第24章 進路問題(フランドル公子の過去回想)
お互いに一人で闇を抱えて孤独だったフランドル公子とベティス嬢は、その辛さを共通することができるようになった。
そのおかげでもう一人で耐えなくても済むようになり、二人ともかなり精神的に楽になった。
特にフランドル公子は目に見えて明るくなった。
ベティス嬢と婚約する前は「アイスドール」と呼ばれるほど、美しいけれど無表情で冷たい印象の少年だった。
それが婚約者ができてからというもの、すっかり明るくなり、よく笑うようになったのだ。
もっともそれは側に婚約者がいる時のみで、王宮で従兄弟である第一王子シャルールの相手をさせられている時は、相変わらずの無表情だったのだが。
ガイヤール公爵はほとんど息子達を構わなかったが、内心では息子達、特に長男のフランドルの事を心配していた。
それ故にその繊細で気難しい息子が婚約者に癒されていることにホッとしていた。
そのため、モンターレ子爵夫妻には申し訳ないと思いつつ、将来の公爵夫人になるために公爵家において教育を受けて欲しいと頼み込んだ。
そのため、ベティス嬢は基本ガイヤール公爵家に住むようになり、時たま子爵家のタウンハウスに戻るという生活スタイルになった。
公爵夫妻はベティスのことを可愛くてたまらなくなり、実の娘のように思うようになった。
特に公爵は親友である国王やザンムット公爵に息子の婚約者を自慢するほどだった。
フランドル公子は過去に何度も危険な目に遭ってきたせいで、以前なら家族と一緒に過ごしている時でさえ緊張していた。
それなのに、婚約者と暮らすようになってから、肩から力が抜けるようになった。
しかも彼女の前だけではあったが、自分の強さだけでなく弱さまで隠さず見せるようになっていた。
「いずれ夫婦になって一生共に過ごすのだから、隠し事はしたくないし、ありのままの自分を知ってもらいたいから」
などと、大人のような台詞を吐いて、両親に呆れられていた。
しかし、ベティス嬢からは、素顔のフラン様が好きだと言ってもらっていたので、彼は全く気にしなかった。
そして婚約して三年が経ち、学園に入学するまであと一月と迫ったある日、フランドル公子は彼女にこう言った。
「みんなからね、僕は父上にそっくりだと言われるんだよ。色目は王太后様と同じだし、顔も母上似だと思うんだけどね」
「ええ。皆様の通りだと思います。
一見すると王家の皆様に似ていらっしゃいますが、骨格は完全に公爵様と同じですもの。
後ろ姿だけでガイヤール公爵令息様だと誰でも分かりますわ」
ベティス嬢はくすくすと笑った。
今はこんなにお美しいのに、いつかは父親の公爵のように見上げるほどの大男になるのかしら?と想像したら笑いを堪えられなくなってしまったのだ。
首の上と下があまりにもアンバランス過ぎて。
しかし、婚約者に胡乱な目で見つめられて、彼女は慌てて笑いを引っ込めて謝罪した。そして言い訳するようにこう言葉を続けた。
「フラン様は頭がとても切れて常に冷静沈着。一見すると冷たい感じがするのに、実際は、気さくで誰にも等しく接して下さるわ。そんなところが、公爵様にそっくりだと思うのです。
フラン様をよく知る方なら皆そう思っていらっしゃるはずですわ。
いずれフラン様も、威風堂々とした公爵様のような紳士になられるに違いないと。
私が初めてフラン様とお会いした時も、とても同じ年とは思えないくらい落ち着いていて、公爵様に雰囲気がよく似ていらしたので、さすが親子だわって思いましたわ」
「そうか、僕はそんなに父上に似てるのか。だから外交の仕事を僕に継いでもらいたいくて、父上は年がら年中僕を遊説先へ連れて行くのかなぁ?
でも、僕は父の仕事に就きたくないんだ。向いていないし、やりたくないんだ。
だけどそれってわがままなんだよな。嫡男なんだから、父上の仕事を継がないといけないんだろうな。弟達は騎士になるって言い張っているし」
フランドル公子が自分の将来について、その気持ちを吐露するのは初めてのことだった。
今でこそ少年らしい容姿になってきたが、少し前まではまるで可憐なご令嬢のような容貌していた。
しかし、彼は幼い頃から公爵家の嫡男として厳しく教育され、周りからの圧も強く、見ていてお気の毒だったと、ベティス嬢は彼の乳母から聞いていた。
しかし彼は非常に負けん気が強く、弱音を吐くことを屈辱的だと思っていた。
だからフランドル公子は、これまで父親の外遊先に連れて行かれることも拒まなかったし、外交の仕事に就きたくないなどと言ったこともなかった。
それなのに、ブランドル公子は十五歳の誕生日の夜、婚約者とお茶を飲みながら、思わずそう口にしてしまったのだ。
ベティス嬢は婚約者とお茶を飲んでいる時だけ、瓶底眼鏡を外して素顔をさらしている。
そのためどうせ隠し事や思いを誤魔化しても意味がないと、彼が感情を抑制していなかったからだろう。
すると、彼女はいつもののほほんとし表情でこう言った。
「私は母にそっくりだとよく言われます。私は母のことが大好きで尊敬しているので、そう言われると嬉しいです。
でも、どちらかというと、私は父に似ているんです。
もっと本当のことを言うと、私は両親とは全く似ていないところもたくさんあるんですよ。
そんなところを見つけるのが楽しいんです。
だって、我が子爵家はすぐ下の弟が継ぐのですから、私は婿取りだった母とは違う生き方をしないといけないでしょう?」
「それじゃあ、やっぱり僕は嫡男だから父上みたいにならないとだめなんだね」
フランドル公子はがっかりしたようにこう呟いた。すると、ベティス嬢はにっこりと笑ってこう言った。
「そんなことはないと思います。だって、フランドル様の婚約者って私なんですよ? 閣下はフランドル様に無理に外交させたいってわけじゃないと思います」
「どういう意味?」
「エメライン様はただ才媛なのではなく、大変お美しいですし、国王陛下の妹君でもあります。
ですから、お二人は国の代表として外交をなさるのに適任でいらっしゃるのですわ。
でも、私は子爵家の娘ですし、容姿もパッとしませんから、外交向きではありません。
もし閣下がフランドル様に外交をさせたいとお思いだったのなら、私のような人間ではなく……そうですね、たとえばララーティーナ公女様のような才色兼備な上に華やかさを持ち、しかも高い身分のご令嬢を選ばれたと思いますよ」
ベティス嬢は別に自分を卑下するわけでもなく、淡々と冷静に事柄を分析しながらこう意見を述べた。
フランドル公子はそれを聞きながら
(ベテイの容姿が外交に不適任なわけがないじゃないか)
と心の中で憤慨していた。彼にとってベティス嬢は最高の美であったのだ。そこは伯父の血をしっかり引いていた。
ただし、たしかに身分だけを考えると、ララーティーナ公女の方が外交には有利だと言えるかもしれないな、と彼は思った。
とはいえ、あの幼なじみと婚約なんてことは絶対にあり得なかった。それは周知の事実だった。
だからベティス嬢の言葉を聞いて、フランドル公子は意外そうな顔をした。
「シャルール殿下と婚約が決まる前だって、僕とララ嬢の間に婚約話なんて持ち上がったことは一度もないんだよ。
不可能な事だってみんな分かっていたから。
ベティーがそれを知らなかったとは思わなかったな」
「えっ? 不可能? どうしてですか? 両家は仲が良くて、お二人は幼なじみでよく遊んでいらしたのですよね?」
「それを言うなら君とも幼なじみだろう? ララ嬢から僕の話を聞いたことがあったかい?」
そう訊ねられてベティス嬢は瞠目した。そう言えば、彼女からフランドル公子の話など聞いたことがなかった。
今思えばそれは不可解なことだった。
(彼のような幼なじみがいたら、普通それを自慢に思って人に話すわよね? いくらミーハーな人じゃなくても。
もちろん私だって話題にしたと思うわ。もちろん、何も分別のつかない幼い頃限定の話で、今なら余計なことは一切話す気なんてないけれど)
戸惑っている婚約者を見て、フランドル公子は少し愉快そうな笑みを浮かべた。
そして、ララーティーナ公女との幼い頃の思い出について語り始めたのだった。




