第9章 子爵令嬢への虐め(子世代の学生生活)
学院に入学した当初、ベティス子爵令嬢は様々な虐めや嫌がらせを受けていた。
女子でトップ、男女合わせても二位という成績で入学したことに対する妬みもあった。
しかしそれよりも、高々子爵令嬢でありながら公爵令息の婚約者になったことに対する、嫉妬や憎悪が原因だった。
フランドル=ガイヤール公爵令息は、王家の血を引くやんごとなき身分の公子様だ。
世紀の美貌を誇った皇太后と同じ薄紫色の髪と、アメジスト色の輝くような瞳を持つ、人間離れした美しい容姿をした絶世の美男子。
しかもダントツのトップ合格を果たしたずば抜けた頭脳の持ち主。
その上彼は、貴族一立派な体格をしていると囁かれている父親に骨格がよく似ていた。
まるで騎士のようなキリッとしたスタイルをしていて、立っているだけで絵になる少年だった。
美しさのタイプが違うので、従兄弟のシャルール第一王子とどちらの容姿が優れているのかは一概には言えなかったが、内面というのは自ずと容姿に表れる。
とすれば、どちらが人から好かれ、人気があるのかは一目瞭然だった。
もっとも、二人とも婚約者持ちだったのだから、憧れるのは自由だとしても、本気で言い寄るのは愚かの一言に尽きる。
しかし、いつの世でもそういう者達はどこにでも少なからずいるものだ。
特にフランドル公子に夢中になった高位貴族の令嬢達は、あんな醜い子爵令嬢が婚約者になれるのならば、自分達にも可能性があるのではないかと勘違いをした。
そのために彼らが入学したての頃、フランドル公子に近付こうとした先輩や同級生達が、何かというとベティス嬢にちょっかいを出したのだ。
しかもそこには、なんと第一王子も交じっていた。
もっとも、おっとりしている割に危機回避能力に優れていた彼女は、危険な人間を本能で嗅ぎ分けて上手く躱していたので、大事に至ることはなかったのだが。
しかし、それに業を煮やした男女四人組が結託して、一年目の学年末にとうとうやらかしたのだ。
それは、終業式前日に行われる校内ダンスパーティーに向けて、一年生全員が講堂で練習をしていた時だった。
フランドル公子とダンスを踊っていたベティス嬢が、パートナーチェンジをして次の相手と踊り出した。
するとその男子生徒が、ターンしようとしていたベティス嬢の手をさっと引っ込めたのだ。
彼女は当然バランスを崩して背中から倒れた。するとその近くにたまたま居た別の男子が、助ける素振りをして、なんと彼女の眼鏡を取り払ったのだ。
ベティスの母親のクーチェ=モンターレ子爵令嬢の素顔暴露事件は、未だに多くの人々の口の端に上るくらい有名な話だ。愚かにも彼らはそれを真似した。
彼らは、ベティス嬢のことを一年生全員の中で笑い者にしようとしたのだ。
ベティス=モンターレ子爵令嬢が、母親同様に地味以下の顔だと周囲に知られたら、さすがに恥ずかしい思いをするだろう。
そして公子の婚約者の座にこのまま留まっていることが耐えられなくなるに違いない。
普段からベティス嬢に嫌がらせをしていた、侯爵令嬢と伯爵令嬢、そして子爵令息二人が、前例を模した計画を嬉々として練った。
ところが、結局彼らは失敗した。そして人生を終わらせた(少々大袈裟ではあるが……)。
何故なら彼らはその後、入学時に抱いていた未来図とはかけ離れた人生を送ることになったからだ。
今回の状況は前回とはまるで違っていたのに、彼らはそれに気付かなかったのだ。
母親とは違ってベティス嬢は、ただの一子爵令嬢ではなかった。この国一有望で社会的地位の高い公爵家の令息の婚約者なのだ。
しかも国王の甥でもある尊い公子様の。
その彼が溺愛する婚約者に傷を負わせたのだから、ただじゃ済まないことくらい何故気付けなかったのだろうか。
もっともその彼女の傷とは眼鏡を無理矢理飛ばされたせいで付いたもので、ベティス嬢の顔に薄っすらと付いたもの。それと、転ばされたせいで負った軽〜い足の捻挫と臀部の打ち身のことだった。




