■scene 2&3■
本作の略称は「黒舞」でお願いしますっ><
■scene 2. 夢中へ投げる生者の死者への慟哭■
地下牢に遺され、鼠にしゃぶり尽くされた肉体の残骸の山。
辛うじて数を数えられる、蛆が荒らした後の遺体が多数。
僅かに息のあった者が多少。
連れ出して助かる見込みのある者が少々。
まだ、手を付けられていなかった、幸運な者がある程度。
日常生活には戻れなさそうな、獣じみた唸り声を上げ続ける者が僅か。
そして、どれが誰のものともわからない手足や肉片の肥溜め。
「……以上が、この件の顛末になります、ね。ザルトリアス大司教猊下。」
長身痩躯の男は、シルバーブロンドのオールバックが崩れ、一筋の髪の毛が前へと垂れて――男の艶めかしい色気を唆って――いることにも気に留めず、怒りを隠さない視線で以って、上司へと事後報告を済ませる。その、徹夜で纏めた報告書には、赤錆のような跡すら見える。報告までの、わずかな時間すら惜しんだと言わんばかりであり、現に、まだ、死を懇願し続けた者たちの声が、ヨハンの耳に残っていた。
その視線の先、毛染めで黒々とさせたカツラを被った大司教が沈痛な面持ちでいた。ヨハンが、丸眼鏡越しでもはっきりとわかる怒気を孕んだ視線を、隠すことなく真っ直ぐに、大司教を見つめていたからだ。
そのために、このような大捕り物の、発見の段階から今の今まで報告が無かったことに対して、何か告げることさえ思いつかなかった。ただ、異端審問官の職務上、すべては事後報告で良いことになっている。
「……わかりました。ヨハン司祭。」
「このような事が二度と起こらぬよう、我々の眼でしっかりと見守らなければ、なりません、ね。」
「ですが、今、出来ることは、憐れな者たちへの鎮魂……そうではありませんか? 司祭?」
「ええ、ええ。」
退魔師であるヨハンは、黒色のローブを纏い、大司教であるザルトリアスは白色のローブを纏う。それが、夜と昼とを分ける差の如く両者を対比させている。
帝都の教皇庁。その教会ともなれば、絢爛であり荘厳であり、それゆえに静謐が保たれていた。
魔導に制御され、蒸気によって自動化された、機械仕掛けの大聖堂。天井は遠く、その上に魔導蒸気機関に制御された鐘がある。
「懐かしいものです。……かつて、私もあの鐘を引く役を、仰せつかったものでした。」
魔導エレベーターなどの導入に対して、鐘を鳴らす役目を機械に譲るために要した時間は長かった。それは、鐘を鳴らすロープを引くことそのものが、修行のひとつと見做され、伝統として残さんと、異を唱える者が多かったためであった。
「ですが……やはり、鐘をいくら鳴らしても御心を窺い知ることはできませんでした。」
「そうでしょう、ね。」
「ええ、ええ。何をするか、ではないのでしょう。我々が捧げる祈りすら、天上のお方には必要ないのかもしれません。」
聖堂の、神々の偶像の前へと進む一歩一歩を『思歩』と呼び、その途次を『哲路』と呼んだ。祈りへと向かう、その最中にこそ祈りがあり、祈る段になっては、ただ、結論が残るのみだとされている。
「大司教猊下。」
「何かな?」
「その帽子は、被ったままなのでしょう、か?」
「おや、これは失礼をしたね。」
ザルトリアス大司教は、貴族の家から教会に入っていた。そして、それゆえに貴族との繋がりが強かった。
「教会が堅苦しくないことを態度で示すには、これも有効な手だてとして、普段から違和感がないように身につけていた、私の失態です。」
「いえ、そのようなことを、神々は見咎めないでしょう、が、人の口に戸を立てることは出来ませんから、ね。」
「……おや、ヨハン司祭がそのようなことを。」
ヨハンは「人の善性を信じない。」と言ったに等しいのだ。
「性善であるなら、ば、どうしてあのような非道がありましょう、か。」
「……。」
虚空へと放たれた言葉に籠められた憐憫と憤怒。その、あまりの無常に大司教は答えることが出来なかった。仕方なく、左手を胸に、頭を垂れて、銀の鐘を右手に提げて軽く伸ばす。
「救済を・繁栄を・永久を。」
続いて、ヨハンも祈った。
「救済を。安らかな眠りを。」
紡いだ言葉にどれほどの救いがあるのか、しかし、この幻想を守ることこそが死者を救済するのだと、ヨハンは思い祈りを捧げるしかなかった。
■scene 3. 光を羽織る残虐の王■
ザルトリアス・ウィンカーロッチ大司教。その真の顔は帝都における人身売買の総元締であった。
「部下が優秀過ぎる、というのも考え物ですね。」
その、総元締としての顔が歪んでいた。
先にヨハンとアリスが潰した遊戯場は、ザルトリアス大司教が要人を愉しませる場として、肝煎りに用意した施設だった。
初めは、用済みの奴隷の、最期で愉しむためであったが、次第に、没落した貴族や町娘など、あらゆる男女を集め、観客の嗜好を満たすショーを提供する場となっていた。
当然、ザルトリアス大司教も足が付かないよう、慎重ではあった。しかし、証拠が何一つ残されていないという保証はない。
いや、現にヨハン司祭から上げられた報告書の証拠品目録の、発見された者のリストの中に、ザルトリアス大司教と繋がりのある奴隷もいるハズだった。
その最終処分が終わっていなかったら?
「考えすぎかもしれません。」
しかし、だ。
不安の芽は、潰しておくに限る。しかも、今回も捜査に加わったと聞いた吸血鬼、アリスの存在が、ザルトリアス大司教の視野を狭めていた。
かつて、ザルトリアス大司教には妻と娘がいた。しかし、隣人の手によって無残な姿にされて発見された。それ以来、ザルトリアス大司教は、隣人を憎んですらいた。
ゆえに、例の遊戯場に入れ込まなかったという、ある種の幸運を得ていた。ともすれば、汚れ仕事を押し付けて、自らの高潔と切り離していたとすら考えていた。
「さて、どうやって、例の姫を捕らえれば。」
目的は、証拠隠滅までの、一時的な隔離である。さすがにザルトリアス大司教が隣人を嫌っていたとしても、アリスを殺すことの難しさ、そして、多大な犠牲を払ってそれを成して得られるものの少なさくらい、理解していた。
今はただ、自身の保身が重要で、ヨハンとアリスが掴んでいるハズの証拠を、闇に葬ることが最重要課題であった。
「やはり、異端審問にかけましょう。それと、ヨハン司祭には少し、ここを離れていてもらいましょうか。」
ザルトリアス大司教は、奴隷商が販路としていた地方都市、イェリンガ市の調査に関する指令書の作成を急いだ。
~to be continued~
ストックがないのに、調子に乗って更新してしまう莫迦が私です。
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あと、略称は「黒舞」ですからね!







