黒き航路、その先に
試作品の塊とも言える船だが、進みは驚くほど順調だった。
恐らく二時間も掛からずに目的地へ辿り着くだろう。
従来の帆船なら、同じ距離を進むのに三倍近い時間を要する。
「予定通りだな……」
誰かが呟く。
「流石だ。風に頼らず進めるってのはな」
「さらに潮に乗れば、もっと速くなる」
甲板に漂うのは、興奮と緊張が入り混じった空気。
夜の海は漆黒。
そしてその中を進むのも、同じく漆黒に塗られた一隻の船だった。
月明かりすら反射しない船体は、まるで闇そのものが滑るように進んでいく。
しばらくして――。
「……見えたぞ」
前方を見張っていた船乗りの声が低く響く。
闇の向こう、うっすらと輪郭を持った陸地が姿を現す。
そう――王都の港だ。
まだ細部までは判別できない。
だが、第一区の港に停泊している船影が、いくつも重なって見える。
「あそこだな」
「間違いない」
経験に裏打ちされた確信が、その声にはあった。
「……流石、船乗りだな」
誰かが感心するように呟く。
船は速度を落とさぬまま、静かに、確実に――
王都の喉元へと迫っていく。
闇に溶けたまま、嵐の始まりを告げるその時を待ちながら。そしてアルテリアが操舵輪の横で、海図を指しながら。
「そう言えばアルテリアさん。第1とか第3って?」
「あー。メイヤは知らないか」
アルテリアは視線を前方に向けたまま、淡々と説明を始める。
「第1地区は国外用の船籍だ。外国船、交易船、それに対応する倉庫もな」
「第2地区は国内向け。王国内の流通用だ」
「それで一番新しいのが第3地区」
「新しい?」
「ああ。第1、第2で荷が溢れた時に使う予備みたいなもんだ。荷物の量はその時々でまちまちだな。今は……多くもなく、少なくもなく、って所だろ」
なるほど、とメイヤは頷いた。
「俺らは本部に近い第3地区から乗り込む。距離も短いし、無駄な衝突を避けられる」
「そんな区分けがあったのね……」
その時、見張りの声が低く飛ぶ。
「前方確認!第1地区に三隻、停泊中!大型商船と思われます!」
「やっぱりな」
アルテリアが口の端を吊り上げる。
「じゃあ、そろそろ小型船を降ろすぞ」
「注意してね!操作員は大丈夫?」
「泳ぎの強い奴らだ。心配いらねぇ」
甲板の一角では、布を外された小型船が静かに海へ降ろされていく。
その船尾には、小さな箱型の装置――小型蒸気機関が据え付けられていた。
「火も入れてある。起動までそう時間は掛からん」
「まさか……小型船にまで蒸気機関を?」
「木製スクリュー、何本も試作品があったからね?それ見た時に、あ、これだってな」
小型船の甲板には、厳重に固定された“樽”が積まれている。
見ただけで、危険だと解る代物。
「……あの樽を積んで?」
「そう!」
メイヤはあっさり言った。
「小型船で船体に突っ込ませて――どっかーん、だ!派手に行くわね」
「合図が必要なんだろ?」
その言葉に、メイヤは小さく息を吐いた。
アルテリアが号令を飛ばす。
「火力充分になったら行動開始!三隻、それぞれ目標に向かえ!」
「本船はそのまま港へ突っ込む!港で待ってるぞ!」
小型船が一隻、また一隻と闇の海へ滑り出していく。
皆を乗せた主船は速度を落とさず。王都の港へ――真っ直ぐに進路を取った。
静寂の数分後、港はきっと、誰の目にも解る“合図”で包まれる事になる。




