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第章35 恋人達の卒業ダンスパーティー


「せっかくの卒業式だというのに、とんだつまらない芝居を見せてしまって、済まなかった。

 時間がかなり遅れてしまったが、これから卒業記念のダンスパーティーを楽しんでくれ。そして卒業後は、この国の再生のために大いに働いてくれたまえ」


 国王がこう告げた後、軽やかなダンス曲が流れ始めて、卒業生達はようやくパートナーの手を取って踊り始めた。


(贅沢浪費家の耽美主義者の母子がいなくなったら、我が国が破産する心配はもうしなくて済みそうだな。

 人迷惑な隣国の皇帝は亡くなり、別の問題だらけだった隣国の王家も、フランドル公子のおかげで更生したらしいし。

 小国ではあるが、我が国の未来は明るい……かも)


 卒業生達は少しだけ希望が見えたような気がして、皆楽しそうに踊り続けた。



 婚約者のいなくなったララーティーナ公女は、生徒会の一つ年下の後輩と踊った。

 一年ぶりに会ったその後輩は、どうやらベティス子爵令嬢にみっちりとダンスを教わったようで、そのリードの巧さに公女は目を見張った。


「貴女に少しでも相応しくなりたくて、必死にべティス様の厳しいレッスンに耐えました」


「あの子、見た目より中身は厳しいでしょ。よく逃げ出さなかったわね。偉いわ」


「ええ。でも、ベティス様は落としどころをきちんと見極める方なので、こちらが挫けそうになる直前で、優しくして下さるので、なんとか頑張れました。あの匙加減が絶妙なんです」


「そうなのよね。

 私、この国一番の淑女だなんて言われているみたいだけれど、貴方も知っている通り、本当は喜怒哀楽が激しくて、扱いにくい子供だったでしょ。

 それをベティーが飴と鞭で上手く指導してくれたおかげで、今の私があるのよ。

 貴方とのことだって、彼女のアドバイスがなかったら、きっと両親から認めてもらえなかったと思うわ」


 ララーティーナ公女はフランドル公子と幼なじみであったが、彼の弟達や従兄弟達とも、その繋がりで子供のころから親しくしていた。

 しかし、気の強い公女は彼らとよく言い合いをして、泣き出すことが多々あったのだ。

 そんな時、ガイヤール一族の男達の中で唯一、彼女の泣き言を辛抱よく聞いて慰めてくれたのが、大人しくて優しいランティスだったのだ。

 そんな彼がララーティーナ公女の初恋の相手だった。当然彼にとっても。


 しかしいくら名門とはいえ、子爵家の嫡男と公爵令嬢では身分が違い過ぎる。

 しかもランティスは引きこもりになってしまうし。

 公女は幼なじみとして彼の下に足繁く通って励ましていたのだが、その二年後に第一王子の婚約者にさせられ、彼とは会えなくなってしまったのだ。


 公女は自分が置かれた立場や使命を理解し、自覚していた。それ故に、自分の思いを誰にも話すことはなかった。親友のベティス嬢にさえも。

 ところが学院に入学後、第一王子がマリーベル嬢と深い関係になった時、それを知ったベティス嬢から、公女はこう言われたのだ。


「シャルール殿下との婚約はいずれ解消されると思うわ。だから、貴女ももう自分の気持ちを封印しなくてもいいんじゃない?」


(私に好きな人がいることに気付いていたの? それって、相手が誰かってことも?

 ああ、そうよね。聡いベティーなら当然よね)


「……だめよ。たとえ私の婚約がなくなって疵物となっても、下位の貴族令息との結婚なんて、お父様はともかく、お母様がお許しにならないわ」


「問題は爵位だけなんでしょ。それなら何とかなるんじゃない?

 フラン様と一緒にシルヘスターン王国へ留学して、彼の手伝いをすれば、功績として認めてもらえるかもしれないわ。

 フラン様は絶対に大きな事を成し遂げるはずだから」


「まあ、惚気? ご馳走さま。

 確かに彼ならやり遂げるでしょうし、カーティス様もお役に立てるでしょう。

 でも、ランティス様があの国に留学するなんて無理よ。貴女も知っているでしょ?」


「ええ。

 もちろん彼が何か功績を上げて陞爵できればそれが一番いいのだけれど、まだ爵位を継いでいない年下の彼では、当分それは無理な話よね。

 そして、間もなく結婚適齢期になる貴女にはそれを待っている時間はないでしょう?

 だから、彼の代わりに貴女が留学して功績を上げるのよ。爵位なんてどちらが取っても同じよ。

 叙爵できれば貴女が独立して家を興し、好きな相手と結婚できるじゃないの。

 ランティス様なら実力でその後陞爵出来ると思うから、貴女に負い目なんて感じなくて済むわよ。そもそも、そんな肝の小さな方じゃないしね」


 にこにこしながら事も無げにそう言ったベティスを、ララーティーナ公女はただ唖然として見つめた。

 親友はそれ以上言わなかったが、自分の幸せは自分で掴め!と背中を叩かれ気がした公女だった。


「フラン様とベティス様、そして貴女のおかげでトラウマもずいぶんと解消された気がします。本当にありがとうございます。皆様の感謝の気持ちを忘れず今後邁進したいと思います」


「うふふ。相変わらず真面目ね。でも、私も同じ気持ちよ。

 でも、貴方の弟にも感謝しなきゃいけないわ。シルヘスターン王国では私をしっかりガードしてくれたのだから」


「ええ。知ってます。もちろん感謝してます。貴女があの国でも大モテで大変だったと、弟がいつもボヤいていましたから」


「まあ! 貴方達って案外にこまめに連絡を取り合っているのね。普段あまり話しているところを見たことがなかったから意外だわ」


 恋人にそう驚かれたランティスは、平然を装いながらも


(ベティス様、僕はまだまだ修行が足りていませんでした)


 と、心の中で反省の弁を述べていたのだった。



「君のおかげで何もかも上手くいったよ。

 ララ嬢は伯爵位を得て、自ら独立し、本人の意思でランティスと婚約できるだろうし、カーティスも新たに爵位をもらえることが決まったし。

 やはり外交をするなら一応爵位を持っていた方が有利だからね。ありがとう、ベティー」


 フランドル公子は踊りながらベティス嬢に礼を言った。すると彼女は不思議そうな顔をした。


「私は何もしていませんよ。全てフラン様のお力じゃないですか。フラン様がいなければ、シルヘスターン王国は今も変わらずにいたと思いますよ。

 多くの子ども達が辛い思いをしたままだったはずです。

 そして、何もできないことに、王妃様や王女様、エレーヌ様は苦しまれていたことでしょう。

 ハーバル侯爵様だって、フラン様達との約束を守れずに苛まれたに違いませんわ。

 フラン様は本当に素晴らしいことをなさいました。心から尊敬しています。

 そしてそんな方の婚約者であることを誇りに思います」


 愛する女性からの言葉にフランドル公子は感極まって、ダンスを中断して抱きしめた。

 すると、彼の腕の中で彼女が謝罪した。


「留守を任されていたのに、私がきちんと対処できずにごめんなさい。お疲れだったのに、結局貴方の手を煩わせてしまって。

 これからは、もっと貴方に相応しい妻になれるように励みますわ」


「君が謝る必要なんて全くないよ。

 今回のことは君のせいなんかじゃなくて、君の素顔を誰に見せたくないっていう僕のわがままのせいなんだから。

 君の素顔を知ればあの馬鹿もあれほど嫌がらせをしなかっただろうに。

 この一年半、あんな奴らの相手をさせてごめんね。

 でも、これからは僕がずっと一緒なのだから、そろそろその眼鏡外してもいんじゃないのか。もう自分で()()()を抑えられるようになったんだろう?」


「そうね。来月の結婚式には外すわ。少しでも綺麗な姿で貴方の隣に立ちたいから」


 炯眼(けいがん)(物事の本質を見抜ける力)と魔眼持ちの令嬢は、婚約者に最高の笑顔を向けながら幸せそう言ったのだった。

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