見えない勝者
「……はぁ……」
伯爵は、深く椅子に腰を沈め、思わず頭を抱えた。
状況が解れば解るほど。
情報が集まれば集まるほど。
「……根が、深すぎる」
机の上には積み上げられた報告書。
貴族――把握できただけで、すでに一割近く。
商会――三割近く。
「……まだ、増えるな」
調べれば調べるほど、芋づる式に名前が浮かび上がる。
一度や二度の摘発で済む話ではない。
「こちらは……まだまだ時間が掛かりそうだ」
だが、本当に厄介なのは、別の問題だった。
――我が軍の戦況報告。
伯爵は、その一文を見つめる。
「……確かに、王都へ一番乗りで突入したのは、我が軍だ」
それは事実だ。だが――
「……どう報告すればいい?」
混乱に乗じて突入。
それ自体は、間違っていない。
「だが……“どうやって”混乱させた?」
答えは一つしかない。
「……ロウルとフェルナードだ」
だが、そこで筆が止まる。
「……どのような手を使った?」
解らない。
外国船籍三隻の破壊。
港の倉庫群を焼き尽くした火災。
「……あんな事、どうすれば出来る?」
火元は?
爆発は?
誘爆か?
計画的か?
「……むむむ」
報告書を睨みつけながら、伯爵は唸る。
王からは、すでに何度も催促が来ていた。
「“早く、詳細を上げよ”……か」
それも当然だ。
王都がここまで混乱した理由を、王が知りたがらぬはずがない。
「……いっそ、やった領国を呼び出すか?」
ロウル。
フェルナード。
だが、それも問題だ。
「……呼び出して、何を聞く?」
やり方を問い詰めるのか?
それとも――力を探るのか?
「はぁ……」
再び、深いため息。
さらに不可解なのは、その後だった。
「……敵同士の、仲間割れ」
確かに、第3地区には外国金貨も存在していた。
それは事実だ。
だが――
「……戦死者ばかり、か?」
生き残りは、ほぼ居ない。
逃走?
ありえない。
後から突入した他領軍が、港と街道を完全に押さえていた。
捕らえられたのは――
「……貴族と、商人ばかり」
兵がいない。
指揮官もいない。
「……まるで」
伯爵は、ぽつりと呟く。
「……“使い捨てられた”かのようだな」
誰かが、舞台を整え。
誰かが、火をつけ。
誰かが、混乱の中で消えた。
そして残ったのは――
捕らえられるべき者だけ。
「……見えない勝者、か」
伯爵は、報告書を閉じた。
「……厄介な相手だ」
正体は不明。
だが、確実に“こちらより一手先”を見ている。
「……さて」
伯爵は立ち上がる。
「この国の大人が、試されているな」
その背後で、王都の復興は始まりつつあった。だが同時に――
静かに、次の時代の歯車も、回り始めていた。




