第20章 フランドル公子の闇①(フランドル公子の過去)
二年前、十歳だったフランドル公子は両親と弟二人、そして叔父一家と供に、シルヘスターン王国へ向かった。
両国の国境にまたがる山で鉄鉱石が見つかって、そこを共同で発掘することになり、その調印式をするためだった。
ガイヤール公爵は外務大臣として、そして彼の弟であるガイヤール子爵はその事業の責任者として。
国同士の調印式には、その責任者達が互いの家族を同行させることが決まり事になっていた。そのため、子供達まで嫌々連れて行く羽目になったのだ。
そして無事に式典を終えて帰国するその前日、彼ら二家族はシルヘスターン国王主催のガーデンパーティーに参加することになった。
しかしそこで事件が起きたのだ。
フランドル公子の一歳年下の従弟のランティスが誘拐されたのだ。
(警備の厳しい王宮で誘拐だと?
しかも友好関係の隣国の重鎮の身内を?
こんなことが世間に知られたらシルヘスターン王国の面目は丸潰れだ)
と王宮は大騒ぎになった。
これは王族が絡んだ事件だとガイヤール公爵と弟の子爵は直感した。
しかも、実行犯はおそらくは人違いでランティスを誘拐したのだろう。主犯は、フランドル公子を狙っていたはずだと。
これまでも公子は、この国に限ったことではないのだが、何度か危険な目に遭ってきたからだ。
それは彼がコーギラス王国の筆頭公爵家の嫡男であるだけでなく、シルヘスターン王国の王族の色を持っていたからだ。
しかも、彼が絶世の美少女ならぬ優れた容姿をしていたため、性別関係なく人から好意を持たれる子供だったからだ。
フランドル公子は身を守るために、家の中や公の行事以外はかつらを被り、変装をするのが常だった。
シルヘスターン王家主催のガーデンパーティーは当然公式のものだった。
しかし、ガイヤール公爵家からするとこの国は安全とは言えなかったため、素顔を晒すわけにはいかなかった。そのために公子は変装をして参加していた。
そのため、フランドル公子と間違えられて、彼の一つ年下の従弟であるガイヤール子爵令息であるランティスを誘拐されたのだろう。
ランティスは灰色に近い銀髪で、瞳の色は濃紺だったが、犯人も慌ていたのだろう。顔のつくり自体は割とよく似ていたから、姿絵を見ただけでは勘違いしたとしてもおかしくはない。
「ランティスがどこにいるかわかるか?」
フランドル公子がもう一人の従弟であるカーティスにそっと尋ねると、彼は頷いた。そして
「古い教会です。かなりぼろぼろの。ここからそう遠くない」
カーティスはランティスより髪色が少し濃い銀髪だったが、それ以外はよく似ている双子だった。
彼らはエンパスだった。
同じエンパス同士ならある程度の意思疎通が可能と言われている。その中でも双子同だとお互いの心がほぼ一緒といえるくらい繋がっているらしい、というのが定説だったが、彼らはまさにそうだった。
片方が嬉しくなれば、何もなくてももう片方も嬉しくなる。片方が悲しくなればそれもしかり。
そして片方が痛みを感じれば、もう片方も痛みを感じるのだ。どこにも傷がなくても。
「どうした? 顔が青いぞ。ランティスが泣き叫んでいるのは感じるのだが、そんなに鬼気迫った状態なのか?」
フランドル公子もまたエンパスだった。もっともその力はかなり弱く、血の繋がった従兄弟達としか共感できなかったのだが。
「危険は危険だけど、そういうことじゃない。悲惨な光景が見えるんです。吐きそうです」
カーティスは蹲って両手で口元を押さえながらも、双子の兄の置かれた状況について必死に説明した。
フランドル公子は急いで父親と叔父の元へ行くと、さっき従兄弟から聞いた情報を伝え、急いで助けに行って欲しいと訴えた。
この双子の能力を知っているのは、フランドルと彼のすぐ下の弟、そして双子の妹だけだった。
この五人は妙に仲が良く、誰か一人がいなくなっても、すぐに残りの者達で居場所を見つけ出すことを大人達も知っていた。
確信はなかったが、この五人が何か不思議な力で繋がっているのではないと、親達は思っていた。
そのため、息子の言葉を信じてみようとガイヤール公爵は思った。
しかし、この場に主犯がいる確率が高かったので、救援を頼むのならば信頼のできる人物でなければならない。
彼は妻を連れて、近衛騎士団の副団長の元へ向かった。妻であるガイヤール公爵夫人は、この国の国王の従妹に当たるからだ。
「ちょっとお話があります。よろしいですか?
大事なことなので、人払いしていただけますか?」
近衛騎士団の副団長のハーバル伯爵は頷いて、王宮の庭園内にあるガゼボへ公爵夫妻を誘った。
「甥子様のこと、大変申し訳ありません。今全力でお探ししております。今暫くお待ちください」
近衛騎士団の副団長のこの言葉に公爵は頭を振った。
「待ってはいられない。甥は今辛い思いをしている。かなり異常な場所に連れ込まれているようだ」
「はっ?」
「この城の近くに、大きくて古い教会はありますか? おそらく孤児院を併設していたと思うのですが」
「ええ、あります。それが?」
「どうやら甥はそこにいるらしい。ある者が教えてくれた。すぐさまそこへ救助に向かって欲しい。
ただし、貴殿が本当に信頼している部下だけを連れて行ってもらいたいのです。
この誘拐の主犯者はどうやらこの場にいるようですから。それに、配下の者も。だからそいつらに邪魔されたくはないのです。
それに今回のことが公になって困るのはこの国の方ですよ? 我が息子を誘拐しようとしたのが、この国の王族だとわかったら」
「・・・・・」
近衛騎士団の副団長は瞠目した後で、全て把握したという顔をして公爵に一礼すると、急ぎ足でその場から立ち去った。
その後ろ姿を見ながら、ナフティナ夫人が不安そうな顔をして夫に尋ねた。
「あの方は信用できるの?」
もっともな質問だった。しかし、夫は妻に顔を向けると、安心させるように優しく微笑みながらこう言った。
「以前、彼がまだこの国の王太子付きの近衛騎士だった頃、我が国に訪れたことがあったんだよ。
その時にクーチェ夫人が言ったんだ。今回の使節団の中では、彼が唯一信用できる人物だとね」
ナフティナ夫人は喫驚した後で、うふっと笑った。
その時の彼女はまだ、夫同様にクーチェの持つ特殊な力など知らなかったが、彼女の人を見る目を信用していたし、高く評価していた。
「クーチェ先輩がそう言ったのなら間違いないわね。でもそれって、我が従兄も信用ならないってことなのよね」
「そりゃあそうだろう。私から君を奪おうと長年しつこく狙っていた方だからね」
「えっ? そうなの? 知らなかったわ」
「知らなくて当然さ。君が心を惑わされないように、余計な情報が入らないように、完璧に君をガードしたんだからね」
冗談だろうと思ったのに、夫が真面目な顔でそう言ったので、妻にもそれが本当のことだとわかった。
そしてこんな大変な時に何を言ってるのと思いつつも、夫の熱い気持ちを知って嬉しくなった。
と、同時に、この国の王族がなぜこんなにも息子のフランドルに執着するのか、それがようやくわかったような気がした。
彼女はこれまで思い違いをしていたのだ。
たしかに以前、シルヘスターン国王の王太子との婚約の話が持ち上がったことがあったのだ。
しかしそれはちょうど、王太子だった兄がビンカル帝国の王女との婚約が決まった時だったのだ。
そのため、兄の結婚によって二国が手を組むのではないかと、シルヘスターン王国が脅威を感じたために、自分と縁を結ぼうとしているのだと彼女は解釈したのだ。
たしかにその意味合いも多少はあったのだろうが……
(でも、それだけじゃなかったのね。本気で私と結婚したかったのね。
だからと言って何故息子まで狙うのかしら? まさか息子を私の代わりにしようというわけ? 気持ち悪いわ。
何が第一王女の婿に欲しいよ。我が公爵家の大切な跡取り息子を養子に出すわけがないじゃないの。馬鹿じゃないかしら。
ずっと断っているのにしつこいったらありゃしないわ)
いくら母親の故郷とはいえ、この国にあまり良い印象はない。
鉄鉱石の共同採掘の締結の話がなければ、こんな国にやって来なかったのにと、公爵夫人は苦々しく思った。




