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第19章 ベティス嬢の苦悩(ベティスの過去回想)


 そして一度だけでなく二度三度と、ガイヤール公爵令息であるフランドル様と逢う機会が設けられたことで、ベティス嬢は察したのだ。

 母は自分の将来を心配して、本来なら絶対に隠しておかなければならない相手である国王陛下に相談したに違いないと。

 つまり母がそんな大きな賭けに打って出なくてはならないくらいに、自分の魔眼というものは恐ろしく厄怪なものだったのだ。

 彼女はようやくそのことを理解したのだった。

 

(国王陛下は母の願いを聞き届けて、私の保護というか見張り役をガイヤール公爵に依頼したんだわ)


 しかしいくらなんでも、国王や公爵が友人に頼まれたくらいで、将来この国を導く指導者になることを期待されている公子様と、訳あり子爵令嬢を接触させるわけがない。

 あちらによほどのメリットがない限り。彼女はそう考えた。

 

(まさか私の魔眼で敵を呪い殺させるのが目的とか? 

 無理無理。一度しか使ったことがないのだから、自由あの能力を扱えるわけじゃないもの。

 かなり訓練しないと、正確にターゲットを狙えるわけがないわ。

 それにたとえ自分が殺されそうになってもそんな訓練はしないわ。あの力は絶対に使わないとお母様と約束したのだから。

 それとも、やっぱり炯眼(けいがん)の力でスパイでもさせる気かしら? 

 ガイヤール公爵様は外交を担当される大臣だったわ。きっとそうよ)

 

 ベティス嬢は無理矢理にこう納得しようとした。暗殺は無理だけれど、スパイの訓練なら自分にもできそうだと思った。


(つまり、私は公子様の侍女の振りをして側にお仕えして、接触してくる人間の目的を探る役目を仰せつかるのだわ。

 そしてその任務に適しているかどうか見定めるために、こうして何度も対面させられているに違いないわ)

 

 フランドル公子に恋したベティス嬢は、これは悪くない話かもしれないわ、と結局のところ納得してしまった。

 自分はおそらく一生結婚できないだろう。だから、弟達に迷惑をかけないためにも、一生出来る仕事に就かなけらばならない。

 ガイヤール公爵家の使用人になれれば、何とか生きて行けるのではないだろうか。

 官吏になるつもりだったけれど、魔眼持ちだと国王陛下に知られてしまっているのだから、もう無理だろうし。

 国の犬になるより、フランドル公子様の下僕(しもべ)になる方がずっといいわ、と。


 だから、公爵から公子との婚約の話を聞いて喫驚したのだ。母親との訓練で平然を装うことはできたのだが。

 しかし、すぐに親友のララティーナと第一王子のことを思い出し、これは偽装婚約ってことね、と納得した。

 

 とはいえ、婚約の打診があった後、何度かフランドル公子と会って会話をしているうちに、ベティス嬢はふとこう思った。

 フランドル公子は自分の実情など一切知らされてはいないのではないかと。つまり、偽装婚約だと知らないのではないかと。

 彼女は悩んだ。

 この婚約は自分のことを考えて母がセッティングしてくれたものだ。

 そしてそれをガイヤール公爵が応じてくれた、ありがたい話だ。

 しかし、お互いに返事をする前に、まず先に自分の秘密を打ち明けるの゙が筋なのではないかと。後出しジャンケンは卑怯だと。


 そもそも、彼女は本当に公子に恋をしてしまった。

 だから、大事な秘密を話さずに婚約して、後になって彼にそれを知られて嫌悪されたら、おそらく自分は立ち直れないだろう。

 親の命令だからと、嫌いな相手と婚約解消できずに苦しむ公子の姿を想像してしまい、自分だってそんな状況には耐えられない、と感じてしまった。

 それに、好きな人には好きな人と幸せになって欲しいと思った。

 

 だからベティス嬢は眼鏡を外し、自分の能力について正直にフランドル公子話したのだ。あの忌まわしい事件の事も全部。

 ところが、話し終えてもは彼は沈黙したままだった。

 嫌われた! 怖がられた! 気味悪がられた!

 ベティス嬢は話している途中ですでに身体が震え出していたのだが、話し終えた後にはそれがさらに酷くなった。

 それでも誤解だけはして欲しくはなかったので、必死にこう言った。


 「私はフランドル公子様とお会いしている時は一度も裸眼では貴方を見ていません。

 だから、貴方の頭の中など一切覗いてなどいません。本当です。それだけはどうか信じてください!」

 

 すると、震えている彼女の両手を優しく包むように、フランドル公子の両手が乗せられた。

 

「それじゃあ覗いてみてよ。僕ばかり君の素顔や心の中を見せてもらって、君が見られないのは不公平だからね」

 

「えっ?」

 

 公子の意外な言葉に驚いて顔を上げた瞬間、彼女は思わず大きく目を見開いて、すぐ目の前にいたフランドル公子の顔を見てしまった。

 それは、絵本の挿絵の王子様よりも美しい顔だった。

 今まで見たことのない薄紫色のサラサラとした細絹のような髪に、アメジスト色の輝く大きな瞳、通った鼻筋に、形のよい唇、陶磁器のような白くて透明感のある肌……

 

「天使様?」

 

 ベティス嬢の呟きに、フランドル公子はプッと笑った。

 

「僕が天使に見えるなんて、君は本当に炯眼(けいがん)持ちなの? 僕は堕天使だよ。天国へは行けない。君の同類さ」

 

 しかし、彼女は首を横に振ったこう言った。

 

「いいえ。公子様は堕天使などではなく本当の天使様ですわ。

 私だけではなく、公子様の従弟様もシルヘスターン王国の孤児院に住む皆様もそう思っていらっしゃるわ」

 

 今度はフランドル公子の方が瞠目した。

 なぜ、それを知っているんだ。あの二年前の事件は闇に葬られたのに! これが炯眼(けいがん)の力なのか?と。

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