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第32章 婚約破棄宣言


「貴様のような醜女(しこめ)は公爵夫人には相応しくない。それ故に婚約破棄だ!

 自ら身を引けばこんな衆人環視の中でこんな宣言されることはなかったし、私もしたくはなかった。甚だ遺憾である。


 そして彼女に代わる新しい婚約者はここにおるマリーベル伯爵令嬢だ」


 


 学院の卒業パーティーの開催宣言の直前、予想どおりにシャルール第一王子は、自分のすぐ隣に浮気相手のマリーベル伯爵令嬢を置いてこう宣った。


 王宮の夜会にでも出席しているつもりか!と突っ込みを入れたくなるような派手な服を着ている、金髪碧眼で見目麗しい美丈夫。

 そしてその側には最高級の人形のような派手なゴテゴテのドレスに、高価そうな装飾品を身に着けた、ピンク頭に水色の瞳をした可憐な甘ったるい美少女。

 

 多くの来賓が集うこの場面で本当に婚約破棄なんていう茶番をするかのかしらと、正直ベティス嬢も半信半疑だったのだが、結局幕は上がってしまった。

 そこに、卒業式前には帰国すると言ってくれていた婚約者の姿はなかった。


(彼は忙しい身だし、隣国からは距離がある。卒業式に間に合わなくても仕方ないわ。

 これは自分がきちんと対処しなければ。そうでないと、卒業記念のダンスパーティーが中止になってしまう可能性もあるかもしれないし。

 そうなったら、楽しみにしている皆様に迷惑をかけてしまうわ。

 それにお父様とお母様がわざわざ来てくれているんだもの。

 私がフラン様の婚約者としてちゃんとやれているところを見せて、安心してもらわないといけないわ)


 深呼吸をしてそっと周辺を見渡すと、一体何してくれているんだと歯ぎしりしているご令息達の顔が目に入った。

 学生最後のイベントだもの、意中の人にダンスの申し込みをしたいと思っている人だってたくさんいるはずだわ。そう思ったベティス嬢は覚悟を決めた。

 そこで、トレードマークの瓶底丸眼鏡を左の人差し指で押し上げながら、顔を上げて王子にこう言い返した。


「婚約破棄と申されても、貴方様にはそんな資格はないと思いますが」


 まるっきり動揺せず、いつものようにポケラと間の抜けたような表情で。


「私達の婚約は王命ですから、国王陛下でないと解消させることはできませんよ」


「王命だと?!」


 男は初めて知ったのか、驚愕した顔をした。そして、狼狽え始めた。


「何故国王がお前のような醜女(しこめ)と王命を出してまで婚約させたんだ?」


 すると、


「まあ、王命だということも知らなかったのですか? 驚きですわ」


 そうベティス嬢とシャルール第一王子の会話に口を挟んだご令嬢がいた。


「貴方がそのようにボンクラなので、後継者にするのが不安だったから、貴方の周りに優秀な人材で固めようとなさったのだと思いますよ。男女ともに。

 モンターレ子爵令嬢は幼少期から才女として評価されていましたから。

 まあ、その中に殿下のお隣にいる方は含まれていませんでしたけれどね」


 突然現れたララーティーナ=ザンムット公爵令嬢が、ベティス子爵令嬢を庇うように前に立った。


「「え~っ!!」」



 派手派手カップルは大げさに驚いた。特に派手男の動揺はかなり大きかった。予想外の人物が目の前にいたからだ。


「げっ、ララーナ、なぜここにいる?」


「なぜって、卒業式ですもの。留学先の学園の卒業式は一週間前だったので、一昨日に帰国しましたのよ。フランドル様とご一緒に」


「フランドルだと? あ、あいつは向こうの大学に入ったんじゃなかったのか?」


「学園どころか大学を飛び級で卒業されたのですよ。愛する婚約者様とこれ以上離れ離れになっているのは辛いって、そりゃあものすごい勢いで勉学に励んでいらしたので。


 愛の力って偉大ですわね? うふふ。

 それに、どうやら何か勘が働いたようですわね」


「愛だと? その醜女(しこめ)にか?」


醜女(しこめ)醜女(しこめ)と煩いですわ。そんなモラハラ発言を公の場で繰り返すなんて信じられませんわね。

 他国からの留学生もいらっしゃるというのに、我が国の恥ですわ。

 今後貴方が国際的な社交の場に出ることを禁じてもらうように、陛下に進言させて頂ますわ」


「何を言っているんだ。卒業してこれから本格的に社交の場に出るというのに」


「それは、無理です。私、貴方のフォローする自信なんてありませんもの」 


「はあ? 将来私の妃になるため、さらに力をつけようとシルヘスターン王国へ留学したのではないのか?」


「ええ。そのつもりでしたわ。でもこの一年間の貴方の所業を知って、私では到底貴方のサポートはできないとわかりましたの。力不足で申し訳ありません」


 ちっとも申し訳ないと思っていないのが丸見えのララーティーナ嬢が、澄まし顔で軽く頭を下げた。

  それからゆっくりと顔を上げると、緊張したこの場に相応しくない爽やかな笑みを浮かべて、徐にこう言った。


「ガイヤール公爵令息のフランドル様とモンターレ子爵令嬢のディアナ様の婚約解消は、王命ですので無理なお話ですわ。

 でも、シャルール殿下と私の婚約は今朝無事に解消されました。

 ですから殿下は本当にお好きな方と結ばれることができますよ。よろしゅうございましたね」

 

「えっ!!」


 シャルール王子は再び絶叫したが、実のところ彼はその言葉の意味を理解できないまま、婚約者の顔を凝視した。


 これまで婚約者を散々蔑ろにしてきたくせに、内心ではこの王子、絶世の美人である婚約者を気に入っていたのだ。

 彼女ほど自分に相応しい相手はいないだろうと理解していた。

 もっともそれは優れた容姿の面のみの判断で、才気煥発なその中身は大して気にしていないうつけ者だったが。


 人前では婚約者を大切にする振る舞いをしていたが、お茶会ではろくに会話もせずに、まるで美しい名画を鑑賞するようにただ彼女の姿を眺めながらお茶を飲んでいた。

 そして、陰では適当な相手と恋の真似事のようなことをして楽しんでいたのだ。

 そして、婚約者のララーティーナが留学してからは、もう婚約者を気にかける必要もないだろうと、隠すこともなく女遊びをしていた。

 特にマリーベル伯爵令嬢との仲はかなり深いものになっていた。


 マリーベル伯爵令嬢は、ララーティーナ公爵令嬢の次に王子が美しいと評価していた女性であった。

 そして彼女自身も公女には敵わないと自覚していた。そんな身の程を弁えている、その点を王子は評価していたのだ。

 しかもマリーベル伯爵令嬢はフランドルを愛していた。それは王子にとって都合の良いことだった。

 いずれフランドルと婚約させてやるからと言って、彼女に体の関係まで求めていた。

 いつも偉そうにしている従兄弟に、自分が手を付けた女を押し付けてやろう。

 後でそれを知ったらさぞかし悔しがるだろうと、彼はワクワクした。

 公爵家がいくら彼女を拒否しようが、祖父であるビンカル帝国の皇帝に命じてもらえれば逆らえないだろう、と彼は思った。

 それが内政干渉で、自国にとって恥になる行為になることさえ気付かない愚か者だった。

 だからこそ多くの卒業生が集っていたあの場所で婚約破棄を声高らかに宣言したのだ。


 まあマリーベル伯爵令嬢は


(公女には負けていても、あんな身分や容姿も自分によりはるかに下の令嬢になんかに負けやしない。初恋のフランドル様を絶対に奪い返してみせるわ)


 などと考えて、虎視眈々とフランドル公子を狙っているような令嬢だったので、全く身の程など弁えてはいないご令嬢だったのだが。


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