただけで女神が降臨したのです。たまたまわたくしだっただけで、他の誰かに降臨していてもおかしくありませんでした。
「女神の降臨は誰の身にも起きるようなことではないと思いますが、嫁盗りディッターが控えている以上、ユレーヴェを真面目に作るのは大事ですよ。ユレーヴェを保存しておくための容器はこちらに準備済みです。調合が終わったらわたくしに知らせてから、こちらの魔術具を調合鍋に入れてくださいませ」
コルドゥラから魔術具を受け取り、わたくし達は調合の準備を終えて玄関ホールへ向かいました。
「ハンネローレ様、行きましょう」
側近達と共に調合の実技を行う教室へ移動します。わたくしをエスコートしているラザンタルクも一緒に講義を受けるのが楽しみのようです。
「今日はケントリプスがいないのですね?」
「何があったのか知りませんが、すごい勢いで講義の類いを終わらせています。嫁盗りディッターの準備に全力で当たるのだと……」
……ディッターへの出場権をわたくしはまだ準備できていませんのに……。
ツェントに断られ、お父様との話し合いはコルドゥラに却下され、わたくしはまだ良い案が浮かんでいません。それでも、ケントリプスはわたくしが求婚の条件を達成できた時のために動き出したのでしょう。
……どうすればお父様は受け入れてくださるでしょう?
コルドゥラの言う通り、何の対策もなく話し合いをお願いしたところで聞く耳を持ってくださらないのは確実です。ひとまずお母様を先に巻き込んでおく必要もありますし、可能であればケントリプスの主であるお兄様にも協力していただければ何とかなるかもしれません。けれど、お母様やお兄様を説得するのも難しそうです。
……どこから攻めれば良いのでしょう? 前途多難です。
つらつらと考えている内に教室に着いていて、気が付くとヒルシュール先生が教室にいました。
「ユレーヴェの調合は二人一組で行います。混ぜ続ける中で次の素材を入れなければなりませんから。家格や魔力量の釣り合いなどを考慮してこちらで組み合わせを決めています。呼ばれた順番に調合鍋のところに移動してください」
ヒルシュール先生の簡潔な説明に、わたくし達は急いで自分の荷物を持って移動できるように立ち上がりました。
「領主候補生はハンネローレ様とローゼマイン様、オルトヴィーン様とヴィルフリート様……」
「ヒルシュール先生、発言をお許しください。ローゼマイン様は不在です」
わたくしが挙手して意見すると、エーレンフェストの上級貴族も同じように挙手しました。
「ヒルシュール先生、本日ヴィルフリート様はお休みです」
わたくしはその発言で初めて今日もヴィルフリート様がお休みしていることを知りました。少し考え事をしていましたし、ダンケルフェルガーの者達で集まっていたので、他領の方々の様子を確認していなかったのです。
「……そうですか。では、ハンネローレ様とオルトヴィーン様が組んでくださいませ」
ヒルシュール先生は無造作にそう言って、次々と組み合わせを述べます。わたくしがオルトヴィーン様と組むことになり、ラザンタルクや側近達は顔色を変えましたが、ヒルシュール先生が個人的な関係を考慮してくださるとは思えません。
「調合をするだけなので、心配しなくても大丈夫ですよ」
ラザンタルクや側近達を宥めつつ、わたくしは情報共有には絶好の機会だとオルトヴィーン様の前に歩み寄りました。二人一組ならば盗聴防止の魔術具を使ってこっそりと話しかけられますし、邪魔をするアナスタージウス先生もいません。
情報共有のことだけを考えて勇ましく歩いていたものの、実際にオルトヴィーン様と顔を合わせた途端、わたくしは怯んでしまいました。想像の何倍も気まずいのです。
……講義です。講義ですから! それに、情報共有を……。
「ハンネローレ様、本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。……あの……」
「ハンネローレ様がお先に調合されますか?」
「え、あ……そうですね。ありがとう存じます」
お互いにどうにもギクシャクしてしまいますが、講義中です。わたくしは持参したユレーヴェ用の素材を、調合中に入れていく順番通り台に並べました。それから、素材がどういう変化をしたら何を入れるのか手順をオルトヴィーン様と確認します。講義に必要なことしかしていないのに、周囲からチラチラと様子を窺われていることがわかります。
「では、始めます」
わたくしは調合鍋に春の素材から作製した魔石を入れると、シュタープを出し「バイメーン」と唱えました。バイメーンは調合時に素材を混ぜる時に使います。シュタープ製だと魔力の放出が一定になるので、調合での失敗が非常に少なくなるそうです。
シュタープの取得が三年生や卒業時だった頃は、魔術具のバイメーンで調合していたため、魔力の放出を一定に意識するのが大変で失敗が非常に多かったそうです。嫌でも訓練しなければ貴族院で落第するため、上の年代の方々は魔力の扱いに長けていると聞きました。
……領地ではよく「幼い頃にシュタープを得た世代は調合や訓練で楽をしすぎていて魔力の扱いが雑だ」とお叱りを受けますものね。
そんなどうでもよいことを考えてしまう程度には退屈です。何しろ、ユレーヴェの作製は長時間魔石を魔力で練っているだけなのですから。この時間に盗聴防止の魔術具を使えたらオルトヴィーン様とお話しできるのですけれど。さすがに調合中に別の魔術具を使用し、魔力の流れを乱すことはできません。
……うぅ、沈黙が重いです。
調合の進み具合に合わせてオルトヴィーン様が夏の魔石、秋の魔石……と決められた順番にユレーヴェの素材を入れてくださいます。周囲からは世間話が聞こえてくるのに、わたくし達はずっと無言です。何を言っても注目されるのがわかっているので、不用意に口を開けません。
……あ。
わたくしが混ぜ続けるのに飽きてきた頃、不意に液体の粘度が下がってバイメーンがすんなりと動くようになりました。動きの違いに気付いたようで、オルトヴィーン様が薬品の入った小瓶を手にします。
「ハンネローレ様、そろそろフィグアルを入れましょうか?」
「お願いします」
全ての季節の貴色が混ざる調合鍋の中にフィグアルの黒い液体がゆっくりと垂らされていきます。魔力と共にフィグアルが全体に行き渡るように端まで丁寧に混ぜれば、一気に調合鍋の中身が増え始めました。
「オルトヴィーン様、ルトヒーカを……」
「準備済みです」
ポタリと一滴だけ落とされたルトヒーカが入った瞬間、貴色の混ざった色合いだった液体の表面がカッと眩しく光って薄い青のユレーヴェが完成しました。
「ハンネローレ様は完成ですね。お疲れ様です。さすがダンケルフェルガーの領主候補生ですね。一番早く完成したようです」
完成する時の光に気付いてやって来たヒルシュール先生がユレーヴェの品質を確認し始めました。くるりと教室内を見回せば、確かにわたくしの完成が一番早かったようで他の方はまだ調合鍋を混ぜています。
「合格です。寮に準備している容器に移し、調合鍋の洗浄を行ってください」
「ヒルシュール先生、この魔術具を入れれば寮にある容器にユレーヴェを移せるのですよね?」
わたくしはコルドゥラに渡された魔術具を手にしました。白い円形の真ん中に緑の魔石が埋まっているこの魔術具は転移陣の一種で、水差しの形をした魔術具に繋がっているため液体の移動が簡単にできるものです。水瓶から自室の水差しに水を移動する時にも使われているそうです。側仕えはよく使用する魔術具ですが、わたくしはほとんど触ったことがありません。
「えぇ。ですが、まず寮で待機している側仕えに連絡なさいませ。それから、魔術具を調合鍋に入れる前に必ず洗浄しておくように。後々ご自分が飲むのですからね」
ヒルシュール先生に言われ、わたくしは調合鍋に入れたままだったバイメーンを取り出して変形を解除し、コルドゥラにユレーヴェの完成を知らせるオルドナンツを飛ばしました。それから、調合鍋に入れる魔術具をヴァッシェンで洗浄します。洗浄が終わった頃にはコルドゥラから「こちらの準備は完了しました」というオルドナンツが返ってきました。
「入れます」
そっと魔術具を調合鍋に入れると、青い液体の底で魔術具に描かれている魔法陣が緑色に光り、じわじわとユレーヴェが減り始めます。
「転移も問題ないようですね。いくらハンネローレ様の調合が早かったとはいえ、これからオルトヴィーン様のユレーヴェを作るには時間が足りませんね。次回にしましょう」
「わかりました」
オルトヴィーン様はヒルシュール先生の言葉に頷くと、手近にあった椅子に座りました。わたくしもずっと立って混ぜていましたが、オルトヴィーン様も立って補佐していたので疲れたのでしょう。
「ハンネローレ様、ユレーヴェを移動させている間に台の上を片付けてください」
「わかりました」
ヒルシュール先生は指示を終えると、背を向けて立ち去ります。わたくしは盗聴防止の魔術具を手に取ると自分の分を握り、もう一つを座っているオルトヴィーン様の膝に落としました。それから、素知らぬ振りで素材を入れてきた袋に空になっている小瓶や薬品の残りなどを片付け始めます。
「ハンネローレ様、何かございましたか?」
オルトヴィーン様はじわじわと減っていくユレーヴェを見ながら、わたくしは台の上を片付けながら盗聴防止の魔術具を使って話し始めます。
「レティーツィア様から相談がありました。彼女の実兄であるランスリット様について」
ジギスヴァルト様に唆されているらしいこと。ダンケルフェルガーではラオフェレーグが分断に使われたので、ドレヴァンヒェルの分断が狙われている可能性があることを伝えました。
「十分にお気を付けてくださいませ」
「恐れ入ります。ジギスヴァルト様は分断を狙っているかもしれませんが、おそらくランスリットには分断以外の狙いもあるはずです」
「何か予想が?」
わたくしの問いに少し考えた後、オルトヴィーン様は「……多少は」と言いましたが、それ以上は口にしません。
「……私が潰されなければ大丈夫です。正直なところ、ハンネローレ様からそのような助言をいただけると思いませんでした。気まずく感じて避けられても当然だと思っていましたから」
「共闘する上での情報共有に、気まずいなど感情を差し挟んではならないでしょう?」
「ククッ……。そうですね」
「それにしても、同母の兄より優先するほどレティーツィア様とハンネローレ様の仲が良いと思いませんでした」
レティーツィア様とは本物のディッターに参加した時、当時のアーレンスバッハの城で交流が始まりました。けれど、その交流の始まりに関して特に口にしていません。ローゼマイン様経由でレティーツィア様と貴族院で接した程度だと考えている方には、不思議なほど仲が良く思えるでしょう。
「ローゼマイン様の代わりにレティーツィア様を庇護しているだけですよ」
「ハンネローレ様はヒルデブラント様と交流がございますか? ダンケルフェルガーに敵対するドレヴァンヒェルとは個人的な交流を持たないと言われましたが、現在の関係性や嫁盗りディッターにおけるブルーメフェルトの立ち位置を探れません。ダンケルフェルガーでは把握していますか?」
トラオクヴァール様が親としてジギスヴァルト様を後押しするのか、ヒルデブラント様とジギスヴァルト様が交流を持っているのか噂がたくさんある中、確信を持てる情報を得られないようです。
「ブルーメフェルトは……。正確にはトラオクヴァール様はジギスヴァルト様と距離を置くと明言し、ヒルデブラント様にも命じているそうです。ダンケルフェルガーから支援を断たれるような言動はいたしません」
「それは安心しました。……ダンケルフェルガーとの共闘だと非常に心強いです。もう嫁盗りディッターの準備を始めているのでしょうか?」
オルトヴィーン様の質問にわたくしは一つ溜息を吐きました。まだケントリプスを出場させる方法が思い浮かびません。しかし、ここでオルトヴィーン様に相談すべき内容でないことはわかっています。
「……まだ講義も残っていますし、努力しています、とお答えしておきます。ドレヴァンヒェルはいかがですか?」
「努力しています。特に姉上が……」
オルトヴィーン様が少し疲れたような声になりました。
……アドルフィーネ様?
「せっかくの機会なのでジギスヴァルト様の頭上に攻撃用魔術具を降らせたいそうです。姉上はギーベになり、上級貴族になったため、領主一族としての参加はできませんが、我々に持たせるための魔術具の開発に余念がありません」
何となくアドルフィーネ様がジギスヴァルト様に向かって攻撃用魔術具を投げる様子が思い浮かんで思わず笑ってしまいました。盗聴防止の魔術具を握っているので笑い声は聞こえないでしょうが、挙動不審になっていないでしょうか。
「あぁ、そろそろ終わるな」
オルトヴィーン様の独り言のような呟きの後、盗聴防止の魔術具を手放した「ハンネローレ様、薬の転移が終わりそうですよ」という声が聞こえました。
わたくしは振り返り、調合鍋を覗き込みました。ユレーヴェの青い液体がなくなり、底には液体を転移させるための魔術具だけが残っています。液体がなくなったことで光っていた魔法陣が消え、役目を終えたことがわかりました。
「ヴァッシェン」
調合鍋と魔術具を洗浄し、魔術具を取り出します。それを袋に入れて片付けは終了です。周囲を見回せば、二人ほど調合を終えたようで片付け始めている者達が見えます。
「調合も終わりましたし、私は自分の側近達が調合しているところへ向かいます」
「本日は補佐してくださってありがとう存じます」
オルトヴィーン様が席を立ったので、わたくしもダンケルフェルガーの上級貴族がいるところへ移動しました。ルイポルトとラザンタルクが隣り合った調合鍋でバイメーンを握って調合しています。ハイルリーゼがルイポルトの補佐をしているので、わたくしは調合の邪魔をしないように彼女に声をかけました。
「ハイルリーゼ、ルイポルトとラザンタルクはそろそろ終わりそうですか?」
「まぁ、ハンネローレ様はもう片付けまで終わったのですか?」
ハイルリーゼが驚きの声を上げると、振り返ったラザンタルクは「やはり魔力が多いと調合が早いのですね」と情けない顔になりました。
「ラザンタルクは魔力の流し方が雑なせいもあると思います。一気に多量の魔力を使うのは得意でも、長く出し続けるのは苦手でしょう?」
「う……」
「ほら、振り返ってお喋りをしたせいで魔力が途切れそうになっていますよ。集中してくださいませ。魔力量の少ないルイポルトの方がよほど早いではありませんか」
わたくしがそれぞれの調合鍋を覗き込んでそう言うと、ルイポルトがバイメーンで掻き混ぜながら苦笑しました。
「私は文官ですから、騎士よりはよほど調合に慣れていますよ。あ、ハイルリーゼ。フィグアルの準備を……」
「はい」
ルイポルトの調合鍋にハイルリーゼがフィグアルを持って近付くので、わたくしは少し退きます。
「あら? オルドナンツ?」
教室の中にすいっとオルドナンツが入ってきました。白い鳥が教室内をくるりと回ってヒルシュール先生の手に停まります。
「ツェント・エグランティーヌです。緊急呼び出しのため、わたくしの側近を案内役として教室に向かわせました。至急ダンケルフェルガーのハンネローレ様を王宮に」
……ツェントの緊急呼び出し? わたくしに?
全く予想もしなかった呼び出しにわたくしはオロオロとしてしまいます。
「聞こえましたね、ハンネローレ様。荷物は側近に任せ、早々に王宮へ移動してくださいませ」
「一体何が……?」
「行けばわかりますし、誰も答えられるわけがありません。ひとまずオルドナンツを筆頭側仕えに送って、寮の前に手の空いている側近を待機させなさい。王宮に一人で行くのは少々憚られるでしょう?」
率直すぎるためヒルシュール先生の言葉はきつく聞こえますが、非常に現実的な助言です。わたくしはすぐさまコルドゥラにオルドナンツを送り、ツェントから緊急呼び出しを受けたことと、これからツェントの側近を案内役と共に移動するので手の空いている側近と共に寮の扉の前で待機してほしいことを伝えました。
「ハンネローレ様……」
心配そうな顔をしているけれど、調合中で手の放せない側近やラザンタルクを見回してわたくしは微笑みます。
「わたくしの荷物を頼みますね。それから、調合中に気を逸らしてはダメですよ。寮の前でコルドゥラが待ってくれているので、わたくしは大丈夫です。行ってきます」
教室中の視線を受けながらわたくしが扉に向かって歩いていると、扉が大きく開きました。ツェントの文官が声を上げます。
「ダンケルフェルガーのハンネローレ様、いらっしゃいますか?」
「今、参ります」
無事にオルトヴィーンとの情報共有ができました。
領地の関係に無関心なヒルシュール先生のおかげです。
五年生の調合の実技を終えたところでツェントからの緊急呼び出し。
自分から面会依頼を出すのと、講義中に呼び出されるのは違うのです!
次回は、ツェントからの緊急呼び出しです。




