第28章 子爵令嬢の新たな力
婚約者の留学の話を聞いてからというもの、ずっとモヤモヤしていたベティス嬢に
「フラン様のことは弟がちゃんと守りますから心配しないでください」
と公子の従弟であるランティスがそう言うと、彼女にジト目で睨まれた。
「余計に心配です」
「は? どうしてですか?」
(カーティス様よりランティス様の方が冷静沈着なのかと思っていたけれど、むしろ彼の方が周りが見えていないのね。天然なの? 自分達がもてているってことに気付いていないのかしら?
ガイヤール家の三貴公子といったら、コーギラス王国の青薔薇と社交界で大人気よ。一人でも凄い人気なのに三人一緒だとそりゃあもう、女性達は皆放心状態に陥ってるわ。
ああ、それが日常化しているから騒がれていることに気付いていないのね!)
ベティス嬢はいきなりランティスの右手を両手で包むように握った。
ランティスはギョッとして彼女を見た。家族以外の女性に手を握られたことなんて今まで一度もなかったからだ。
しかもこんなところを従兄に見られたら殺される!と瞬間的に思って血が引いた。
ところがその瞬間、ある映像が頭に浮かんだ。
それは彼と双子の弟のカーティスがたくさんのご令嬢方に囲まれている映像。
そのご令嬢方の様子に再びぎょっとした。みんな陶酔したようなトロンとした目して彼らを見ていたからだ。
何だあれは!
「今見えたのは、私が普段見ている貴方とカーティス様のご様子です。
お二人が普段周りの方々からどんな目で見られているのか、これでご理解できましたか?」
「えっ?」
「自分のことって案外わからないものです。ですからたまには俯瞰するのもいいと思いますよ。
お二人はフラン様と同じくらいオモテになります。ですから、フラン様お一人の時よりもランティス様、そしてカーティス様が加わりますと、相乗効果でますます群がる女性の方々は増えていくのです。
ですからちっとも安心できないのです。意味がわかりますか?
例えばですが、大概の騎士様は鍛え抜かれた均整のとれた体躯をしていて格好がよいので、素敵な方が、多いですよね?
でも、お一人でいる時よりも、集団でいる時の方が多くの女性にもてますよね?」
「えっ?」
「ですから、薔薇は一輪ずつでも綺麗ですが、それが花束になったらもっと豪華で美しいでしょう?
フラン様だけでも美しいのに、カーティス様まで側にいたら輝き過ぎて目立ってしまうのですよ。わかります?」
「なんとなく……
というより、なぜ僕の、あや私の能力を知っているのですか? フラン様からお聞きになったのですか?」
ランティスは驚愕の眼差しでベティス嬢を見つめた。
しかし、彼女は平然とこう言った。
「フラン様が不用意にそんな重大な秘密を漏らすわけがないでしょう」
そう。公子は何も話していない。ベティス嬢が勝手に彼の頭の中を覗き見しただけだ。それを白状するつもりなんて毛頭なかったが。
「貴方方を見ていれば、わかりますよ。側にいなくてもいつもツーカーで情報を共有しているんですもの。
口で説明している様子も一切ないというのにね」
理路整然と説明されて、ランティスは納得すると同時にがっくりと肩を落とした。
「そんなに気落ちすることはないわ。私以外には気付かれていないと思うから。
ただ、これからはもう少し周りの目も注意した方がいいわね。
さっきから説明しているとおり、貴方達は目立つ存在なのだから、それをまず自覚しましょう」
「はい」
「それにしても、手を触れただけで相手の心が読めるのね。凄いわ」
「いえ。心が読めるというより、その人が目で見たものや、頭に浮かべた映像なんかが見えるんです。その映像で相手の心情を勝手に慮っているだけなんです。
それに触れた人全ての映像が見えるわけじゃないんです。相手も自分と同じエンパスでないと無理なんです。
ですから、つまり、貴女にもその力があるってことですよね?」
彼女は見るだけで人の心と映像が同時に見ることができる。しかし、それは実際に相手の目を見なければならない。
それに比べてフランドル公子と双子は、遠距離からも映像や気持ちを通じ合えるのだと思っていた。
そして、エンパス同士でなくても、もしかしたら触れさえすれば分かるのかもしれない、と考えて試してみたのだ。
自分の婚約者より双子の方がその特殊能力が大きいと聞いていたので。
もちろん炯眼の力を使えばすぐに分かることだったが、余程のことがない限りそれは使いたくなかったからだ。
そして、彼は自分が心に描いた思考を読み取ったのだと彼女は判断し、自分の仮説が当たったと思ったのだ。
しかし、それはどうやら彼女の勘違いだったらしい。
彼らの能力は基本、エンパス同士だけで可能な能力なのだという。しかもその力は心が読めるというよりは、相手の見ている映像が見えるというものらしい。
自分で試しておきながら、それを知ってベティス嬢は少し安堵した。彼らがもし心まで見えるとしたらば、自分の能力まで知られてしまう恐れがあったからだ。
どうやら自分にも多少エンパスがあるようだが、触れなければ覗かれることはなさそうだと思った。
自分ばかりその能力を隠すなんてアンフェアだとは思ったけれど、こればかりは仕方ないと、彼女は自分に言い聞かせた。
そしてにこっと笑った。
「私って、昔から勘が鋭いと自分でも思っていたんだけれど、もしかしたらそのエンパスというのが少しあったからなのかしら」
「きっとそうだと思います。フラン様は何と言っているんですか?」
「彼も見えていなんじゃないかしら。多分私達二人の力は貴方達ほど強くないのだと思うわ」
「お願いがあるのですが。
私が貴女の心を見ることができるということを秘密にしてもらえませんか? 特にフラン様に。
知られたら多分貴女の護衛役を降ろされると思うので」
ランティスは困ったようね顔をしてそう懇願するので、ベティス嬢は苦笑いを浮かべた。
「もちろん言わないわ。でも、何も貴方が私の護衛などする必要はないのよ。貴方はフラン様の家来でもなんでもないのだから」
すると彼は首を振ってこう言い募った
「私だって家来になりたいわけじゃありませんよ。でも、私はフラン様を尊敬していて、憧れているんです。これまでずっと助けてもらってきましたから。
その恩返しをしたいんです。そもそも今回の留学も私のトラウマ解消の意味も含まれているみたいなので。
だからフラン様が帰国するまで、彼の一番大切な貴女を守りたいんです」
その言葉を聞いたベティスは、婚約者本人よりも早く、その留学の目的を知ったのだった。
そしてそれを知った以上、自分のためだけでなく、この双子のためにも婚約者が早々に目的を達成できるように手を貸さねば!と思った。
そこでベティスはガイヤール公爵にお願いしたのだ。フランドル様と長い間別れ離れは辛い。どんな危険に晒さられるか心配で夜も眠れなくなりそうだと。
だからちょうどこれから長期休みに入るので、一緒に隣国へ行かせて欲しいと。そしてフランドル様の立ち寄りそうな場所の安全をこの目で確認したいと。
まあ、本当は場所というより関わりそうな人物を調べたかったのだ。
それは公爵にも伝わったことだろう。そのベティス嬢のお願いはすぐに聞き入れてもらえたのだから。まあ公爵夫人の援護射撃もあったからだったが。
「将を射んとすれば馬を射よ」作戦は見事に成功したのだった。




