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アレキサンドリアとの情報交換

 「ハンネローレ様、アレキサンドリアからお返事がございました。非常に急ではございますが、明日の午後にあちらのお茶会室でいかがでしょう、と。……本当に急ですが、どうされますか?」


 側仕え見習いのアンドレアに差し出された木札を手に取って、わたくしは目を通していきます。コルドゥラが打診していた情報交換を目的としたお茶会についてのお返事です。


「女神の御力への対処法がわからなければ講義に出られないと伝えたので、それを考慮してくださったのだと思います。それに、アレキサンドリアができて一年も経っていないのに、女神の招きによってアウブが不在になったのです。残された者達はとても心細いはずです。わたくしも早く情報交換をしたいので、日時はそれで構いません」

「わかりました。アレキサンドリアからレティーツィア様の同席も求められました。それに関してはどうされますか?」


 アンドレアの質問にわたくしは少し考えます。ローゼマイン様が不在の今、レティーツィア様はアレキサンドリアの唯一の領主候補生です。ですが、彼女は旧アーレンスバッハの領主候補生でもあります。後ろ盾であるローゼマイン様がいなくなると、周囲の目が厳しくなり、口さがない者も出るでしょう。


「アレキサンドリアにおける彼女の立ち位置は難しいでしょう? 個人的なやり取りで人柄を知っているので、わたくしが尊重することで少しでも楽になると良いと思います。ですが、ローゼマイン様が不在となった十日間に周囲がどのように変化しているのか……」


 十日間意識がなかっただけで、わたくしの側近にはラオフェレーグに賛成する者が出ていました。レティーツィア様の周囲に全く変化がないとは言い切れません。


「確かに旧アーレンスバッハの貴族の動きは気になりますね」

「えぇ。レティーツィア様ではなく、ローゼマイン様の側近が望んでいるのであれば同席いただきたいと思います」


「わかりました。ハンネローレ様の懸念を伝え、ローゼマイン様の側近だけで判断していただくようにお願いします」


 アンドレアが部屋を出て行くと、今度はコルドゥラが入ってきました。意識がなかった十日分の領地からの報告書を持ってきてくれるように頼んでいたのですが、手には何も持っていません。


「姫様、大変申し訳ありませんが、会議室へおいでください」

「何か不手際があったのですか?」

「ラオフェレーグ様が領地からの報告書の一部を隠匿していました。ケントリプス達にも確認できるように会議室へ運ばせています」


 コルドゥラの説明によると、十日分の報告書を出すように言ったところ、ラオフェレーグがケントリプス達にも触らせず、領地から届く報告書の一部を独占していたことが判明したそうです。


「何をしているのですか、ラオフェレーグは!?」

「領主候補生としての立場を笠に着たケントリプス達への嫌がらせです。その程度でしかご自分の優位性を示せないのでしょう」


 腹立たしそうにそう言いながら、コルドゥラはわたくしが目を通していた招待状なども手早く木箱にまとめていきます。


「ラオフェレーグ様の興味はディッターに比重が傾いていて、余程重要な報告書以外は目を通されておらず、大半は積み上げられたまま。未処理の物が多いのです」

「勘弁してくださいませ」


 本来ならば、意識がない間にどのような報告書が行き交ったのか目を通すだけでよかったのに、十日分の未処理書類があるということではありませんか。コルドゥラが会議室を準備させた理由がよくわかりました。わたくしの部屋に出入りできる女性の文官見習いだけでは手に余るのでしょう。報告書に目を通すのが思ったより大変そうで、わたくしは溜息を吐きながら立ち上がりました。




 会議室に到着したわたくしは、「ハンネローレ様が目覚めたら」というお茶会の招待状を確認するように言われました。わたくしはお断りする領地の招待状と、受けるかどうか悩む招待状を分類して側仕え見習いに渡します。


「嫁盗りディッターを申し込まれた領地とのお茶会は、全く興味がないことを示すためにお断りします。わたくしに「女神の化身」を期待されても困りますし……。お断りの文面を付けて、各領地にお返事をお願いします」

「かしこまりました」


 ふぅと息を吐いて会議室内を見回せば、文官見習い達はラオフェレーグが溜め込んでいた報告書の処理をしています。ただ優位性を示すために報告書を未処理のまま抱え込むのはどうかと思います。


「ハンネローレ様、こちらに大変な報告書がございました。何でも、消えていた記憶の復活に関する報告のようです。騎士の一部に貴族院時代の記憶が蘇り、そこにローゼマイン様のお姿があったと書かれています」

「すぐに貸してくださいませ!」


 わたくしは文官見習いのルイポルトに手渡された報告書を読みました。昔の貴族院にローゼマイン様が現れた記憶が蘇ったというものでした。彼等は全員フェルディナンド様と同世代の騎士達で、貴族院時代に三日くらいの記憶を失ったことがあったそうです。その期間の記憶が突然蘇った上に、現在のアウブ・アレキサンドリアであるローゼマイン様が現れたというものでした。報告書の日付はわたくしが目を覚ます三日ほど前です。


 ……時の女神 ドレッファングーアに「一つ修復が終わった」と言われた箇所がそこなのでしょう。


 修復の跡が見えるとは思いませんでした。ローゼマイン様の奮闘と成功を目の当たりにして、胸が熱くなってきます。


 ……それにしても、ダンケルフェルガーの騎士達が記憶をなくしていたなんて存じませんでした。


「ハンネローレ様、こちらはジークリンデ様が騎士達に詳細を尋ねた報告書です」


 わたくしの文官見習いのエルーシアが発見したお母様からの報告書を読んで、わたくしは頭を抱えたくなりました。

 エーレンフェストのフェルディナンド様と共に素材採集の予定で出かけ、採集予定の素材が手に入っていたのに何をしていたのか全く記憶がない。一体何があったのか同行した誰も知らない。そのような不思議なことが起こったにもかかわらず、彼等は「予定通りに採集ができているから、まぁ、よし!」と特に気にせず日常生活に戻ったと書かれています。


 ……同行者全員が記憶を失ったというのに、反応が軽すぎませんか?


 ダンケルフェルガーの騎士達を理解できないというか、どうにも共感できないのは今に始まったことではありません。そこでローゼマイン様が何をしていたのか、そちらの方が重要です。わたくしは騎士達の記録を読んでいきます。そこには思い出した記憶についても書かれています。


「この報告をラオフェレーグが独占していなければ、アレキサンドリアにはもっと早くに情報が届いたでしょうに……」


 わたくしが腹立たしく思っていると、コルドゥラが苦笑しました。


「ハンネローレ姫様、フェルディナンド様がその時の素材採集に同行していたのであれば、そちらの記憶も蘇っているのではございませんか? アレキサンドリアはすでに知っているでしょう」

「それもそうですね」


 あらゆることを記憶しているように見えるフェルディナンド様のことです。大雑把な騎士達と違ってローゼマイン様が降臨した際の詳細を覚えていらっしゃるでしょうし、主を心配する側近達とも情報を共有しているでしょう。


「でも、明日の情報交換前に知ることができてよかったと思います。危うくダンケルフェルガーでは重大な情報が共有されていないと思われるところでした。ラオフェレーグにはお仕置きが必要ではありませんか?」

「未処理の報告書を回さなければ良いのですよ。不用意に近付かないようにしてくださいませ」


 昨日の指導で妙な反応を見せたラオフェレーグに、近付きたいとはわたくしも思いません。




 次の日の午後、アレキサンドリアとのお茶会の時間が近付く頃にはわたくしの女神の御力がかなり薄れていました。わたくしは自分のことなのでよくわからないのですが、明日か明後日には消えそうだとコルドゥラが言います。


「ねぇ、コルドゥラ。こちらからアレキサンドリアに質問することはほとんどなくなったと思いませんか?」

「今後の注意について一応質問してくださいませ。女神の御力を感じられなくなっても、何か影響が残る可能性はございます」


 わたくしはコルドゥラとそんな話をしながらアレキサンドリアのお茶会室へ向かいました。ほとんどの学生が講義中なので廊下は静かですし、わたくしの同行者も多くありません。

 コルドゥラが扉の前で軽くベルを鳴らして来訪を伝えると、ローゼマイン様の筆頭側仕えであるリーゼレータが扉を開けて出迎えてくださいました。彼女の後ろにはレティーツィア様とその側近らしき姿も見えます。


「ハンネローレ様、急なお招きに応じてくださってありがとう存じます」

「いいえ。こちらこそ大変な時にお時間をいただけて嬉しく存じます」


 リーゼレータと挨拶を交わして中に入ると、レティーツィア様が進み出ました。一年生らしい初々しさと緊張を感じさせる様子で挨拶してくださいます。


「ハンネローレ様、本日はわたくしの同席を許可いただきありがとう存じます」


 ニコリと微笑んだレティーツィア様を、リーゼレータが優しい目で見つめています。同席することをローゼマイン様の側近達が望んだのですから、アウブが不在の間に寮内が割れているということもなさそうです。


「ローゼマイン様がいらっしゃらない今、レティーツィア様は一年生という幼さで寮内をまとめなければなりませんもの。非常に心細いことでしょう。わたくしはお兄様が卒業して、初めて一人で寮内をまとめる大変さを知りました。本日のお茶会が少しでも貴女の後押しになることを願っています」

「ハンネローレ様のお心遣いに感謝いたします」


 すぐにお茶の準備がされました。席に着いているのはリーゼレータとレティーツィア様です。お二人がお茶を飲み、一口お菓子を食べてからわたくしに勧めてくださいます。


「礼儀作法としてはゆっくりお菓子の話題から入るのでしょうが、女神の御力が残っている以上、ハンネローレ様のお体にご負担があるでしょう。今日は本題を勧めさせてください」


 リーゼレータに申し訳なさそうな様子で言われ、わたくしは少し首を傾げます。十日ほど眠っていたため、目覚めてすぐは少し身体能力の衰えを感じていました。けれど、二日も経てばほとんど元通りです。今朝は早朝訓練にも参加しました。他領の者に心配されるほどの負担は感じていません。


「女神の御力は負担なのでしょうか? 意識が戻ってから急速に薄れているせいか、わたくしは女神の御力自体をそれほど感じないのですが……」

「まぁ、そうなのですか?」


 意外そうにリーゼレータが濃い緑の目を瞬かせました。


「えぇ。淡い光を帯びていることも自覚が薄いのです。ただ、これで外へ出るのは少々心配ですし、感情の揺れによって軽い威圧が出るので不都合がないとは言えなくて……」


 リーゼレータは思案顔で「ハンネローレ様とローゼマイン様ではずいぶん違うようですね」と頬に手を当てました。


「ローゼマイン様はかなり長期間薄れなくて身の回りのお世話が大変だったのです。最初は上級側仕えでも手が震えて肌や髪に触れるのが難しく、中級側仕えでは触れることもできない期間がございました。魔力を通さない銀色の布をまとっていなければ、どのように女神の御力が作用するのかわからない有様でしたが、ハンネローレ様は違ったのでしょうか?」


 後半部分はわたくしではなく、背後に立つわたくしの側近達への質問でした。コルドゥラが静かな声で「上級側仕えの手が震えるような御力ではございませんでした」と答えると、リーゼレータは表情を和らげます。



「では、それほど心配することはないと思います。女神の御力が薄れれば薄れるほど、普段通りになりますから。ローゼマイン様も女神の御力を放出することでご自身の魔力の色を取り戻したようです」


 このまま消えるのを待てば良いと言われ、コルドゥラとわたくしは胸を撫で下ろしました。すぐにでも普段通りの生活に戻れそうです。


「わたくしが言った通りでしょう、コルドゥラ。わたくしはローゼマイン様を呼び出したい女神に体をお貸ししただけで、神々から頼られる存在ではございません。ローゼマイン様と違って、わたくしは女神の化身ではないのですよ」

「それについては、本当に申し訳わけなく思っています」


 わたくしとローゼマイン様に与えられた女神の御力について話をしていると、何故か突然リーゼレータから謝罪されました。


「……え? あの……」

「ローゼマイン様が貴族院を離れていたため、ハンネローレ様を神々からの呼び出しに巻き込んでしまいました。今後のハンネローレ様が心配でならないと出発前にローゼマイン様はおっしゃいました。その懸念通り、女神の御力を欲した求婚者が群がり大変なことになっていらっしゃるでしょう? 本当に申し訳ございません」


 リーゼレータの謝罪にハッとしたように、レティーツィア様も「大変申し訳ありません」と謝り始めます。


「その、求婚者が多くて大変なことになっていますけれど……。アウブが自領へ戻っている間に神々から呼び出しを受けるなんて、普通は予測できないと思います。アレキサンドリアやローゼマイン様の責任ではございませんよ」

「ですが……」

「それに、もし時の女神 ドレッファングーアがローゼマイン様を呼び出すことを諦めてしまっていたら、もっと大変なことになっていたでしょうから」


 機織りの女神 ヴェントンヒーテが気に入った模様だったので、修復を試みる気になっただけなのです。ちょっとした行き違いで二十年くらいの歴史が消えてしまっていてもおかしくありませんでした。


「アウブが不在のアレキサンドリアに比べれば、わたくしは大変とは言えません。頼れる両親や側近達もいますから」


 リーゼレータは自分の無力感を噛み締めるような表情を隠すように俯きました。


「……わたくしは可能な限りハンネローレ様に協力するように、と命じられました。それなのに、わたくし達は自領のことで手一杯で何もできないのです」


 真剣に謝っているアレキサンドリアの者達に、何だかとても悪い気がします。わたくしの場合、今の一番の悩みは大量の求婚者ではなくラオフェレーグです。彼がわたくしの指導を受けて「本気になった」などと妙なことを言い出したり、領地からの報告書を隠匿したりするのは、女神の呼び出しとあまり関係がありません。


「ご安心くださいな」

「え?」


 目を丸くして顔を上げたリーゼレータを安心させられるように、わたくしはニコリと微笑みました。たまにはダンケルフェルガーのディッター熱も役に立つのです。


「今のところ、ダンケルフェルガーがディッターで蹴散らせない求婚者はいません。ですから、本当にお気になさらないでください」


 わたくしが安心させたかったのですが、何故かリーゼレータの表情が固まりました。驚き顔を笑顔に変えましたが、どう見ても反応に困って取り繕った表情です。


「恐れ入ります。ローゼマイン様が戻ったらそのように伝えましょう」


 ……あら? わたくし、何か間違ったことを言ってしまったでしょうか?


 首を傾げるわたくしとリーゼレータを見ていたレティーツィア様が、取りなすように少し身を乗り出して口を開きました。


「ハンネローレ様、アレキサンドリアがご迷惑をかけている現状で大変恐縮ですが、もしローゼマイン様の動向について何かご存じであれば教えていただけませんか?」


 声をかけられてハッとしました。そうです。今日は情報交換のために来たのです。リーゼレータも真剣な眼差しになりました。


「わたくしは精神だけの形で呼び出されたため、あまり長く神々の世界にいると体が持たないと、先に戻されました。何でも答えられるわけではありません。アレキサンドリアではどの程度を把握しているのか、先に伺ってもよろしいですか?」


 わたくしの質問にリーゼレータは盗聴防止の魔術具を取り出しました。それをわたくしとレティーツィア様に渡します。


「これからお話しすることはご自身の領地にも内密にしてください。今の不安定なアレキサンドリアにとって大きな不安要素なのです」

「わかっています。わたくしが神々の世界で知り得たことも、簡単には他言できません。ローゼマイン様が戻られてから、ツェントと協議した上で伝えた方が良いこともございます。それについては領地にも報告していませんし、この場でも口にいたしません」


 フェルディナンド様の糸が切られたことで二十年の歴史が崩れそうになっていることはまだしも、フェルディナンド様の糸をローゼマイン様の糸で繋ぐこと、そのために星の神が呼び出されて星を結んだなどの裏事情は、ローゼマイン様が戻ってからどの程度の情報をいつ公表するのか決めてからにした方が良いと思っています。


 ……わたくしの体をほんの少し女神にお貸ししただけでこの騒ぎですもの。ローゼマイン様への神々の干渉具合が変に広まると、どのような騒ぎになるでしょうか……。


 わたくしが口外しないことを約束すると、リーゼレータは盗聴防止の魔術具を握り、ゆっくりと頷いて口を開きました。


「……フェルディナンド様に発生した異常事態が、神々からの呼び出しの引き金ではないかとアレキサンドリアでは考えられています」


 リーゼレータによると、アレキサンドリアにいたフェルディナンド様が突然意識を失った上に、存在自体が消えかかるという異常事態が発生したそうです。そのような知らせを聞けば、ローゼマイン様が領地へ戻るのは当然でしょう。


「わたくしも主にお供して帰還しました。寝台には存在があるのにうっすらとしか見えず、消えかかっているフェルディナンド様がいらっしゃいました。どう見ても病気などではなく、不思議な力が働いているのは明らかだったのです。ローゼマイン様が神々にお伺いを立てるために魔術具などを準備しているところへ貴族院から緊急連絡が来ました。ハンネローレ様に時の女神ドレッファングーアが降臨し、ローゼマイン様を呼んでいる、と」


 ローゼマイン様は準備を調えて、即座に貴族院へ出発したそうです。フェルディナンド様の異常事態をその目で確認していたのであれば、何の躊躇いもなく女神のところへ向かったことは理解できます。けれど、そもそも異常事態が発生したから神々にお伺いを立てようと考えるところは、普通ではないと思います。


「アレキサンドリアでわかっていることはそれだけです。ローゼマイン様が神々の世界へ向かった後は何の連絡もございませんし、新たな情報が入ることもございません。ハンネローレ様は何かご存じですか?」


 祈るような真剣な眼差しに、わたしは「その異常事態の原因を存じています」と頷きました。


「フェルディナンド様の糸を何者かに切られたことが原因だと、時の女神 ドレッファングーアはおっしゃいました。フェルディナンド様はここ二十年くらいのユルゲンシュミットの歴史に深く関わっているらしく、その糸が切られたことで機織りの女神ヴェントンヒーテが織った歴史の模様が崩れそうになっているそうです」


 わたくしの説明に、二人がポカンとした顔になりました。とても理解できないという表情です。


「女神の織った歴史……何と言えば良いのか言葉が浮かびませんけれど、大変な事態になっていることはわかりました」


 リーゼレータがわからないなりに理解しようとしている顔でそう言うと、レティーツィア様はよくわかっていない顔で目を瞬かせます。


「ローゼマイン様は神々の干渉を疑っていましたが、まさか本当に神々が……?」


 二人の気持ちはよくわかります。神々の世界で起こったことはそう簡単に信じられるものではありません。ただ、フェルディナンド様に異常事態が起こっていることを知っていても、このような反応なのです。詳細を伝えたところで、信じてくださる方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。


「ユルゲンシュミットの歴史が二十年くらい崩れるのを防ぐため、フェルディナンド様の糸を繋げられるローゼマイン様が女神様に呼ばれたのです。わたくしが神々の世界を去る前に、一つ修復が終わったと伺いました」

「そうなのですか?」

「えぇ。アレキサンドリアやエーレンフェストならばご存じだと思いますが、ローゼマイン様はフェルディナンド様の貴族院時代に降臨したようですね」


 当時のフェルディナンド様はエーレンフェストの領主候補生なので、他領と素材採集をするならば、護衛騎士が何人か同行していたはずです。フェルディナンド様に意識がなくとも、当時の側近は記憶が蘇ったでしょう。わたくしは当然のようにそう考えましたが、レティーツィア様は眉を寄せました。


「……アレキサンドリアにはそのような情報はございません。リーゼレータは知っていますか?」

「いいえ、存じません。エーレンフェストからもそのような知らせはございません」


 二人が嘘を吐いているとも思えませんし、アレキサンドリアの誰かがラオフェレーグのように報告書を隠匿しているとも思えません。わたくしは首を傾げました。


「ダンケルフェルガーの騎士の中に、失われていた貴族院時代の記憶が突然蘇ったと言い出した者が何人も現れたそうです。報告書によると、彼等はフェルディナンド様と素材採集をしているところへローゼマイン様が降臨したと述べたそうです。ですから、同じようにフェルディナンド様の護衛騎士の記憶も戻ったと思っていたのですが……」


 レティーツィア様は「それならばエーレンフェストにいるかもしれません」と言い、何かに気付いたのかリーゼレータは困ったように微笑みました。


「実は、当時からフェルディナンド様に信頼されていた側近も意識を失っています。彼等はフェルディナンド様に近いせいで影響が強かったのでしょう。意識がないだけで、フェルディナンド様と違って存在自体はハッキリしていますが……」


 フェルディナンド様が信頼する側近まで倒れているなんて予想外です。わたくしが想像していたより、アレキサンドリアはずっと大変なことになっていました。


「ハンネローレ様がお話しできる範囲で構いません。ローゼマイン様がどうされているのか教えてくださいますか?」

「ダンケルフェルガーの騎士達が報告した分だけならば……。その、わたくしはローゼマイン様に同行していたわけではございませんから」


 正確には、騎士達から聞き出したお母様の報告書ですが、そのようなことはわざわざ口に出す必要はありません。わたくしは期待に目を輝かせている二人に、報告書の内容を伝え始めました。


「素材採集の途中でターニスベファレンが出現し、彼等は知らぬまま攻撃して巨大化させてしまいました。そこへローゼマイン様が降臨し、黒の武器を与え、フェルディナンド様と協力してターニスベファレンを討伐したそうです」

「ターニスベファレンは、三年前の表彰式に現れた魔獣ですよね? 黒の武器がなければ倒せませんが、黒の武器さえあれば……」


 記憶をたどるリーゼレータにわたくしは「それほど難しくはないでしょう」と言葉を続けました。


「討伐後、傷を癒やすと言ったローゼマイン様に対して、フェルディナンド様は見知らぬ者の癒やしは受けないと拒絶。怪我が悪化して大変なことになり、ローゼマイン様による癒やしがあったようです」

「……見知らぬ方を拒絶するフェルディナンド様の姿は簡単に想像できますね」

「ローゼマイン様のことです。何と言われようと、きっと強引に治療したと思います」


 心配そうに張り詰めていた二人の表情に苦笑が浮かび上がりました。わたくしよりローゼマイン様やフェルディナンド様を知っている分、報告書の内容だけでも色々なことが想像できるようです。


「治療自体はローゼマイン様の騎獣内で行われたため、詳細は不明とのことでした。フェルディナンド様が回復すると、ローゼマイン様は神々の世界へ帰還されたと書かれていました。ダンケルフェルガーからの報告書にあったのはそれだけです」

「神々の世界へ帰還ですか?」

「それは修復が成功したということでしょうか?」


 二人に向かって、わたくしは笑顔で頷きます。


「わたくしが神々の世界を去る寸前、ローゼマイン様が一つ修復したと伺いました。その報告書が届いたのは、もう四日前です。ローゼマイン様のことですもの。もしかすると、そろそろもう一つくらい修復を終えているかもしれませんね」


 レティーツィア様が胸元を押さえて、そっと安堵の息を吐きました。


「ローゼマイン様ならば大丈夫です。全てやり遂げて帰ってきてくださいます。わたくし、そう確信いたしました。ハンネローレ様、教えてくださって本当にありがとう存じます」


 レティーツィア様の言葉に何度も頷き、リーゼレータも安心したような微笑みを見せました。うっすらと涙の幕が掛かっています。


「ローゼマイン様が神々の課題をこなしているお話を伺って、ローゼマイン様ならばきっとフェルディナンド様を救ってくださると信じられました。寮内も領地も少し落ち着くでしょう。本当にありがとう存じます」




 こうして、アレキサンドリアとの情報交換は終わりました。


「明日か明後日か……。光が消えたら講義へ行けそうですね。しっかり予習と復習をいたしましょう、姫様」


女神の御力は早々に消えそうでホッとしたハンネローレ。

アレキサンドリアの状況が大変なことを知りました。

ローゼマインの現状を知ったリーゼレータ達。

奮闘している様子を知って一安心です。


次は、ツェントからの呼び出しです。

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― 新着の感想 ―
>そのような不思議なことが起こったにもかかわらず、彼等は「予定通りに採集ができているから、まぁ、よし!」と特に気にせず日常生活に戻ったと書かれています。 >「今のところ、ダンケルフェルガーがディッター…
まさか、フェルディナンド様が消えかけてて、武装して始まりの庭に突撃するつもりだったんでは、、、? 深く恨んでそうな神様関連だし、、、
多分直近のフェルさま危機一髪案件を1つずつ古い歴史に向かって修正していくのでしょう…20年前の(多分『クインタ魔石化危機一髪、女神との出逢い(キミのゲドゥルリーヒだ)』)
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