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第33章 国家再生計画


 婚約者の意味不明な言葉にショックを受けて、ただ呆然と立ち尽くしていたシャルール殿下に、さらに追い討ちをかけるように声をかけた者がいた。

 

「シャルール殿下、何勝手な事をしているのですか? 私はベティスと婚約解消をする気など全くありませんよ。何せ私達の婚約は()()ですからね」


 突然フランドル公子が講堂の出入り口から現れてそう言った。

 公子の登場に学園の講堂の中は騒然となったが、それでも卒業生達は自然に彼が通れるように移動した。

 ベティス嬢は愛しい婚約の姿を見て破顔した。


「フラン様、ご無事にお戻りになられたのですね。良かった」


「長い間寂しい思いをさせてごめんね。もう決して離れないからね。いつまたこんな馬鹿が現れるか分かったもんじゃないからね。

 今度僕達を引き離そうと命じる(父親達)が現れたら、今度こそ首をはねてやるから安心してね。

 あちらではハーバル侯爵にみっちり剣やら武道を鍛えてもらったからね、この国の先輩方には負ける気が一切しないんだよね」


 フランドル公子は満面の笑みを浮かべてそう言った。

 こっそりと壇場に足を踏み入れるようとしていたガイヤール公爵の体が、一瞬固まったのをララーティーナ嬢は見逃さなかった。




 フランドル公子はララーティーナ嬢が言っていた通り、一昨日にはカーティスを伴って帰国していた。

 公爵家で母親に簡単な挨拶を済ませた後、すぐさまモンターレ子爵家のタウンハウスへ向かうつもりだった。

 ところが、王城からの使いだという騎士に無理やりに城へ連行されてしまったのだ。

 そして有無を言わせず宰相室の中に押し込まれた。すると、そこには国王や国の重鎮達が揃っていたので、フランドル公子はぎょっとした。

 何故自分がこの場に呼ばれたのか、全く見当がつかなかったからだ。それなのに


「これで我が国再生計画(プロジェクト)要員(メンバー)が揃ったな」


 と国王が訳のわかないことを言った。しかもそれを宰相や父を含む大臣達が頷いたのだ。


「この度君のおかげで、父親の外務大臣でさえ成し遂げられなかった、シルヘスターン王国との友好平和関係を結べることになった。

 しかも君が提示した、あの国王を引退させるという条件まで了承したんだぞ。

 すごいな。一体どうやったんだ」


 ザンムット公爵が興奮したようにそう言った。


「王妃と王太子、そして王女は、小国である我が国を同等、いやそれ以上と見なしているのが伺える。

 それは君をリスペクトしているかららしいぞ。さすが儂の選んだ後継者だ」


 宰相まで誇らしげにそう言った。それを伯父である国王がうんうんと頷いた。

 父であるガイヤール公爵は何も言わず相変わらずの鉄面皮だったが、それでも内心嬉しそうだというのが、息子であるフランドル公子には見て取れた。

 それにしても、いい年のおじさん達が何をこんなにはしゃいでいるのだ。そう公子は心の中で思っていたのだが、すぐにその理由がわかった。


 一週間ほど前に、ようやく長年待ち続けてきたビンカル帝国からの朗報が届いたらしい。あの皇帝が危篤状態になったという一報が。

 国王はすぐさま王妃を母国へ見舞いに向かわせた。もちろんそれは極秘のうちに。

 つまり、ようやくこの国に巣食っていた病魔を取り除くことができたのだ。そりゃあ皆様嬉しいだろうと、公子も納得したのだった。

 

 しかもそれに合わせるかのように、第一王子の婚約者であるララーティーナ=ザンムット公爵令嬢と、次期宰相と決まっているフランドル=ガイヤール公爵令息が、シルヘスターン王国の学園と大学を卒業して帰国したのだ。

 機は熟した。国王と彼の同志達はそう確信したのだった。


 このコーギラス王国の国王には現在、王子二人と王女が一人いる。

 三人とも皆王妃が産んだ子だったので、誰が後継者になっても本来問題はないはずだ。

 そもそもこの国では、長子が王位を継承すると定められていたわけではなかった。そのため、国王にはその地位に相応しい優秀な者を選ぶのが当然の成り行きだった。

 ところが下の二人は、前国王に似ていたために平凡な容姿をしていた。それを母親である王妃や祖父である皇帝は気に入らなかったのだ。

 二人は第一王子のシャルールを王太子にしろと要求していた。


 容姿の良し悪しだけで王太子を決めるなどと、全くふざけた話だった。

 国王と国の重鎮達は、そんなどうしようもない連中をなんだかんだとこれまで宥めごまかして、時間を稼いできたのだ。隣国から朗報が届くまでの辛抱だと。

 この皇帝とその娘を疎ましく思っていたのは、この国だけではなかったからだ。



 その後、宰相の執務室の中で、その国家再生プロジェクトメンバー達は、仮眠しながらずっと侃々諤々と意見を交わした。

 その様子はまるで学院の生徒会室のようだった。

 そう言えば、彼らも、かつては生徒会役員をしてきたんだな。と、わずか一年半しか活動できなかった、自分の生徒会時役員代を懐かしく思い出したフランドル公子だった。


 そして、今朝早く、ビンカル帝国の皇帝の訃報が届いたのだ。

 それを聞いて一番喜んだのはザンムット公爵だっただろう。

 ずっと持ち歩いていたのか、かなりよれよれでしわになった婚約解消の書類を彼は国王に差し出した。

 すると国王はそこにスラスラとサインをした後で


「長い間、ララーティーナ嬢とザンムット公爵夫妻には大変な苦労と迷惑をかけてしまい、本当に申し訳なかった。心から謝罪と感謝したい。

 これは解消ではなく、シャルールの有責による婚約破棄だと公表する。そして、ちゃんと新しい婚約者を探し出すので安心してくれ」


 と言って頭を下げた。

 すると、ザンムット公爵は晴れやかな顔をして


「慰謝料だけで結構です。今後のことは娘の自由にさせてやりたいので。

 ただそのためにも、伯爵位を一つ頂けると幸いなのですが。あの子の幼い頃からの献身と、今回の功績を認めて頂けるのならば」


 と言った。これまで論功行賞など望まない、欲の無い奇特な人物だと思われきたザンムット公爵の要求に、一同は正直驚いた。

 しかし


「爵位だけで領地はいりません。どうせ治められないのですから」


 と続いた言葉で、皆納得したのだ。

 外交官として世界中を飛び回るとしたら、たしかに領地経営は負担になるだろうと。

 今回のフランドル公子の功績は、彼一人だけによるものではなく、従弟のカーティスやザンムット公爵令嬢の協力も大きかったことを皆が知っていたからだ。

 しかし皆の予想は外れるだろうな、と公子は思った。そして


(ララ嬢とは、絶対に家族になることはないと思っていたんだが、まさか親戚になるとはなぁ。人生って分からないよな)


 そう心の中で呟いたのだった。

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