第17章 ベティス嬢の告白(ベティスの過去回想)
「君の眼鏡、ちゃんと度が合ってるの?」
初対面の少年に、自分の眼鏡の度が合っていないことを指摘されて、ベティス嬢は喫驚した。
「えっ?」
「君の目、焦点が合っていなさそうな気がするんだ。度が合っていないと、ふらついたり、気持ち悪くなったり、頭が痛くなるっていうよ。
君は大丈夫なのかい?
王都には優秀な眼鏡技師さんがいるから、調整してもらうといいよ」
ベティス嬢は瞠目した。
その日、彼女は眼鏡を一度も外さなかった。
だからフランドル公子の頭の中など読んでいなかったし、彼の容姿もぼんやりとしていてよく見えなかった。
ただ話し方や立ち居振る舞いで、さすが公爵家のご令息は別格だなぁ、と感動はしていたのだが、彼のその言葉で恋に落ちたのだった。
その後、二人は互いのタウンハウスで何度かお茶会をした。
そして初めて会ってから四度目のお茶会の時、二人はガイヤール公爵から婚約の話をきかされた。
「無理強いをするつもりはないから、君達の正直な気持ちを後で教えて欲しい」
そう告げられたのだ。
彼らは素直に「はい」と頷いた。
二人ともまだ十二歳だったが、第一王子とララーティーナ嬢が最近婚約したこともあって、もしやと思っていたので特段驚きはしかなかった。
そう。驚きはしなかったのだが、それでもベティス嬢の方は困惑した。
公子に嫌われているとはさすがに思わなかったが、正直彼から自分がどう思われているのか、全く見当がつかなかったからだ。
彼女の方はフランドル公子のことを好きになっていた。しかし、だからこそ婚約者ではなくていいから、友達になれたらと思っていたのだ。
なにせ自分は特殊で、人迷惑な人間だという自覚があったからだ。
とはいえ、本当の自分を隠したまま、たとえ友人としてでも交際を続けることは嫌だと思った。
後になって真実を知られて、軽蔑され、恨まれ、憎まれたら耐えられそうになかったからだ。
誰だってこっそり頭の中を覗き見されていたとわかったら怒るだろうし、気持ちが悪いだろう。
だから、ベティス嬢はフランドル公子と二人きりになった時、瓶底眼鏡を外して自分の素顔を晒した。
そしてフランドル公子の目を見ないように俯きながら、自分の特殊能力について話をしたのだ。
炯眼を持っていて人の頭の中の考えが見えてしまうこと。
その上魔眼もあって、かつて怒りや憎しみの感情が抑えられなくなって、一度だけその力を発生させてしまったことがあると。
つまり、過去にその魔眼の力で侍女を強姦した出入り業者に大火傷を負わせたことを、包み隠さず正直に話したのだ。
今まで両親と国王陛下にしか語らなかった秘密を、嘘偽りなく。
ベティス嬢は、フランドル公子が驚きだけではなく、好奇心に満ちた目をしての話を黙って聞いていたことに気付かなかった。
そして最後の方は、彼女の心情を察して辛そうな顔をしていたことも。
彼女の話が終わると、ガイヤール公爵家の広い敷地にある四阿周辺には、暫く静寂が広がっていた。
(やっぱり怒っていらっしゃるんだわ。ずっと覗き見していたのかって。それとも気持ち悪いって思われてるのかも……)
ベティス嬢は泣きたくなった。初失恋?
「卑怯かもしれないけれど、もし好きな人ができたら、やっぱり少しだけ相手の思考を覗いてから告白した方がいいかも知れないわ。話しても大丈夫な人なのかどうかをね。
この能力を迂闊に他人に知られては大変になことになるから。悪用したい人間に脅されたり、命を狙われたりもする可能性も否定できないから。
それにたとえどんなに信頼できる人だとしても、聞かされた相手にはかなり負担になることだしね」
少し前にベティス嬢は、母のクーチェ夫人からこう言われた。お父様にはいつ炯眼の話をしたのかと尋ねた時に。
母は婚約の話が出た時に父には正直にそのことを話したという。元々同じ一族で幼なじみだったので、あまり深刻には考えてはいなかったのよと笑っていた。




