第18章 子爵夫人の親友(ベティスの過去回想)
「貴女のお父様はお祖父様達とは違って、元々一族の歴史に関する書物は全て読破していて、炯眼のことも知っていたわ。だから、割とすんなりと理解してくれたから楽だったわね。
貴女は跡取り娘ではないから、一族の人間と結婚しなくてはいけない、という縛りはないわ。でも、その分相手選びは難しいとも言えるわね。
そのままの貴女を受け入れ、守ってくれる人を見つけるのは容易なことじゃないから。
だからこそ、貴女の特殊能力を使うべきだと思うの。
でも、それで愛する人を手に入れて幸せになったとしても、それはそれで、後になってその力を使ったことを悔やむことになるかもしれないわ。難しいわね」
(お母様、それ、笑い事ではりません。つまりは愛する人と幸せになる確率って、かなり低いってことですよね?
それに力のことを正直に話しても、婚約者や親友になれなかったら、いつ裏切られて、命の危機にさらされるかわからないわけだし。
つまり、力を使っても罪悪感を持たなければいいということなのかも知れないけれど、私には到底無理な気がするし。
そもそもそんなドロドロした気持ちをずっと抱えていたら、いつかは魔眼の力を爆発させてしまいそう。そうなったら地獄行きになりそうで怖いし)
そう思ったベティス嬢は母親にこう言った。
「お母様。私生涯独身で暮らします。それが一番平和です。そして弟達に迷惑をかけないように勉強に励み、将来は官吏になりたいと思います」
すると、クーチェ夫人は相変わらず笑顔のままでこう言った。
「まだ結論を出すのは早いわ。この先お父様を上回る度量の大きな方に巡り逢うかもしれないんだから。
それに、弟達に後継者の能力がないと判断されれば、貴女がお母様のように一族から婿を取ることになるかもしれないしね」
二つ目の例えは、母親として口にしてはいけないと思うのですが……
あの時、ベティス嬢は何事にも動じない太っ腹な母親に、呆れるというか感心した。
すぐに諦めて楽な道を選ぼうとする自分と違って、たった一人で戦ってきた人は強いなと改めて思たのだ。
しかし、ただのお茶会だと思っていたものが、ランドル=ガイヤール公爵令息との顔合わせだったのでは?と気付いた時、ベティス嬢は母親の本当の気持ちにようやく気付いたのだ。
二年前、自分の魔眼が開眼した時の母の顔は、それまで見たことがないくらいに絶望感というか、悲壮感に染まっていた。
しかし、その翌日にはもういつもの穏やかなのほほんとした顔に戻っていた。そして次々と娘を守るための対策を実行していった。
今思えば現実の厳しさを誰よりも知っている母の方が、自分よりも何十倍も将来に不安を感じていたに違いない。
それなのにそれを決して娘には悟られないように必死に演技しながら、悩み、考え、行動していたのだろうと。
先月、母親からガイヤール公爵夫人のお茶会に招待されたから王都へ行くと言われた時、ベティス嬢は喫驚したのだ。
ガイヤール公爵夫人といえば元王女殿下の王妹ナフティナ様のことだ。田舎に住むまだ子どものベティス嬢でもそれくらい知っていた。
そんな高貴な方のお茶会になぜ母と自分が招待されたのか、それがわからなかった。
まあ、ザンムット公爵家のお茶会には何度か招待されていたのだから、不思議ではないといえばそうなんだろうとは思った。
しかし、ザンムット公爵家の領地は、馬車で一時間ほどだったので、ご近所さんという理由だけで招待されていたのだと思っていたのだ。
まあ、その公爵家の令嬢であるララーナに親友扱いされていた時点で、変だと思うべきだったのだが。
「ガイヤール公爵夫人のナフティナ様は生徒会の一学年下の後輩で、とっても親しくさせて頂いていたのよ。
そしてそのご夫君である公爵様は、同じく生徒会の二学年上の先輩で色々なことを教えていただいたわ」
「ということは、ザンムット公爵と国王陛下は……」
予想はついたけれど、恐る恐るそう訊ねてみると、案の定母親はなんてことないようにこう答えた。
「あのお二人は同じ年。
彼らとは、優秀な人材を見事に指揮して采配をふるっていたガイヤール様が卒業された後、生徒会を必死に守った戦友みたいなものね。
一つ年下の私が言うのもおこがましいけれど、皆様とは親友?と言っていいかもしれないわね」
「ひーっ!」
思わずベティス嬢はみょうちくりんな悲鳴をあげた。国王陛下と元王女殿下、そして公爵閣下お二人が親友って…高々ど田舎の子爵夫人(当時は令嬢)が? あり得ない! いくら才女だったとしても。
それにしても、炯眼の力を封印していたのに、そんなに偉い方々から信頼されるって、お母様、凄すぎるわ!




