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閑話 時の女神のもたらした厄介事 後編

 寮へ戻った後は、ハンネローレ様のお体を守るために領地からユレーヴェを取り寄せるなどの対処に追われた。……とは言っても、大方は私の仕事ではなくハンネローレ様の側近の仕事だ。そこは省略し、私はコルドゥラ様が説明できない部分を伝える。


「私はコルドゥラ様に任され、寮内の者達への説明や領地への詳細な報告をしていました。それから、ツェント・エグランティーヌから緊急の呼び出しがあったので、そちらの対応を」

「ツェントからの呼び出しですか!?」


 ハンネローレ様が茶器を置いて私を見つめる。驚きに目を見開いているが、神事で貴族院に光の柱が立っただけで王族から呼び出しを食らっていたのだ。女神が降臨したのだ。呼び出しを食らうのは当然だろう。


「はい。あの東屋にいた三人が呼び出され、事態の報告を命じられました。その際、ダンケルフェルガーの代表として領主候補生の私が行かねば、とラオフェレーグ様が騒ぎを起こし……」

「あの場にいなかったラオフェレーグがツェントに何を報告するのですか?」


 キョトンとした顔でハンネローレ様が首を傾げた。誰しも同じような感想を抱くだろう。彼は「上級文官見習いがツェントにお目通りをするなど不敬だ!」と叫んでいたが、招かれてもいない者が行く方が不敬だと知らないのだろうか。


「私はまさにその言葉で彼の側近諸共叱り飛ばし、ハンネローレ様の側近とツェントのところへ向かいました。ラオフェレーグ様はハンネローレ様に求婚したことで、婚約者候補になったおつもりなのかもしれません」

「……いくら何でも勘違いが過ぎませんか?」


 困ったように眉をひそめながらお茶を飲むハンネローレ様に、私は少し胸を撫で下ろす。少なくともラオフェレーグ様に想いを寄せたり、次期領主になるために彼の手を取ろうとしたりする様子は見られない。


「女神降臨の報告はオルトヴィーン様とヴィルフリート様で事足りました。私はコルドゥラに頼まれていた通り、銀の布を借りられるかどうかの打診、ハンネローレ様がローゼマイン様のように長期に渡って目覚めなかった場合の補講や成績についてのお話をしました」


 最悪の事態を考えて、色々と根回ししていたが、思ったよりも早く目覚められたことに安堵した。例年より遅れるが、講義に問題はないだろう。


「申し訳ございません。わたくしのせいで……。ツェントに呼び出されるなんてとても困ったでしょう?」


 アナスタージウス王子から呼び出される度にお腹が痛かったと言いながらハンネローレ様が気の毒そうに私を見た。だが、女神が降臨した直後である。女神とツェントでは衝撃が段違いだ。意識を失ったハンネローレ様の様子や今後の根回しを頼まれていたこともあり、私はそれほど緊張しなかった。


「私にとって大変だったのは、ツェントへの報告よりラザンタルクの尋問ですよ。ハンネローレ様は覚えていらっしゃいますか? 元々はラザンタルクがあの東屋に誘っていたのですよ。花を見せたいと……」

「あ……そうでしたね。ヴィルフリート様のお誘いで行くことになったとはいえ、ラザンタルクに謝らなければ……」

「今ラザンタルクの頭の中はディッターしかありません。謝ること自体は悪くありませんが、時間が経ちすぎています。不思議そうな顔をされる可能性が高いことはご承知ください」


 ラザンタルクは目の前のディッターに飛びつくと、それ以外をあっさり流してしまう。そういうところはあまり成長していない。私にも嫉妬して絡んでいたのに、コリンツダウムやドレヴァンヒェルから嫁盗りディッターの申し込みがあった途端、目を輝かせて私を見たのだ。


「私達がいがみ合っている場合ではないな。協力して追い払うぞ!」


 あれほど「ハンネローレ様と一緒に出かけるなど羨ましい」とか「私が先に誘ったのだぞ」と言っていたくせに、あっさりと嫉妬などの醜い感情を流してしまった。そんなラザンタルクを羨ましく思いながら、私は「……あぁ」と頷いた。自分の苦い思いは呑み込むしかない。


 ……羨んでいるのは、私の方だ。


 仮に、ダンケルフェルガーがディッターに勝って他領の求婚を退けたところで、ハンネローレ様はその先を選べずに時間切れとなってラザンタルクと結婚することになるだろう。私が選ばれることはない。


「ハンネローレ様、多くの領地からディッターの申し込みが来ています。主要な領地を紹介させてください。まず、最初に申し込んできたのはコリンツダウムです」


 元王族の権力を笠に着て、ジギスヴァルト様の第一夫人に望んでいる。必要とされているのは女神の化身の肩書きとダンケルフェルガーの後援だと思われる。アドルフィーネ様への仕打ちを聞いた範囲では、ハンネローレ様の夫に相応しいとは思えない。


「元王族としての矜持が高すぎて、アウブとしての自分を認めていない様子が見られるとアウブから聞いています。女神の化身を手に入れることでグルトリスハイトを手にすることを望んでいる可能性もあります。ある意味で、最も危険な候補者です。言質を取られないように最大級の警戒をしてください」


 直接顔を合わせるとすれば領地対抗戦だろう。けれど、どこでどのように言質を取られるかわからない。ハンネローレ様は硬い表情になって無言で頷いた。警戒心に満ちた顔を見れば、別に元王族へ嫁ぎたいという希望はなさそうだ。私は心の中でコリンツダウムに大きく×を付けた。


「ドレヴァンヒェルのオルトヴィーン様からは領地を通じて正式に嫁盗りディッターの申し込みがありました。元々ハンネローレ様がご自身の恋心にけじめを付けたら求婚しようとしていたようです」

「……そ、そうですか」


 そう言いながら恥じらうように視線を逸らす。ヴィルフリート様に想いを寄せていたのでオルトヴィーン様に恋心を抱いているわけではなさそうだが、異性として意識はしているようだ。


 ……あぁ。これはドレヴァンヒェルを望むかな?


 オルトヴィーン様はヴィルフリート様へ想いを告白する場にいても全く動じず、むしろ、それを望んでいたように見えた。おそらく彼はヴィルフリート様がハンネローレ様を受け入れないことを知っていたに違いない。


 ……私と同じだ。


 中途半端に想いを抱き続けられるより自分で決着を付けてほしいと思ったのだろう。だからこそ、今このようにオルトヴィーン様を意識するような表情を見せるハンネローレ様に胸が痛くなる。私はその痛みを見ないようにしながら話を続けた。


「クラッセンブルクからは第一夫人として打診が来ました。次期アウブにはすでに第一夫人とお子様がいるので、こちらは運良くディッターに勝利すれば彼女を第二夫人としてハンネローレ様を第一夫人として迎える予定だそうです」


 運が良ければ、程度の申し込みである。ツェント・エグランティーヌの実家なので、それほどの焦りは感じられない。ただ、エグランティーヌ様の後継者は血筋ではなく自力でグルトリスハイトを得た者になるらしい。それを考えると、クラッセンブルクは女神の化身を手にしておきたいのだろう。


「それ以外は有象無象ですね。クラッセンブルク同様にあわよくば、と考えている領地もあるようですし、中央に近付くために元負け組領地もいくつか参戦しています」


 政変によって王座に就いていたトラオクヴァール様が退き、グルトリスハイトを得たことでエグランティーヌ様が王となった。そのため、勝ち組領地や負け組領地という区別は表面上なくなった。


「新たなツェントや神々に認められようと奮起している領地もあり、彼等は女神の化身となったハンネローレ様を得ようとしています」

「……心意気はともかく、負け組領地は色々なところで力を削がれていたでしょう? まだまだダンケルフェルガーの敵にはなれないと思うのですけれど……」


 戦力が段違いなので、まだまだ相手にならない。ディッターの魔王のような者が今年入学していれば話は別だが、ローゼマイン様の悪辣さに慣れている我々はそう易々とやられないと思う。


「ラオフェレーグ様の参戦がなければ……ですね。ハンネローレ様の側近を始め、今は寮内が二分されています」

「わたくしの側近が割れているのですか?」


 ハンネローレ様は父親に定められた婚約者候補から結婚相手を決めようとせずに、ヴィルフリート様に近付こうと奮闘したり、領地を出ようとしたりしている。女神の化身となった彼女を他領へ出さず留めるためには次期アウブにするべきだと考えている者が予想以上に多いということだ。


「ハンネローレ様のご意志を確認できませんから。その、婚約者候補である我々の不甲斐なさもあるでしょうが……」

「ラオフェレーグには困ったことですね。申し入れはそれだけですか?」


 私は頷きながらハンネローレ様の様子をじっと見つめる。想いを断られた直後に女神を降臨させた。そして、つい先程目覚めたばかりだ。まだ時間の経過を実感していないに違いない。


 ……私がこの先を口に出せば、おそらく落ち込むだろう。


 ハンネローレ様が悲嘆に暮れる姿を見たくないと思う反面で、どのような反応を示すのか見逃すわけにはいかないとも思う。


「……多くの領地から申し込まれましたが、エーレンフェストからの参加表明はありません」

「それはそうでしょう。ヴィルフリート様は次期アウブを欲していません。望んでいることはエーレンフェストの平穏です。わたくしを得るために多くの領地と戦い、次期アウブを目指し、兄弟で争うようなことはしないでしょう」


 私の予想とは違い、ハンネローレ様はさほど哀しそうには見えなかった。赤い瞳を潤ませるわけでもなく、ただ事実を述べるように淡々と呟いている。


「……不思議ですね」

「何が、ですか?」

「姿はハンネローレ様に違いないのですが、ずいぶんと雰囲気が違って見えます。まるで神々の世界で我々の知らない時間を過ごして成長したように思えて……」


 私の言葉にハンネローレ様が何度か目を瞬かせた後、突然クスクスと笑い出した。完全に予想外の反応だ。目を丸くする私にとんでもない事実を突きつけた。


「ケントリプスは本当にすぐわたくしの変化に気付くのですね」


 私がずっと様子を窺っていることを本人に指摘されて、どのような反応すれば良いのかわからない。頭が真っ白になった。ひとまず取り落とさずに済んだ茶器を一度置いて、ゆっくりと息を吸う。


「わたくし、時の女神に体を貸したお礼として一年前の世界を訪れることを許していただけたのです」


 それが「一年前ならば」と言ったヴィルフリート様に接触するためだとすぐに悟り、混乱していた私の脳内は一瞬で落ち着いた。同時に、胸の内に広がった苦い思いをお茶と一緒に飲み下す。


 ……断られても諦められず、女神の御力を借りるほど好きだったのか。


 一度想いを告げて正面から拒絶されれば諦めがつくだろうと予想していたので、早く決着を付けてほしくて私は告白に協力した。だが、女神の御力に縋るほどの想いだったらしい。


「では、ハンネローレ様はヴィルフリート様と……」

「一年前へ行ってもダメでした。わたくしは自分の気持ちだけしか見えていなくて、相手の事情も何も考慮していなかったのです。恋に恋をしているだけで、現実が見えていなくて、側近達の忠告も思い込みで歪んで捉えてしまっていました」


 ハンネローレ様がポソポソと小さな声で語る。「一年前ならば」という言葉を信じて突き進んだ結果、玉砕したと言う。私が集めた情報の範囲では、ヴィルフリート様を取り巻く環境が大きく変化したのは本物のディッターの後だ。ピッタリ一年前では想いを告げるには早すぎるだろう。


 ……なるほど。女神様は望まれた通りに一年前へ送り込んだだけで、告白にちょうど良い時期を選んでくださったわけではないのか。


 ハンネローレ様はヴィルフリート様を庇いすぎるせいで側近達との間に溝がある。周囲にヴィルフリート様が疎まれていることを知っていて、彼の情報を得たいと命じることは躊躇うだろう。情報収集がおざなりだったに違いない。


「……ハンネローレ様がきちんと情報を得ていたら、上手くいったかもしれませんね」


 そうなって欲しかったのか、ならなくてホッとしているのか、もう自分でもわからない。ただ、ハンネローレ様がひどく傷ついたことは確実で、それには苛立ちを感じる。だから、私はヴィルフリート様が嫌いだ。


「それはどうでしょう? わたくしは上手くいく道を選べませんでしたし、一年前からの出来事を変えることを躊躇いました。この一年ほどの自分の行動を消したくないと思ったのです」

「え?」

「わたくし、ヴィルフリート様と上手くいくことはできませんでしたが、たくさんの大事な気付きを得られたのですよ」


 照れたように微笑んでハンネローレ様は一年前の世界で何をしたのか教えてくれる。ヴィルフリート様から課題を得られなかったこと。その際に仲裁してくださったエグランティーヌ様の教えが身に染みたこと。側近との付き合い方や意識の違いについて。私達の視線や気遣いを「領主候補生として不出来で疎まれている」と捉えていたけれど、それが思い込みだと知ったこと……。


「ケントリプスは採集場所の回復儀式を行った後、ヘルヴォルの群れに襲われたことを覚えていますか?」

「はい。非常に大変でしたから」

「わたくし、大変なことになると知っていたので、一年前の世界では戦いの準備を完璧に整えて向かったのですよ。ケントリプスにもらった攻撃用の魔術具を使うと言ったら、とても驚いた顔をしていました。……今も全く同じ表情ですけれど」


 それは驚くだろう。ディッターでハンネローレ様を守るために作った魔術具なのに、肝心な時に使われず、役に立たなかったのだ。まさか使われる時があると思うまい。


「……何故それを使用したのか理由を尋ねてもよろしいでしょうか?」

「人を相手に使うには威力が強すぎて躊躇ってしまいますけれど、魔獣相手ならば容赦はいらないからですよ」


 ……攻撃力が強すぎて敵に使うのが怖かっただと!?


 あまりにも泣き虫姫らしい理由に脱力してしまう。絶対に勝たねばならないと考えて可能な限り攻撃力を高めたが、それが理由で使ってもらえないとは思わなかった。

 その後の戦いについても話を聞いたが、一人でヘルヴォルの群れに突っ込んでいき、魔術具を発動させたと言う。その場にいたら肝が冷えたという程度では済まないだろう。


「ヘルヴォルを倒すことはできたのですが、それでケントリプスに怪しまれてしまって……」


 一年前の世界の私が「姿や言動はハンネローレ様に違いありませんが、まるで成長したようだ」と指摘したらしい。今の話を聞くだけも別人のようだ。目の前にいれば当然ながら怪しんだだろう。


「ケントリプスに見破られてしまったので、わたくしは一年前の世界から引き戻されましたし、一年前の世界での行動は皆が全て忘れて何もなかったことになりました。それが女神様とのお約束でしたから」


 血の気が引く音が聞こえるような気がした。それは、つまり、女神に体を貸したお礼として与えられるはずのものが、私のせいで台無しになったということだ。まさか過去の私が邪魔をしたとは思わなかった。


「……申し訳ございません。私のせいで女神様からのお礼が……」

「気にしないでくださいませ。女神様はわたくしだけ、その世界の記憶を残してくださいました。あちらで得た気付きがあれば、わたくしはもっと自分らしく生きていけます」


 誇らしそうに微笑むハンネローレ様は、自分が知っている泣き虫姫とは全く違う表情をしている。彼女の成長を感じることで離れていく一抹の寂しさと同時に、ひどく美しいと感じた。庇い、守らなければならないと思わせる弱々しさではなく、問答無用で目を奪う魅力に溢れている。

 見惚れている私に、ハンネローレ様は悪戯っぽく笑った。


「ケントリプス、いつもわたくしのことを気にかけてくれてありがとう存じます」

「え?」

「これは二人だけの秘密ですよ。結局、何もできなかったのに女神の化身のお話だけが大袈裟になりそうですから」


 ……だから、本当に、そういうところが!


 ただの感謝だというのに思わせぶりなところが、本当に質が悪い。どういう顔で感謝を受け取れば良いのかわからない。馬鹿な期待はするなと自分に言い聞かせ、身体中から空気がなくなるほど深い深い溜息を吐く。


「あの、ケントリプス?」

「失礼いたしました。話を進めましょう」


 私は呼吸を整えて姿勢を正す。この心配そうにオロオロしている姿で一目瞭然だ。ハンネローレ様の言葉には何の含みもない。


「ハンネローレ様のお心を教えてください。多くの領地からお申し込みがございました。どなたの手を取るつもりですか? 私は貴女の望みを叶えるために全力を尽くします」


 私の言葉にハンネローレ様は少し考え込んだ。むむっと眉を寄せて、視線をあちらこちらへさまよわせ、時折「うーん……」という声を漏らす。一見しただけでは大して困っていなさそうだが、いつもと違う。浅いところで堂々巡りをしている普段の悩み方とは違って、かなり深刻に悩んでいる。自分の一生を左右するので真剣になるのはわかるが、苦悩する表情が強い。

 しばらく悩んでいたハンネローレ様が助けを求めるような情けない顔で私を見つめた。


「……ケントリプス。わたくし、まだ自分の結婚相手を決められません。縁結びの女神 リーベスクヒルフェに張り切られると困るので……最後の決断をできるだけ後回しにしたいのです」


 ハンネローレ様の決断を女神様が手ぐすね引いて待っているらしい。わけがわからない。だが、選択が難しいことはわかった。神々が関わったところで、優柔不断な姫様の性格がいきなり全て変わるわけではないらしい。見慣れた情けない顔に私は苦笑する。


「この者は絶対に嫌だという消去法でも構いませんが……」

「あ! では、まずは寮内の統一ですね。他領とのディッターにおいて戦力が分散されるのは最悪でしょう? わたくしの側近達は説得しますね。それから、ラオフェレーグですけれど……」


 どのように寮内をまとめていくのか考えているハンネローレ様に、私はクスッと笑った。寮内を統一するならば、もっと手早い方法がある。


「ラオフェレーグ様を叩き潰すところから始めれば良いのですよ」

「叩き……え? え?」


 キョドキョドとして、私以外の、コルドゥラ様へ説明を求めようとしているハンネローレ様に私はわかりやすく説明する。


「一応求婚者である以上、ハンネローレ様のご意向を確認しなければ……と思って放置していましたが、困る対象ならば躊躇はしません。ハンネローレ様の婚約者候補としても、レスティラウト様の側近としても全力で叩き潰します」


 放置している間にラオフェレーグ様はずいぶんと増長しているが、領主候補生であっても一年生など相手にならない。


「次期領主の座を賭けて争うのだと本人が宣言したのです。歴史を振り返っても、領主候補生同士の戦いや側近による代理決闘は常識ですから。寮内を統一するためにも一番に潰しましょう」


 私の言葉にハンネローレ様がやや青ざめた。ラオフェレーグ様の言動に鬱憤が溜まっていたせいで、少々過激になりすぎたかもしれない。もう少し本心を隠した方がよかっただろうか。攻撃力の高い魔術具さえ怖いと思う泣き虫姫には刺激が強かったかもしれない。


「……もしも、のお話ですよ。ケントリプスはもしもわたくしが次期アウブを目指すと言えば、どうするつもりなのですか?」


 今にも泣きそうに目を潤ませて、ハンネローレ様が尋ねてくる。

 そのような「もしも」はあり得ない。ほんの少しでも目指していればラオフェレーグ様を困った存在だとは思わないし、レスティラウト様の側近である私に馬鹿正直な話をしないだろう。女神より次期アウブ・ダンケルフェルガーを命じられたとでも言えば、次期領主の地位はグッと近くなる。


 ……だが、ハンネローレ様が求めているのは、そのような答えではないだろう。


 少し考える。ハンネローレ様が次期領主を目指すとすれば、私はどうするだろうか。ついでに、少しでも良い。私を求婚者として意識してもらうにはどう答えれば良いだろうか。


「そうですね……。ハンネローレ様は女性ですから、次期領主になるためには領主候補生の婿が絶対に必要になります。貴女の婿を希望する領主候補生が出なくなるまで叩き潰すというのはどうでしょう?」

「……え? 希望者を全員ですか? お兄様に対抗するわたくしではなく?」


 ビクビクしているハンネローレ様に私はできるだけ優しく微笑みかける。


「婿入りを希望する領主候補生を叩き潰しても、ハンネローレ様には傷一つ付けません。最終的に次期領主を諦めてくださったら、私が責任を取ります。ご安心ください」

「と、とと、とても安心できませんっ!」


 初めて知った。

 私を意識して動揺して真っ赤になったハンネローレ様はこの上なく可愛い。


「いつも気にかけてくれてありがとう」「二人だけの秘密」

動揺させられまくっていたケントリプスの反撃。

ここまで直接的に言われれば、鈍いハンネローレもさすがに動揺。

婚約者候補の存在を意識したことにコルドゥラも一安心です。


次回は、ダンケルフェルガーを率いる者です。

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― 新着の感想 ―
>……だから、本当に、そういうところが! ハンネローレちゃん、小悪魔~。無意識なとこがなおさら厄介ですな。頑張れケントリプスw ジギスヴァルトは、相変わらずのようで。ほんと見苦しい男だよ。
(゜-゜)ラフェレーグ思い込みと独りよがりが強いのもマジダンケルフェルガー 悪いことは言わない 肩書きや立場越えて愛してくれるケントリプスをオススメするわ!
ケントリプス君のこの感じだけで飯食えそう。 と言うか、まだヴィルフリート諦めてない可能性が微レ存な気がしてならぬ。思いが下がったとは言え。 ローゼマインにして「か細い糸を手繰って繋ぐ」がテーマだったの…
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