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閑話 時の女神のもたらした厄介事 前編

 ハンネローレ様への女神降臨と、それに伴うディッターの準備に寮内が沸いている。喧騒の収まる気配は全くない。


「ケントリプス、どこへ行くのだ?」

「一度自室へ戻る。ディッターのために新しい魔術具を開発したい」

「ディッターの魔王が怯むような凶悪なのを頼む」


 機嫌の良いラザンタルクと分かれて、私は自室へ向かう。階段へ向かって歩いていると、「ケントリプス様、少しよろしいかしら?」という声が聞こえた。一瞬、誰の姿も見えなくて、私は注意深く周囲を見回す。

 物陰にひっそりとコルドゥラ様がいた。隠れているわけではない。よく見なければ気付きにくいが、そこにいるという状態だ。私も目立たないように気配を消しながら彼女に近付いていく。


「コルドゥラ様、もしやハンネローレ様が?」

「えぇ、先程目覚めました。東屋で起こった詳細を知りたいそうです。お時間はございまして?」


 ハンネローレ様やコルドゥラ様がまだ他の者には目覚めを知らせたくないと考えていること、早急な状況把握を望んでいることが伝わってくる。私は小さく頷いた。


「では、こちらへいらしてください」


 どこかの会議室へ行くのかと思えば、コルドゥラ様は下働きが使う通路へ私を誘った。ハンネローレ様の部屋へそのまま行くらしい。婚約者候補とはいえ、男子の立ち入りが禁じられている貴族院の女性の部屋へ行くのだ。どうにも抵抗が大きい。


「しかし、それは……」

「姫様を会議室へ移動させれば目覚めたことがわかるではありませんか。……この通路を悪用するのではありませんよ」

「するわけがないでしょう」


 私は反射的に返したが、コルドゥラ様が「存じています」とクスッと笑う。完全にからかわれているようだ。狭くて複雑に枝分かれしている通路を通り、ギシギシと耳障りな音を立てて軋む階段を上がって、私はハンネローレ様の部屋へ到着した。




「ケントリプス、ごめんなさいね。その、殿方は三階に立ち入りを禁じられていますし、ここでは居心地が良くないと思うのですけれど、こうしなければ静かに報告を聞くこともできないとコルドゥラが……」


 こちらを気遣うハンネローレ様の赤い目に、私は泣きたくなるほど安堵した。まだほんのりと光を帯びているが、自分の知る姿を見て、声を聞いて、本当に彼女自身が戻ってきたことを実感する。

 戻ってこないかもしれないと思った。神々に囚われて、二度と私の知るハンネローレ様は戻らないのではないか、と心底恐怖したのだ。


「あの東屋に魔法陣が出現した後、何があったのか教えてください」


 側近達も見える範囲にはいたが、ヴィルフリート様への求婚騒動の裏側を含めて、詳細を知っているのは私だけだ。


「ハンネローレ様のご挨拶によって、お守りから細い光が立ち上がり、魔法陣を描き始めたことは覚えていらっしゃいますか?」

「えぇ。東屋の周囲にいた護衛騎士達の慌てた声や駆け込んでくる足音は何となく覚えています。魔法陣が光ったところまでの記憶しかないのです」


 厄介事の発端となったあの日を思い出し、私は軽く目を閉じた。



 ◆



 カッと強く魔法陣が光を放った後、魔法陣から降り注ぐ光がハンネローレ様を捕らえた。その光に導かれるように、ハンネローレ様のお体が空中へゆっくりと上がっていく。


「ハンネローレ様!」


 私は妖しい光からハンネローレ様を取り戻そうとして手を伸ばしたが、それを拒絶するような痺れる痛みと共に弾かれた。


「下がりなさい。無礼な……」


 明らかな拒絶を示す声を発しながら、ハンネローレ様は目を開けた。だが、私が「よかった」と思ったのは、ほんの一瞬だった。


 ……ハンネローレ様ではない!?


 本人が光を帯びているように黄色の光に包まれたままのハンネローレ様は、不自然に空中に浮いたままだった。その目は、見慣れた赤色から濃い黄色に変化していて、ほわほわとした彼女特有の雰囲気は消え去り、その場に跪かざるを得ない威厳のある表情と気配を放っている。失礼なことだが、ハンネローレ様にもそのような表情ができるのかと驚いたくらいだ。


「下がれと言っているのです」


 何もない空中に座り、不快そうに私達を見下ろす彼女が少し手を振る。次の瞬間、東屋の中にいた者は全員外へ出された。黄色の光に満ちた東屋の中にいるのは、空中に座るハンネローレ様だけ。東屋に近付ける者さえ多くはなく、領主候補生や領主一族に近い上級貴族くらいで、それも、低学年には難しいようだ。ハンネローレ様の側近達が散らばってしまったのが見えた。


「魔力が高くなければ、東屋に近付くこともできぬようだな」


 ヴィルフリート様の声を耳にして振り返れば、文官棟からたくさんの人が駆け出してきているのが見えた。だが、彼等は途中で足を止めていく。それで魔力感知より明確に魔力量の差を認識できた。二歩分くらいヴィルフリート様が下がっているが、私達の魔力量はほとんど変わらないことがわかる。


 ……予想外にヴィルフリート様の魔力量が多いな。最近まで順位の低かった領主候補生なのに、大領地の領主候補生とほぼ同じくらいか。


「わたくしはドレッファングーア、時を司る者」


 ハンネローレ様の手首で光ったお守りから予想はしていたが、時の女神ドレッファングーアが降臨したらしい。教科書の中でしか見られない神話時代が目の前に出現したような心地になり、周囲が高揚感に包まれていくのが肌でわかった。その高揚とは逆に、私の頭は冷えていく。女神を降臨させているハンネローレ様が心配でならない。


「火急の用がございます。神と人を仲介する者を呼びなさい」

「ツェントだ! ツェントを呼べ!」


 オルトヴィーン様が即座にそう叫んだ。神学の講義で、神々と人を仲介するのがツェントの役目だと習ったからだろう。周囲が「オルドナンツを」「いや、中央にいらっしゃるならば魔術具の手紙の方が」「先生方に緊急用の通信を使用していただくのだ」と騒ぎ始める。


「もしやローゼマインをお召しではございませんか?」

 ヴィルフリート様だけがそう言って首を傾げた。私達はいきなり何という失礼なことを言い出したのかと目を剥いたが、時の女神は「そう、ローゼマインです。その者を疾く」と正解した彼を褒めるように頷いたのである。


「あれの片割れが大変なことになっています。このままではグルトリスハイトが消滅し、約二十年の歴史が崩壊するでしょう」


 ゆったりとした口調で言われたことに、その場にいた全員が息を呑んだ。何が起こっているのかわからない。ただ、女神がハンネローレ様に降臨するほど大変な事態になっていることだけはわかった。

 その場を驚きと恐怖が支配し始める。どういうことだとざわつく中、オルドナンツが飛んでいった。ヴィルフリート様のオルドナンツだった。


「ローゼマイン、緊急事態だ。すぐに文官棟の奥にある東屋へ来い!」


 妹とはいえ他領のアウブとなった者に不敬な、と普段ならば考えただろう。だが、今は違った。皆が驚き戸惑う中で的確な動きをしているのは彼だけだ。ハンネローレ様に女神が降臨しているというのに、私は何もできていない。


 ……どうすれば良いのだ?


 グッと息を呑んだ。ハンネローレ様はもはや女神を降臨させた女神の化身だ。ローゼマイン様と同じように、今後も神々から呼ばれるかもしれない。的確に対処できるのだろうか。そんな恐れと不安が足元から這い上がってくる。


 だが、それからローゼマイン様に連絡がつくまでが大変だった。ヴィルフリート様の送ったオルドナンツは役目を果たさずに戻ってきたのだ。誰かが「もしやローゼマイン様が亡くなられたのでは?」と口にした途端、その場は阿鼻叫喚だ。女神に呼ばれた者がいないのだから。


「この近くにおらぬだけです。疾く探しなさい」


 ハンネローレ様の体から発される光が強まり、胸が押さえつけられているような重いほどの圧倒的な神力が放たれた。女神の叱責に皆が騒ぐこともできずにうずくまる。


 ……これほどの神力を浴びているハンネローレ様のお体は大丈夫なのか?


 不敬に思ったので質問はできなかった。これ以上、女神を怒らせるわけにはいかない。


「ローゼマイン様の側近達やアレキサンドリアの学生達へ次々とオルドナンツを飛ばせ。事情を説明し、すぐにこちらへ来ていただくのだ」


 私はその場にいた全員に指示を出す。その結果、領地で異常事態が発生したため、アウブであるローゼマイン様が一旦帰還されていることがわかったのである。


「……どうやら領地に戻っていらっしゃったようで、東屋へ到着するまで時間がかかるそうです。日が暮れて参りました。ローゼマイン様を待つならば、どこか温かい場所へ移動しませんか?」


 講義の後、東屋で話し込んだのである。時の女神ドレッファングーアの輝きは増しているが、外は暗くなりつつあるし、気温は急激に下がっている。


「わたくしはこの魔法陣の外へ出られません。其方等に用はないので、立ち去れば良いでしょうに……」

「いえ、私はハンネローレ様のお側にいます」

「そうですか。それも良いのではございませんか」


 その頃には時の女神を見るためにやって来た教師達や他領の領主候補生達が魔力の多さに任せてじりじりと近付こうとする。そんな不審者達からハンネローレ様を守ろうと、ハンネローレ様の側近やダンケルフェルガーの上級騎士見習い達が出動する。そんな状態になっていた。


 ……ローゼマイン様、お早く……!




 じりじりとした気持ちで待っていると、遠くからざわめきが聞こえ始めた。「ローゼマイン様です。道を空けてくださいませ」「通してくださいませ」という声が段々と近付いてくる。自然と道が左右に分かれ、その間を通ってローゼマイン様が歩いてきた。


 珍しい形の衣装を着ていて、魔石や魔術具をたくさん準備しているように見える。髪も一つにまとめられていて、まるで戦いを前に武装しているように感じられた。


「ローゼマイン様、その恰好は女神に呼び出されたというのに少々物騒ではございませんか?」


 その場にいる皆を代表したようなオルトヴィーン様の言葉に、ローゼマイン様は「これでも足りないくらいですよ」と平然とした顔で返し、時の女神も何も言わない。


 ……この武装が当然なのか?


 時の女神ドレッファングーアからもたらされた情報は同じなのに、心構えの違いを目の当たりにして私は息を呑んだ。ローゼマイン様が神々からグルトリスハイトを預かってくるのも、実は非常に危険で大変なことだったのではないか、自然とそう思った。


「ローゼマイン、其方に巻き込まれてハンネローレ様が大変なことになっている。早く何とかせよ」

「そもそも神々が原因で、わたくしが何かしたわけではないのですよ、ヴィルフリート兄様。それに、早急な解決をわたくしも望んでいます」


 ローゼマイン様は顔をしかめてそう言った後、私を見た。ニコリと微笑んでいる淑女然とした微笑みではなく、今は戦いに赴くような厳しい表情をしていて緊張感をまとっている。


「ケントリプス様、女神が去った後のハンネローレ様について、わたくしの側仕えに助言するように申しつけています。後で尋ねてください」

「恐れ入ります」


 このような状況で後々のハンネローレ様について助言する余裕があることに驚きつつ、私は礼を述べた。わからない時に頼る先ができたことに安堵したのだ。


「すでに二人目の女神の化身として騒がれ始めていますが、アウブ・ダンケルフェルガーと協力し、ハンネローレ様を守ってくださいませ」


 そう言いながらローゼマイン様は私達の前を悠然とした足取りで通り過ぎ、東屋に入る直前で跪いた。


「お待たせいたしました、時の女神ドレッファングーア。わたくしがアウブ・アレキサンドリアのローゼマインでございます」


 挨拶をしようとするローゼマイン様に向かって、時の女神が「急ぎなのです。疾く参りますよ」と手を差し伸べる。女神に慣れているのか、ローゼマイン様はすぐさま立ち上がった。

 私は弾かれて外へ追い出されたのに、彼女は易々と光る東屋の中に入っていく。


「詳細は移動先でお願いいたしますね。一刻も早くハンネローレ様を解放してくださいませ」

「意識が戻るまでは仮死状態ですものね。急ぎましょう」


 時の女神ドレッファングーアが光を増した直後、ローゼマイン様は光の中に解けるように消えていった。


「ハンネローレ様!」


 女神が去った瞬間にその体が落ちて硬い石の床や椅子に叩きつけられるのでは? と考えていた私は、東屋の中へ走り込んだ。私は自分に引き寄せるようにしてハンネローレ様の体を確保した。東屋に満ちていた光が弱まると同時にハンネローレ様の体が重みを増してくる。それは女神が去った実感となり、張り詰めていた心が解れていく。

 だが、息をしていない。この寒くなってきた時間に防寒具を渡すこともできなかったので、体温が下がっている。


「ケントリプス様、ハンネローレ様をこちらへ。護衛騎士がお運びします」

「意識が戻るまで仮死状態になるらしい。女神の言葉だ」

「なっ!?」

「安心しろ。必ず取り戻すとローゼマイン様が請け負ってくださった」


 女神が去った後に残るのは現実だ。私はハンネローレ様の身柄を彼女の護衛騎士に渡し、青ざめた顔で一緒に去って行こうとするコルドゥラ様に声をかける。


「コルドゥラ様は少々お待ちください。ローゼマイン様の側仕えから今後のハンネローレ様について助言してくださるそうです」

「わたくしです。ローゼマイン様の筆頭側仕えリーゼレータと申します」


 魔力量によって足止めを食らっていたらしい筆頭側仕えが歩み出てくる。とても筆頭側仕えとは思えないほど若いが、ローゼマイン様に女神が降臨した直後もずっとお世話をしていたエーレンフェストからの側仕えだ。コルドゥラ様もよく見知っているのだろう。顔に生色が戻った。


「このような事態は初めてですから助かります。わたくしがお話を聞かせていただき、他の者には帰寮していただいてもよろしいかしら?」

「えぇ。こちらのヴェールをお使いくださいませ。わたくしの主によく使用する物ですけれど、よろしければ」


 リーゼレータ様は微笑んでヴェールを差し出した。意識を失った主を見世物にしないための配慮のようだが、当たり前のように準備されていることからローゼマイン様の体調が心配になる。


「お借りいたしましょう。重ね重ねありがとう存じます」


 コルドゥラ様以外の側近はこれ以上ハンネローレ様をヴェールで隠し、急ぎ足で寮へ帰っていく。


「まず、女神が去った後すぐに意識が戻らなかった場合は、魔力が固まらないようにお体をユレーヴェに浸けてくださいませ。お兄様かお母様のユレーヴェが最適だと思います」

「早急に領地と連絡を取らなければ、転移陣の使用時間を過ぎますね。失礼」


 コルドゥラ様は即座に転移の間の騎士に向けてオルドナンツを飛ばした。


「目覚めた後に女神の御力が残ると、近付いたり触れたりすることが難しいため、日常生活に支障がございます。その際にはツェントに相談してくださいませ。……銀の布をお借りする必要がございます」


 リーゼレータ様が声を潜めたのは、ランツェナーヴェの一件が絡んでいるからだろう。関わった領地の中でも一部の者しか知らないことだ。


 ローゼマイン様からの助言は、直接触れてお世話をする者に対する助言が多い。銀の布を使いながらのお風呂の世話について話題が出た瞬間、私はその場を離れて周囲を見回した。物見高い教師達は光の消えた東屋に入り込もうとして、ここに残っている側近達に抑えられているし、薄暗くなってきたのにまだまだ文官棟は騒がしい。


「ヴィルフリート、せっかくハンネローレ様が女神の化身となったのだ。求婚してみてはどうだ?」

「いや、先程も言った通り、ハンネローレ様個人ならばともかく、私に女神の化身は不要だ。大領地の第一夫人の娘でさえ肩書きが重いのに、女神の化身など手に余る」


 オルトヴィーン様とヴィルフリート様の会話に、私は耳を澄ませた。女神が降臨してもヴィルフリート様の気持ちに変化はないようだ。


「私はローゼマインを支えられるとはとても思えなかった。だから、これから先のハンネローレ様の支えになれると自惚れることもできぬ。だが、ローゼマインを叔父上が支えているように、重い肩書きを支えられる男がハンネローレ様の側にあってほしいとは思う」


 ヴィルフリート様の言葉に、「お優しい方なのです」と何度も言っていたハンネローレ様の声が脳裏に蘇った。約束を違えるような男に惚れて庇うなど見る目がないと思っていたが、そうではなかったらしい。私達が知らない彼の一面をハンネローレ様が見ていたということだ。


「……ならば、私が求婚しても良いのか?」

「オルトヴィーンならば安心して任せられる。私は賛成するぞ」


 突然のオルトヴィーン様の名乗りに、私は目を見開いた。あれほど急ぎの状況で、「すでに二人目の女神の化身として騒がれ始めているハンネローレ様を守ってほしい」とローゼマイン様が口にした意図を理解する。


 ……冗談ではない。


「お待ちください。勝手に盛り上がられても困ります。ハンネローレ様の婚約者候補は私とラザンタルクです」


 私が止めると、ヴィルフリート様がこちらを見つめて口を開いた。


「其方はハンネローレ様の婚約者候補だと名乗っているが、本当に守り切れるのか? 大領地とはいえ、上級貴族に女神の化身は肩書きが重すぎる。叔父上のように何手も先を読んで敵を排除できなければ、味方を御すことすらできずに奪われるぞ」


 そんなことにはならない。私は心の中だけで反論する。領主候補生と上級貴族という立場の差を考えれば、これ以上の反論は問題になる可能性もある。


「しっかり守れば良い。そうでなければ、領地の宝はそれに相応しいところへ自ずと向かうことになる。ドレヴァンヒェルとか、な」



 ◆



「待ってくださいませ。その場でオルトヴィーン様がそのようなことを? コリンツダウムからの申し出の後でドレヴァンヒェルから、とコルドゥラは……」


 ハンネローレ様が私の報告を遮った。どうやらコルドゥラ様から聞いていた話と少し順番が違ったらしい。


「この時点では個人的に宣戦布告されただけです。オルトヴィーン様は領地との協議を経て正式にアウブ・ダンケルフェルガーへ打診されましたから、順番が前後したのでしょう」

「そうですか。……申し訳ありません。取り乱してしまいましたね」


 照れたように笑うハンネローレ様はオルトヴィーン様の申し出を喜んでいるようだ。そう思ったら、ギリと胸が締め付けられるような気がした。ヴィルフリート様へ求婚の課題を迫り、オルトヴィーン様の申し出に少女らしい照れた顔を見せる。婚約者候補である私のことなど眼中にないことは明白だ。


「ハンネローレ様はどのようにお考えですか?」

「え?」

「本気でダンケルフェルガーを出たいならば、オルトヴィーン様の求婚を受けることも考慮されてはいかがですか? 大領地の領主候補生ですから、女神の化身と呼ばれる貴女を守ることもできると思いますし、今の混乱状況ならば貴女の意思で勝者を自由に導くことが可能かと……」


 できる限り、彼女の希望に添いたい。そう思って不快感を呑み込みながら問いかけた私を見つめて、ハンネローレ様がキョトンとした表情で首を傾げた。


「ケントリプスがわたくしを守ってくれるのではなかったのですか?」


 ……これ以上、その気もないのに私を惑わすのは勘弁してくれませんか!?


 喉元まで出ていた言葉を呑み込んだ私は、落ち着くために一度大きく息を吸って吐き出す。大丈夫だ。取り乱していない。私は平常心だ。


「……お話を続けてもよろしいでしょうか? 女神が去った後が大変だったのです」

「え、えぇ。お願いします」


 ハンネローレ様は少し戸惑ったように目を瞬かせながら先を促す。茶器を手にした指先がまだわずかに光を帯びているのを見ていると、何だかまだ女神が去っていないような気がして私は思わず顔をしかめた。



時の女神ドレッファングーアが降臨していた時の様子です。

ケントリプスはハンネローレしか見てないなと書きながら感じました。

オルトヴィーンやヴィルフリートが何を言っても大して反応がない。

なのに、ハンネローレの一言には大ダメージ。


次は、後編です。

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― 新着の感想 ―
“ケントリプスはハンネローレしか見てないなと書きながら感じました”  キャラの設定がしっかり成されていれば、後は自然と動いてくれる! というのを思い出しました ^^
「ローゼマイン様が亡くなられた」!!!この物語で初めての表現では⁈いつも「はるか高みに登られた」だったので、この世界でも慌てると言葉は選んでいられないのね!と笑えてしまいました。
ボクはヴィルフリートを伴侶に選ぶ最大の利点が 何が起きても「ローゼマインよりマシだ」の一言で片付く事だと思ってたので、この初期対応の活躍は嬉しいな。 神々に対する情報のアドバンテージって後はフェルディ…
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