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第30章 フランドル公子と王太子

第30章


「僕は、実力でここに留学して来た国費留学生なので、こちらの王家の招待を受ける身分ではありません。

 それでも無理強いするのなら両親に報告しますよ。祖母(王太后)にも」

 

「どうやったら昔の関係に戻れる?」

 

「親類としてなら無理ですね。

 それに僕が公の場でこちらの王家とお付き合いすることは今後もないと思います。外交の仕事を継ぐのは、ここにいる従弟になるでしょうから。

 友人としての可能性ならゼロとはいえませんが、僕は尊敬できる相手としか友人にはなりません。この七年の貴方の行いを見る限り……

 まあ不敬罪になりそうなのでそれ以上の発言は差し控えますが」

 

 今の言葉だけで十分不敬罪に当たるだろう。そうカーティスは思ったが黙っていた。

 大体感謝の気持ちを告げたいから招待したいと言いつつ、自分(被害者家族)を無視している時点で礼を欠く行為だ。

 それに気付かない点で、従兄から尊敬できない人間だと判断されているだろう、とカーティスは思った。 

 

(まあ僕だって、兄ランティスを誘拐したこの国の王族になんて招待されたくもないけど)

 

「殿下、僕なんかにかまっている暇があるのなら、婚約者のご令嬢との時間を持った方がいいですよ。あの方は本当に貴方のことを慕っているのですから。

 あの殺傷事件で本当は気付いたのでしょう?庇護欲を誘うようなか弱い振りをしていたご令嬢達の本性を。

 彼女達はわざと王妃殿下と正反対の大人しい女性を演じて貴方の気を引こうとしていたんですよ。

 愚かですよね。たしかに貴方は母親である王妃殿下や、異母姉である第一王女殿下にコンプレックスを持っているかもしれませんが、決して嫌ってなどいなかったのに。

 アランソワ王太子殿下、貴方の婚約者のシャルケ侯爵令嬢は、噂とは違って本当は控えめでお淑やかな女性だそうですよ。

 だから彼女は地のまま接していれば、最初から貴方に邪険にされずに済んだのですよ。

 それなのに貴方のためを思ってきつい言葉をかけていたのですよ。

 貴方が本当は国王陛下ではなく、王妃殿下のように生きたいと願っていることを知っていたから」

 

 フランドル公子の話に王太子は呆然とした。

 

(なんだ今の話は!

 なぜ私の心情がわかったんだ。

 いや、それよりもエレーヌ(シャルケ侯爵令嬢)が私を慕っているだと? そんなことあるわけがないじゃないか。これまであんなに冷たくあしらっていたのに。

 彼女を嫌っていたわけじゃない。むしろ好ましく思っていた。だが、彼女の視線が真っ直ぐ過ぎて、素直にその言葉を受け入れたくなかっただけだ。

 そんな私の気持ちを他人がわかるはずがない。彼女の気持ちも。適当なこと言うなよ!)

 

「適当なこと言うなよ!」

 

 王太子の最後の思いは実際に言葉になって吐き出されていた。しかし、フランドル公子は相変わらず平然とこう言った。

 

「適当なことじゃないですよ。ズバリ当たったでしょ、貴方の思いは?」

 

「うっ! しかし、エレーヌの気持ちは君にわかるわけがないだろう?」

 

「たしかに僕にはわかりませんね。そもそも僕なら殿下みたいな婚約者は嫌ですからね。

 けれど、僕の婚約者が殿下の婚約者から直接聞いた話ですから間違いはないですよ」

 

「はっ? 君の婚約者?」

 

 王太子が驚愕してフランドル公子を見た。彼は公子に婚約者がいることは知っていた。

 しかし、今回婚約者同伴でこの国に来たという情報はなかった。それなのに一体いつ自分の婚約者と会ったというのだろうかと。


 

「あっ、シャルケ侯爵令嬢には、僕の婚約者から聞いたって言わないでくださいよ。ご令嬢が傷付きますからね。

 二度と会うことのない他国からの行きずりの観光客だと思って、私の婚約者に本音を漏らしたのでしょうから」

 

「うっ!」

 

「とにかく、素直になって話し合うことをお勧めします。

 貴方は僕より年上で、もう成人迎えたんでしょう? いい加減思春期を卒業しないと、素晴らしい女性を失うことになりますよ。

 僕の場合は婚約者を失ったら、もう二度と女性を愛せないと思います。どんなに寂しくて孤独であっても」

 

 珍しく真剣な顔でそう告げたフランドル公子に、アランソワ王太子も今度ばかりは素直に頷いた。

 そしてすくっと立ち上がって離れて行こうとした所で、公子は呼び止めてこう告げた。

 

「婚約者と上手くいって、彼女と共に以前私がお願いした改革を達成したならば、友人になって差し上げてもいいですよ。

 それと、僕が勉強に集中できる環境を整えて下さるのならば。

 僕はさっさと大学を卒業して、できるだけ早く帰国したいので」

 

「そんなにこの国にいたくないのか?」

 

「というより、早く婚約者の下へ戻りたいだけなのですよ。とても可愛い女性なので、奪われないか心配で堪らないので」

 

 公子のこの言葉に王太子は大きく目を見開き、意外そうな顔をした。

 しかし彼のその真面目な顔付きにそれが本気だと悟り、大きく頷いたのだった。





「どうしたんですか、フラン様。お節介を焼くなんて珍しいですね」

 

 カーティスが真面目に驚いてこう言うと、公子は真面目な顔のままこう説明した。

 

「僕がこの国を去るためには、僕が自ら撒いた種を無事に刈り取らないといけないんだよ。

 元近衛騎士団副団長で、現在は第一騎士団団長をしているハーバル侯爵がまめに手紙を寄越してはくれていたけれど、さすがに国の深層部の内容を記せるはずがないと思ってね。

 だからここへ来て二月調べたんだ。その結果、ハーバル侯爵の手紙通り、王妃殿下と第一王女には問題がないと確認された。というより、立派に国政をなさっている。

 売り飛ばされた子供達もそのほとんどが探し出されて、保護され、心身のケアを受けていた。

 まだリハビリを受けている者も多くて、楽観視はできないけれどね。

 国王陛下はこの件には全く関与していなかった。腹立たしいが、あの人物は僕の責任の範疇外だからこの際どうでもいい。

 残りは王太子。能力がないわけじゃないと思うが、劣等感が強いせいか行動力が足りないことが明らかだった。

 だから才媛で、しかも愛情深い彼の婚約者殿に彼の背中を押してもらいたい、と考えたんだよね。

 彼女となら殿下も、なんとか一人前になりそうだってベティスも言ってたからな」

 

 この国に来る時、フランドル公子は婚約者のベティス嬢と一緒だった。学院が長期休みだったからだ。

 そして二週間ほどこのシルヘスターン王国に滞在したのだが、それは観光を兼ねた視察が目的だった。

 王立学園や大学、その関連施設、そして留学中に公子が立ち寄りそうな場所を全て回って、危険な場所かどうか、怪しい人間がいないかどうかをチェックするためだった。

 

 もっとも、人の心を読むためにトレードマークの瓶底眼鏡を外し、素顔をさらしている可愛いベティス嬢のことが心配で、公子の方はドキドキしまくって観光どころじゃなかったのだが。

 そして学園近くの大きな公園で、たまたま公子と離れ離れになってウロウロしていた時に、ベティス嬢は偶然シャルケ侯爵令嬢のエレーヌと会ったのだ。

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