第21章 絶縁宣言(フランドル公子の過去)
そしてそれから三時間後、ランティスは身体に傷一つ付けられることなく、無事に救助された。
カーティスが言った場所に居るところを、近衛騎士団の副団長のハーバル伯爵が率いる精鋭部隊が踏み込んで確保したのだ。
これはスピード解決と言えるだろう。
しかし、ランティスはこの事件で心に深い傷を負ったのだ。彼と心を共感していた双子の弟カーティスとフランドル公子の心にも。
いや、双子よりもむしろフランドル公子の心の方がダメージは大きかった。
彼らと同様の残酷な記憶を植え付けられただけでなく、自分と間違えられたせいで大切な従弟を辛い目に遭わせてしまった、というひどい罪悪感でずっと苦しむことになったからだ。
というのもその後、ランティスがしばらく引きこもりになってしまったからだった。
ランティスを誘拐したのはこのシルヘスターン王国の国教教会の聖職者達だった。いや、聖職者の名を借りた犯罪者集団だった。
彼らは教会付属の孤児院の子供達を奴隷のように扱い、虐待していた。
暴行は当たり前、労働を強制した上に賃金を巻き上げ、逆らう者や不要になった者は売り飛ばしていた。
さらに、金をもらって人攫いまで請け負っていた。正しく鬼畜の所業だ。
王都、しかも王城近くの教会でなぜこんな犯罪が見過ごされてきたのか。
それはこの教会が古くなり、別の場所に新しい建物が造られたために、荷物置き場のような場所だと認識をされていたからだ。
そのために信者は訪れなかったが、偶に人の出入りを見かけても、それは教会関係者だと思われて、疑問を持たれることはなかったのだ。
それ故に中心街にありながらも、人の目に付きづらかったのだ。
しかも、彼らの背後には大物がついていた。それは王妃の実家の侯爵家だった。
彼らは騎士団の騎士を仲間に引き入れて、捜査の目をずっと掻い潜っていたのだ。
近衛騎士団の精鋭部隊だけが廃教会に乗り込み、その建物の中にいた聖職者の体を成していた極悪人達を全員捕縛した。
そして誘拐されたランティスや他の子供達、それから孤児院の子供達を全員救護したのだった。
犯人が特定され、その場にいた子供達が全員救護されたという報告を受けた後に、フランドル公子達は帰国の途に着いた。
その後犯罪者達は厳しい取り調べを受けた後で、侯爵共々極刑を命じられた。
王妃も父親のしていたことを黙認していただけでなく、ランティスの誘拐の依頼者であるとはっきりしていた。
それにも関わらず、彼女は関与していなかったとされ、ただ離縁されて修道院へと送られた。
二度と外へは出てこられず、事実上牢獄と変わらないとはいえ、ガイヤール公爵夫妻はその処罰に納得できなかった。
彼女は犯罪者だ。誘拐の主犯であり、王妃でありながら自国の宝である子ども達を救うどころか見殺しにしてきたのだから。
ところが情をかけてはくれないだろうか、とシルヘスターン王国の国王が言ってきた。
王妃は王女を一人授かったものの、子どものできない体になってしまい、側妃に二人の王子が生まれたことで、追い詰められて精神的に追い詰められていたのだと。
王妃は、王家の血筋を顕著に体現しているフランドル公子を、自分の娘である第一王女の婿にできれば、女王にさせてやれると思ったらしい。
それなのに、ガイヤール公爵家からそれを拒否されて、それを逆恨みして誘拐を指示したのだという。
それに夫である国王が、ずっと従妹であるガイヤール公爵夫人を想い続けていたので、そのことも悔しくて憎らしかったのだと。
それ故に、彼女の一番大切なものを奪ってやりたかったと。
ふざけるな! そんな個人的な恨みで何の関係もないランティスを誘拐したのか?
しかも、第一王女には何の罪もないから、彼女を守るために王妃を犯罪者にすることはできないだと?
何の罪もないランティスを巻き込んだだけでなく、自国の何十人もの子供を見殺しにしてきたというのに?
王妃だけでなくシルヘスターン王国の王族達に対して、ガイヤール一族は計り知れないほどの怒りを覚えた。
特にフランドル公子は、そんな隣国の王族の血を引いている自分が悍ましく感じられて仕方なかった。母や弟達のことを慮って口にはしなかったが。
唇を震わせ、強く拳を握りしめ、シルヘスターン王国からの報告を聞いていた息子を目にしたガイヤール公爵夫人は、徐ろにこう口を開いた。
「今回のことは口外しないと約束してあげましょうよ。
ただしその条件として、我がガイヤール公爵家は今後一切シルヘスターンの王家とは関わらない。親類としての縁を切ることを伝えましょう。
もちろん、公の立場としては別。国の代表としてだけ相まみえましょうと」
公爵は頷いた。そして
「それと慰謝料を請求しよう。なあ?」
ガイヤール公爵が弟を見てからそう問うと、ガイヤール子爵は頷いた。そしてこう口を開いた。
「取り潰した侯爵家から押収した財産は全てこちらに渡してもらいましょう」
と。




