ヴィルフリートの言葉の波紋
カラーン、カラーン……。
四の鐘が鳴りました。わたくしは手元を片付けると、他の方に呼び止められないように急いで教室を出ました。
「戻りましょう、ハンネローレ様」
約束した通り、ケントリプスとラザンタルクが迎えに来てくれています。自分の側近と二人の婚約者候補の顔を見て安堵したことで、信頼できる味方がいない教室に一人でいることに今までよりずっと気を張っていたのだと気付きました。
……でも、寮に戻るまで気を抜いてはいけませんね。
教室内では「嫁盗りディッターに参加を表明した者は、婚約者候補ではなくダンケルフェルガーに楯突く無礼者」だと理解いただけたようですが、外ではまだ周知されていないのです。
朝と同じようにケントリプスとラザンタルクの手を取ると、わたくしは周囲の視線を見返すような気分で顔を上げて歩き出します。
「ハンネローレ様、ずいぶん凜々しい表情ですね」
歩き出した途端、わたくしの顔を覗き込んだラザンタルクが感心したような声を出しました。そうでしょう。今わたくしは他領に隙を見せないように気合いを入れているのです。狙い通りの空気が出せていることに満足しているわたくしを見て、ラザンタルクはとろけるような笑みを浮かべました。
「まるで戦闘中のような空気になっていて……惚れ惚れします」
「ラザンタルク、急に何を言うのですか!? わたくしの渾身の気合いが霧散するような発言は慎んでくださいませ」
全く予想もしていなかった甘い声に「ひぅっ」と息を呑み、わたくしはラザンタルクを睨みます。けれど、ラザンタルクは睨まれていても嬉しそうに微笑んだままです。悔しくなるほど、わたくしの怒りが通じていません。
「いつも思っていることを口に出せとコルドゥラ様に言われたので」
「コルドゥラ」
「口説かれ慣れるように申し上げたはずです。この程度で狼狽えないでください」
……そうですけれど! そうなのですけれど! 昼食に戻る学生達がたくさんいるところで言わなくても良いではありませんか!
「牽制も含まれているので、諦めて慣れてください」
ケントリプスが何か企んでいる時の笑みを浮かべています。ラザンタルクに続いて甘い言葉を口にされたら、とても領主候補生とは思えないような失態を演じてしまうでしょう。わたくしはスッと真顔になりました。
「ケントリプス、それ以上言葉を続けることを禁じます。ラザンタルクも寮まで黙っていてください。気合いが入り過ぎているせいか、実力行使で黙らせたくなってしまいますから」
婚約者候補に動揺させられている場合ではありません。わたくしは貴族院で行う嫁盗りディッターにおいて重要なことに気付いたのですから。
「アンドレア、昼食の後でわたくしとお兄様の側近に重要な話があります。会議室の準備をお願いします。ケントリプスとラザンタルクも側近仲間に声をかけてください」
「かしこまりました」
わたくしは動揺を押し隠し、自分の側近に指示を出しながら寮へ戻ります。わたくしをからかっている場合ではないと気付いたようです。ラザンタルクは何度か目を瞬いて表情を検めました。
「会議室を準備するほど重要なお話ですか?」
「えぇ、こちらの意見が固まるまでラオフェレーグとその周辺には聞かれたくありません。会議室の盗聴防止は厳重に行ってください」
わたくしの言葉にケントリプスも表情を引き締めました。
昼食を終え、わたくし達は早々に会議室へ移動します。会議室の中に更に範囲指定の盗聴防止の魔術具が使われていて、厳重な警戒がされていることがわかりました。集まっているお兄様と自分の側近を見回すと、わたくしの緊張感が伝わっているのか、皆が真剣な顔をしています。
「本日の講義中に大変なことに気付かされました。参戦を表明していない領地が参加する領地を後援する危険性があります。今回はダンケルフェルガーで、わたくし達の知っているやり方で行われるわけではありません。ツェントの監視下で行われます。つまり、わたくし達の常識が通用しない可能性もあるのです。貴族院における嫁盗りディッターを甘く見てはなりません」
「一体何があったのですか?」
警戒する護衛騎士達に、わたくしは講義中に交わしたヴィルフリート様との会話を報告しました。嫁盗りディッターでヴィルフリート様はオルトヴィーン様に全面的に協力するらしい、と。
「え!? エーレンフェストがドレヴァンヒェルを後押しするということですか!?」
「嫁盗りディッターで何故ヴィルフリート様がドレヴァンヒェルに協力するのだ?」
「わたくしもハイルリーゼやラザンタルクと同じように、ヴィルフリート様の言葉をドレヴァンヒェルとエーレンフェストが連合を組むという意味ではないかと考えました」
わたくしだけの勘違いや思い違いではないことがわかって、心強い気分になりました。
「求婚者とその一族が領地へやって来る本来の嫁盗りディッターならば、やって来る領地の者だけを警戒していれば十分ですが、今回のディッターは貴族院で行われます。貴族院は寮から寮へ騎獣で行くことも、転移扉やお茶会室経由で接触することも簡単です。秘密裏に他領と連携を組むことも可能だと思いませんか?」
その場にいる者達の顔が険しくなりました。敵が他の領地と秘密裏に手を組んでいる場合、勝利の難易度が跳ね上がります。特に今回のディッターはダンケルフェルガー対求婚してきた複数の領地なのですから。
「エーレンフェストにダンケルフェルガーと敵対する意思があるということですか?」
目を険しくしたケントリプスからの確認に、わたくしは首を横に振りました。
「それはまだ明確ではありません。他領が嫁盗りディッターの求婚者と婚約者候補の違いを理解していないように、何か思い違いが発生している可能性もありますから」
「嫁盗りディッターは学生同士の戦いではなく、ダンケルフェルガーの領主一族と求婚者の一族による戦いです。その根本を理解していなければ、また妙な行き違いが発生し、ややこしい事態になるかもしれませんね」
コルドゥラがそう言うと、エーレンフェストと行き違いの多かったディッターのことを思い出し、皆がげんなりとした顔になりました。
「ヴィルフリート様以外の方にも確認する必要があると考えています。わたくし、エーレンフェストがそれほど恩知らずとは思いたくありませんから」
エーレンフェストの防衛戦にダンケルフェルガーが協力してからまだ一年も経っていません。もしエーレンフェストからダンケルフェルガーに対する感謝があの場限りのもので、今後はドレヴァンヒェルと協力体制を築いていくならば、ダンケルフェルガーもそれなりの対応が必要になります。
「わたくし、ヴィルフリート様のお言葉を普通はどのように受け取るのか確信が持てませんでした。けれど、ここにいる複数の者がエーレンフェストとドレヴァンヒェルの連携を疑ったのです。エーレンフェストの真意を問うためにシャルロッテ様に確認のお手紙を送るつもりです」
「良いと思います。ローゼマイン様やフェルディナンド様がそこまで恩知らずだとは思いませんが、エーレンフェストを通じてドレヴァンヒェルからお二人に協力を要請される前に釘を刺しておくべきでしょう」
ケントリプスの言葉に、わたくしは何度も頷きます。エーレンフェストだけならば何とかなるのです。けれど、エーレンフェストと対立した後でグルトリスハイトをお持ちのローゼマイン様や、悪辣な手段を厭わないフェルディナンド様が神々の世界から戻ってくると大変なことになります。できるだけエーレンフェストと対立しない方向に進めたいです。
「それから、貴族院での嫁盗りディッターの危険性についてはツェントにもお知らせするつもりです。他領の後押しをする領地もダンケルフェルガーの敵対領地と見做すとお知らせいただくことで、他領同士の癒着をなるべく防いでもらおうと考えています。ツェント介入の約定には、そのことも記載してもらいたいです」
「かしこまりました。アウブに本日の内容をお知らせしましょう」
ケントリプスがそう言って、文官達に今の会議の内容をまとめるように声をかけます。そこへオルドナンツが飛んできました。会議室へ入ってきた白い鳥はコルドゥラの手に停まります。
「転移の間です。アウブよりハンネローレ様に書簡が届きました」
「すぐ受け取りに行きます」
コルドゥラは返事を送って「昼食後の時間を狙ったように届いたのですから急ぎでしょう」と言い置くと、会議室を出て行きました。文官達は会議の内容をまとめ、わたくしはシャルロッテ様に手紙を書きます。
すぐにお父様からの手紙を持ってコルドゥラが戻ってきました。
「本当に狙ったような内容ですよ。どうやらわたくし達が会議内容を送る前から貴族院での嫁盗りディッターにおける他領の後援や協力に対する警戒についても考えられていたようです」
わたくしはコルドゥラに渡された手紙に目を通します。
……なるほど。フェルディナンド様の悪辣さによる教訓、ですか。
嫁盗りディッターの詳細も知らない他領は、貴族院でディッターを行うと聞いた時点で宝盗りディッターと同様と考える可能性が高いこと。そのため、ディッターの準備期間に大領地が中小領地を取り込んだり、中小領地が手を組んだりする可能性が高いこと。その場合、複数からの求婚を受けたダンケルフェルガーだけが多勢に無勢の攻撃を受ける可能性が高いことが懸念されています。
貴族院で嫁盗りディッターを行うならば、領地同士の癒着や無関係な領地の後援や協力を防ぐためにツェントが尽力するように、というのがダンケルフェルガーからの条件だそうです。「無関係な領地の後援や協力が確認できた時点で、ツェントが条件付けた攻撃用魔術具の殺傷力の制限を解除する」という部分を読んで、わたくしはエグランティーヌ様が頭を抱える様子が思い浮かびました。
……でも、最悪の場合はダンケルフェルガー対ダンケルフェルガー以外の全領地という状態にもなりかねないのです。この程度の条件付けは必要でしょうね。
本来は複数から同時に嫁盗りディッターの申し込みが来ることも、花嫁側の領地以外で戦うこともないのです。お父様達が警戒するのも理解できます。
「コルドゥラ、このお手紙は早めにツェント・エグランティーヌに送ってください。他領に周知する上で協議しなければならないことも多いでしょうから」
「かしこまりました」
わたくしはコルドゥラに手紙を渡して、一つ息を吐きました。
「他領が協力体制を取る危険性には気付いているようですが、ラオフェレーグに関しては何一つ書かれていませんでしたね。お父様達はラオフェレーグの暴走の危険性に気付いていないのでしょうか? 協議中なのでしょうか?」
「ラオフェレーグ様は領主候補生ですが、大して強くもない一年生ですよ。あと五年後ならばまだしも、今回のディッターでそれほど危険とは思えませんが……」
ラザンタルクとそれに賛同する護衛騎士達の声に、わたくしは苦笑しました。ラオフェレーグ自身が大して強くないことは、実際に向き合ったわたくしもよく知っています。
「ラオフェレーグがダンケルフェルガー内で自分の味方を集めているうちは良いのです。派閥の色も見えやすく、将来的にお兄様と敵対しやすい者達を炙り出せますから。けれど、ラオフェレーグ個人が秘密裏に他領と結びつくことは絶対に避けなければなりません」
ハッとしたように護衛騎士達がわたくしに視線を向けました。ヴィルフリート様との会話によって嫁盗りディッターに無関係な領地が関与してくる可能性に気付いたわけですが、もしラオフェレーグがそれに気付いたら、もし独断で他領から戦力を得たらダンケルフェルガーはどう対処するつもりでしょうか。
「ハンネローレ様、いくら何でもダンケルフェルガーの領主候補生が嫁盗りディッターで他領の手を借りるとは思えませんが……」
自領の領主候補生を信じたい騎士達の気持ちはわかりますが、相手はラオフェレーグです。あまり期待はできません。
「えぇ。普通はそうなのですけれど、貴族院では他領からの干渉が可能ですし、追い込まれた者は何をするかわかりません。特にラオフェレーグはまだ幼い上に、あまり深く考えることをせず、目先の利益に飛びつきやすい性格に見えます。もしラオフェレーグが他領の力を借りて今回のディッターに勝利した場合、ダンケルフェルガーが他領の影響下に置かれる可能性が出るでしょう?」
他領の影響を考慮した上で縁を繋ぐならばともかく、わたくしとラオフェレーグというダンケルフェルガーの領主候補生同士の婚姻を決めるディッターに他領が影響力を持つなんてあり得ません。けれど、現時点では他領の力を借りなければ、ダンケルフェルガー内でラオフェレーグを持ち上げる勢力だけでは戦力が全く足りていません。ラオフェレーグが勝利を望むならば、他領の協力を求める以外に道がないのです。
「なるほど。それを理由にすれば合理的にラオフェレーグ様を潰せそうですね。今後の憂いを払うためにもその懸念について進言してアウブの許可を取り、嫁盗りディッターの前に危険の芽を摘んでおきましょう」
ケントリプスが悪巧みをする時のとてもイイ笑顔をしています。ラザンタルクもニッと笑ってケントリプスの肩を軽く叩きます。
「将来の領地に余計な影響を残さないように考えるのは、次期領主の義務だよな? そういう感じでレスティラウト様も煽っておいた方が良いと思わないか?」
「煽るとは人聞きの悪い……。ですが、懸念事項は早めに処理するのが鉄則です。やりましょう」
この二人がお兄様を巻き込んで何か企むと被害の規模が大きくなることが多いので、少しラオフェレーグが可哀想に思えます。やり過ぎないでほしい気持ちと、アウブの決めた婚約者候補に異議を申し立てたラオフェレーグの自業自得という気持ちの半々で、わたくしは手紙を書く二人を見つめてしまいます。
「ハンネローレ姫様、ずいぶんと領主候補生らしいことをおっしゃるようになりましたね」
「コルドゥラ、からかわないでくださいませ」
「成長したと褒めているのですよ」
話し合いが一段落したところで、午後の講義に向かわなければならない時間になりました。わたくしが神々の世界に行っている間に側近達はいくつも講義を終えていて、時間的に余裕のある者が増えています。午後の講義がない文官に、わたくしはシャルロッテ様に書いた手紙を渡しました。
「エルーシアは午後の講義がないのですよね? こちらの手紙をなるべく早くシャルロッテ様に渡してください。おそらく領地とも話し合わなければならないでしょう。緊急だと伝えてくれますか?」
「お任せくださいませ。エーレンフェストはどの学年も共通の座学を終えているので、今日の午後ならば寮にいらっしゃるはずです」
貴族院内の情報に詳しい文官を頼もしく思いながら、わたくしは午後の講義に向かいました。
わたくしは恙なく午後の講義を終えました。嫁盗りディッターに関する領地の意向が確認できたこと、それをツェントに送ったことで、わたくしは少しだけ気が楽になりました。嫁盗りディッターについて声をかけられても「ツェントからお知らせをお待ちください」と受け流せるからです。
……コルドゥラに褒められたくらいですもの。わたくし、とても成長していますね。
「ハンネローレ様、今日こそは特別指導をお願いします!」
寮へ戻った途端に何の挨拶もなく自分の用件だけ述べるような無礼でしつこいラオフェレーグの申し出にも嫌な気分になりません。わたくしは笑顔で受け流します。すでにお父様達に判断を委ねました。何かしら回答があるまで放置しておいて良いでしょう。
「ラオフェレーグはまず宮廷作法の実技を終えてくださいませ」
「またそれですか? 先生が領主候補生に厳しいことはハンネローレ様もご存じでしょう?」
……おかしいですね。何故ラオフェレーグは同じ言葉で断られているのに意味を知らないのでしょう?
わたくしの知識では「宮廷作法の実技を終えてください」は「貴方の態度は無礼極まりないので礼儀作法の勉強をやり直してください」という意味になるはずなのですが、全く通じていないようです。まさか側近にも通じていないのでしょうか。わたくしはラオフェレーグの筆頭側仕えに視線を向けて首を傾げます。
「導きの神エアヴァクレーレンへのお祈りが足りないのではございませんか?」
「いくらフリュートレーネが力を尽くしても、タルクスはフェアフューレメーアの下でしか成人できませんから」
いくら周囲が教育に力を尽くしても元々の性質が領主候補生に相応しくないと貼り付けたような笑顔で言われてしまうと、それ以上わたくしには何も言えません。まさかラオフェレーグが筆頭側仕えに見放されているとは思いませんでした。いいえ、本当は少しだけ感じていました。北の離れにいた頃と違って、貴族院ではラオフェレーグを諫める言動が減ったと。
……これはすでにお父様や第二夫人のライヒレーヌ様に報告と相談がされているでしょうし、今日わたくし達が送った懸念事項を見れば、お父様の決断は予想より早そうですね。
「おそらく近い内に時の女神ドレッファングーアの糸が重なる時が訪れるでしょうね」
「その日を心待ちにしています」
筆頭側仕えは一礼すると、「近い内とはいつだ?」と興奮しているラオフェレーグの背を押すようにして連れていきます。とても苦労しているのに全く報われていないことがよくわかる図を見て、わたくしは筆頭側仕えに同情しました。
「ライヒレーヌ様が貴族院入学前に決断できていれば、まだ傷は少なかったでしょうね」
「ディッターで敗北したレスティラウト様が次期領主に決まり、ハンネローレ様が本物のディッターで恥を雪いだせいですよ。時間をかければ何か道が開けるかもしれない、とライヒレーヌ様が妙な希望を持ってしまったのでしょう」
第一夫人の子であるわたくし達が瑕疵を得ても汚名返上する機会を得られたのです。第二夫人の子にも温情を……と言われれば、よほどのことがなければお父様も動かないと思います。
「ラオフェレーグ様の失態が領地内で収まる範囲であれば良かったのですが、他領との関係を考えるとこれ以上は放置できませんからね。わたくしはむしろハンネローレ様が自力では寮内を治められなかったとアウブ達に判断されることを懸念していますけれど……」
「特別指導で心を折ったつもりだったのに、変な方向に暴走し始めましたもの。わたくし、自分の実力不足は常々感じています」
わたくしが自省していると、コルドゥラは「戦闘能力は足りているのですけれどね」と苦笑しました。
自室で着替え、夕食のために食堂へ向かおうとしているところへオルドナンツが飛んできました。白い鳥はわたくしの手に降りてきました。
「ハンネローレ様、エーレンフェストのシャルロッテです」
その声が少し震えていて、シャルロッテ様の緊張を伝えてきます。
「お手紙をくださって非常に助かりました。心からお礼申し上げます。この度はお兄様がダンケルフェルガーを混乱させるようなことをおっしゃったようで大変申し訳ございませんでした。エーレンフェストとしては全く与り知らないことです。領地の防衛戦の折、ご協力くださったダンケルフェルガーに対するご恩と感謝をエーレンフェストが忘れたわけではございません。正式な謝罪は書面にして送りますが、今は取り急ぎ領地としてドレヴァンヒェルに協力するつもりは全くないことをお伝えしたくて……。アウブ・ダンケルフェルガーにもどうかよろしくお伝えくださいませ」
どうやら午後の講義から戻ったヴィルフリート様から事情を聴き、慌ててオルドナンツを送ってきたようです。何も知らなかったのであれば、わたくしからの手紙を読んだシャルロッテ様はさぞ驚いたことでしょう。
わたくしはエーレンフェストと対立したくないと思っていたので、領地の意向を確認できて、わたくしはそっと胸を撫で下ろしました。シュタープを出して黄色の魔石を軽く叩き、オルドナンツで返事を送ります。
「シャルロッテ様、ハンネローレです。エーレンフェストの意向を確認できて、わたくしも安堵いたしました。またお茶会でご一緒できる日を楽しみにしていますね。書面は必ずダンケルフェルガーに送ります。どうかアウブ・エーレンフェストによろしくお伝えくださいませ」
エーレンフェストの意向を確認できましたし、釘刺しもできて一安心です。わたくしはすっきりとした気分で食堂へ入りました。今日のご飯はおいしく食べられそうです。
……それにしても、領地の意向でないならばヴィルフリート様は一体どういうつもりでオルトヴィーン様に協力するとおっしゃったのかしら? あ、もしかするとドレヴァンヒェルの貴族と婚約のお話でも持ち上がっている、のでしょうか?
あり得ます。貴族院五年生ならば婚約者を探すのはおかしくありません。それならば、わたくしが東屋にお誘いした時には疚しいことはないと証明するためにオルトヴィーン様に動向をお願いしたいと考えるでしょうし、わたくしからの求婚など受け入れられないでしょう。わたくしの求婚をなかったことにしても当然です。
……そういう理由でもなければ、領地の意向でもないのにオルトヴィーン様に全面的に協力するとは口にしないでしょう。……きっと、あの時にはもう……。
「ハンネローレ姫様、ぼんやりしないでくださいませ」
コルドゥラの注意にハッとした時には、わたくしは夕食を終えていました。何を食べたのか記憶にありませんが、空になっているお皿があります。
「寮監宛てに魔術具の手紙が来ています」
言われるままに視線を上に向けると、ルーフェン先生のテーブルにヒラヒラと手紙が落ちる様子が見えました。このように全員が揃う食事時に寮監に手紙を出すということは、学生達に対する大事なお知らせでしょう。
「ツェントからだ!」
その声に食堂にいた皆が視線を向けました。ルーフェン先生は手紙を読んで、わたくし達に向かって言いました。
「明日の三と半の鐘に上級貴族以上の学生は講堂に集合せよ、と。緊急の連絡があるらしい。……おそらく嫁盗りディッターの件だろう」
もっと中央で協議するかと思っていましたが、エグランティーヌ様はお父様の手紙の内容をそのまま受け入れたようです。
「当然のことだが、他領の学生達が集う場だ。ハンネローレ様の周囲はよく固めておけ」
「はっ!」
ヴィルフリートとの会話からハンネローレは色々と気付きました。
領主候補生としての成長をコルドゥラに褒められました。
が、恋愛感情をもっと成長させて欲しいものです。
寝耳に水のシャルロッテがマジ可哀想ですね。
次こそツェントのお知らせです。(笑)




