第31章 子爵令嬢の助力
「むやみに歩き回るより、一箇所でじっとして相手の方に探し出してもらった方がいいですよ」
と、エレーヌ嬢は言って、ベティスと共にベンチに座って、婚約者に見つけてもらうのを付き合ってくれた。
その時に互いの婚約者の話をした。
ベティスはとにかく聴き上手だったので、普段は用心深く他人に本音を漏らすことなどないエレーヌ嬢も、素直に心情を漏らしていた。
まあ他国からの旅行者だという安心感もあったのだろう。身分を明かさなければ問題ないと思ったに違いない。
しかしベティスの方は、そのご令嬢がこの国のアランソワ王太子の婚約者である、シャルケ侯爵家のエレーヌ嬢だと知ってしまった。
そして当然彼女はフランドル公子にそのことを包み隠さずに話をした。それが彼女の役目だったからだ。
カーティスはベティスが炯眼と魔眼の持ち主だということは知らなかった。
ただし、彼女にも自分達と同じエンパスを多少持っていることは、兄のランティスから教えられていた。
それに彼も半年ほどだったが、兄と共に彼女と生徒会の役員の仕事をしていた。
そのため、そのわずかの間だけでも、ベティス嬢の頭の良さや人の心を読む力の素晴らしさを理解していたのだ。
それ故に、彼女が公子に言った
「エレーヌ嬢となら、殿下もなんとか一人前になりそう」
という言葉にも何の疑問にも思わずにすんなりと納得していた。
「王太子殿下さえもっと国政に関心を持って、積極的に関わるようになってくれたら、僕は帰国できる。
だから少しアドバイスしてやっただけ。お節介を焼くというより自分のためだよ」
「なるほど。では、伯父上からのミッションはほぼ達成したようなものですね。
後はこの大学を卒業するだけということなんですね」
カーティスも納得したように頷いた。
そして、フランドル公子が留学して来たその半年後に、幼なじみのララティーナ嬢がやはり国費留学生としてやって来た。しかも長期休みに入ったべティア嬢を連れて。
半年ぶりに再会した婚約者に、フランドル公子は珍しくハイテンションになり、友人達に自慢して回った。
何しろ、親しくしたいわけでもないアランソワ王太子にまで、わざわざ紹介したくらいだから。
当然周りの人間は呆気に取られていた。普段氷の貴公子と呼ばれている留学生「フラン卿」のとびっきりの笑顔とのギャップに。そして、絶世の美男子とはあまりにも不釣り合いな婚約者の姿に。
「フラン君って、ゲテモノ好きだったのか。それでどんな美女にも靡かなかったのか」
皆がこう囁き合った。フランドル公子はガイヤール王国の伯爵家の次男、フラン=ロランドと名乗っていた。
ロランドはガイヤール王国では一番ポピュラーな姓であったので、わざわざどこぞのロランド家なのか詮索する者もいないだろうと。
ゲテモノ好き……
フランドル公子とべディス嬢にとっては甚だ失礼極まる話だったが、二人にとっては好都合だった。
これで無闇に公子に迫ろうとするご令嬢も減るだろうと。彼に近付こうとすれば、自ら醜女ですと言いに行くようなものだ。
そんなご令嬢などいるわけがないのだから。
そうは言ってもフランドル公子は内心では非常に腹を立てていた。それは当然だ。最愛をゲテモノ呼ばわりされているのだから。
しかし、その愛するベティス嬢にこう宥められていた。
「私の為だと思って我慢して下さい。
フラン様が私を裏切るだなんて露程も思ってはいません。
それでもフラン様が大勢の女性に囲まれていると想像するだけで嫉妬してしまうし、不安で居た堪れなくなって一晩中眠れない夜もあるんですよ。
ですから、私のこの姿がフラン様の好みだと分かって、女性が近付かなくなるなら、そちらの方が安心出来て嬉しいんです」
そう言われてしまえば彼も我慢するしかなかった。それに彼女はこうも言った。
「それに私、またシャルケ侯爵家のエレーヌ様とお話がしたいのです。
でも、私が素顔を見せたら、半年前に恋話をした相手がフラン様の婚約者だってバレてしまうでしょう?
それは彼女に申し訳ないので、別人としてお話したいんです。そして、できればお友達に慣れたら嬉しいと思っています」
(この国の王族とは正式に付き合うつもりのない自分に代わって、彼女は王太子の婚約者と交流を図るつもりなのか。将来の宰相の妻として)
そう察したフランドル公子は、心から彼女の献身に感謝したのだった。
そしてその後、ベティス嬢はフランドル公子の婚約者として、アランソワ王太子の婚約者であるエレーヌ嬢に紹介してもらった。
そして波長があったのか、すぐに話が盛り上がった。そして喫茶店で三回目お茶をしている際にエレーヌ嬢から
「初めて会った気がしないわ。昔からの知り合いみたい。お友達になって頂けるかしら?」
にそう言われたベティス嬢はニコッと笑い
「私もエレーヌ様とは不思議な縁を感じています。お友達になって頂けたら嬉しいです」
と応じた。
そしてその後彼女は、ララーティーナ嬢をエレーヌ嬢に紹介した。
二人とも同じ王太子の婚約者という立場だったので、これから先何かと付き合うことになるだろうと。
すると、二人とも休み明けに大学の『女性学』という隠語で呼ばれている社会学を学ぶことがわかり、この二人もすっかり意気投合したのだった。
ララーティーナ嬢は元々は学園に通いながら、大学で『女性学』の講義を特別に聴講させてもらう予定だった。
ところが、幼なじみのフランドル公子の勧めでシルヘスターン王国の学園卒業レベル試験を受験すると、見事に合格してしまった。
それ故に大学には入学はしなかったが、学園には通わずに、『女性学』を含む社会学という学問に専念することができるようになった。
そのため、一つ年上のエレーヌ嬢とほとんど一緒に学生生活を送ることになり、公女にとって初の外国生活も不安がなくなり、彼女の留学生活は有意義なものとなったのだった。
フランドル公子とララーティーナ公女の留学生活に対する心配もなくなった。
来た甲斐があったわ、とベティスはほっこりしていた。しかし、帰国の前日、彼女はある事を思い出した。
それはシャルール第一王子とマリーベル伯爵令嬢のことだった。
絶えず従弟のランティスと連絡を取り合っているフランドル公子は、当然二人のことは知っていた。
しかし、まさかその伯爵令嬢の本命が自分で、あの王子と組んで自分とベティス嬢の婚約破棄を企てているとは!
婚約者からその話を聞いた公子は、怒るよりも呆れてしまった。
一応彼らの婚約は王命だというのに、それを何の権限もない王子が破棄できると思い込んでいることに。
フランドル公子はベティス嬢を抱き締めて、優しくキスをした後でこう言った。
「何の心配もないよ。卒業式までには帰国して、僕が対処するからね。
そしてあの愚か者達が、二度とふざけた真似が出来ないように懲らしめてやるからね」
それを聞いたベティスは、学院の卒業式には一時帰国してくれるのだと、嬉しく思ったのだった。




